第86話 フェンリルの名前が決まりました



「女の子ですか……フェンリル、もう良いわよ」

「キャゥ、キャゥ」


 クレアさんが確認を終えたフェンリルを降ろしたが、フェンリルの方はクレアさんに遊んで欲しいのか、隣の椅子に飛び乗ってクレアさんに向かって小さく吠える。


「仕方ないわねぇ」


 そう言いつつ、フェンリルを撫でるクレアさんの表情は優し気だ。


「フェンリルの名前……何かいい案はありますか?」

「そうですね……」

「そうですなぁ」


 俺の問いかけに、クレアさんもセバスチャンさんも頭を捻って考えている。

 その間も、クレアさんの手はフェンリルを撫で続けていて、フェンリルの方はクレアさんに構って貰えてご満悦。


「そうですね……ニコマルというのはどうでしょうか?」


 セバスチャンさんが真っ先に案を出してくれたが……その名前はちょっと……。


「セバスチャン、その名前はちょっとどうかと思うわ。それに女の子に付ける名前としては可愛くないわ」

「……左様でございますか……」


 あ、セバスチャンさんが落ち込んだ。

 今まで後ろに控えて常にクレアさんや俺達の方を向いていたのに、クレアさんに否定されて壁に向いて項垂れている。

 セバスチャンさんに名前を付けるセンスはあまり無かったようだ……執事としては完璧な仕事をしてる人なのになぁ……。

 同じ客間に控えていたライラさんとゲルダさんが笑いを堪えてるように見えるが、笑ってあげないで欲しい、かわいそうだから。


「……ニコマル……可愛いと思いますが……」


 壁に向かって何やらブツブツ呟いてるな……えっと……俺はニコマルも可愛いと思うよ、うん。

 だから元気出してセバスチャンさん!


「決めました!」


 セバスチャンさんの考えた名前を否定した後、落ち込んでいるのに見向きもせず、一人考えていたクレアさんが声を上げた。


「何て名前にするんですか?」

「フェンリルの名前はシェリーです。愛される者という意味です!」


 シェリーか、可愛くて良い名前だ。

 クレアさんの方はセバスチャンさんと違ってセンスがあるようだな。


「フェンリル、今からお前の名前はシェリーよ」

「キャゥ!」


 クレアさんがフェンリルの顔を正面から見て、名前を言う。

 それにフェンリル、いやシェリーが承諾するように頷いた。

 その時、クレアさんの手の中で、シェリーが突然光を放った。


「何が!?」

「ワフ!?」

「シェリー!?」

「クレアお嬢様!」

「眩しいです!」


 セバスチャンさんはクレアさんに近付き、臨戦態勢に入る。

 クレアさんは光ったシェリーから手を離し、驚いた表情のまま光を見ている。

 レオとティルラちゃんは驚いて声を上げた。

 俺も、光出すとは考えていなかった……驚いてクレアさんと同じように光っているシェリーを見続ける。


「キュゥー!」


 客間を満たす程の光を放ったシェリーが、その中で大きく吠える。

 シェリーの声がやむと、段々光も小さくなっていき、やがて完全に消える。


「シェリー……一体何だったの?」


 クレアさんが茫然とシェリーを見つめながら言っているが、当のシェリーは首を傾げているだけだ。

 今の光は何だったんだろう……。


「レオ、今のが何かわかるか?」


 困った時のシルバーフェンリル。


「ワフ?」


 しかしレオは首を傾げただけで、どうして光るなんて事が起こったのかわからないようだ。

 まぁ、そうだよな……レオが何でも知ってるわけないもんな。


「……もしかして……」


 お、セバスチャンさんは何か思い当たる節があるようだ。

 こういった知識はやっぱりセバスチャンさんが頼りになるな。


「セバスチャン、何が起こったのかわかるの?」

「以前、聞いた事があります。魔物を従魔にする時その魔物の名前を決め、それを相手側の魔物が承諾する事で従魔契約が結ばれると。そしてその時魔物の強さに応じた光を放つのだと」

「従魔契約……」


 そういえば、この世界に来てすぐクレアさんにレオが従魔かと聞かれたっけ。

 従魔契約ってこんな感じなんだなぁ。

 というかセバスチャンさんの知識が幅広過ぎる事にも驚きだな。


「シェリー……貴女、私の従魔になったの?」

「キャゥ!」


 シェリーはクレアさんの言葉に頷くと、嬉しさを表現するようにクレアさんへ飛びついた。


「きゃっ。もうシェリー、驚くからいきなり飛びついて来るのは辞めて頂戴?」

「キャゥーキャゥー」


 そう言いつつも、クレアさんは嬉しそうにシェリーを撫で、シェリーの方はクレアさんに抱かれたまま撫でられてこちらもまた嬉しそうだ。


「クレアお嬢様が従魔を持たれる事になるとは」

「何か問題とかあるんですか、セバスチャンさん?」


 従魔契約の事を説明した後のセバスチャンさんは、ひたすら驚いてクレアさんとシェリーを見比べている。

 クレアさんは貴族でも上位の公爵家の令嬢だ。

 もしかしたら魔物と従魔契約をする事に何か不都合があるのかも知れない。


「いえ、特に何もございません」


 特に何も無かったようだ。

 変な心配して損したな……。


「むしろ喜ばしい事でございます。シルバーフェンリルではありませんが、フェンリルも誇り高く強い魔物。クレアお嬢様の護衛にもぴったりですな」

「そうですね、護衛代わりにもなりそうですね」


 番犬に近い扱いかな?

 でもまぁ、クレアさんを守ってくれるならそれもありだと思う。

 クレアさんに抱き着いてキャウキャウ言ってるシェリーを見ると、セバスチャンさんの言ってるような誇り高い魔物と言うのはちょっと信じられないけどな。


「姉様いいなー、私もジュウマ? が欲しいです!」


 クレアさんに抱かれているシェリーを見ながら、ティルラちゃんが羨ましそうな声を上げた。


「ティルラ、従魔契約は難しい事なのです。今はシェリーと遊べる事で我慢しなさい。ほら、シェリー」

「キャゥ」


 羨ましそうにしていたティルラちゃんは、クレアさんに窘められ、クレアさんの言う事を聞いてティルラちゃんに近寄って行ったシェリーと遊ぶ事で我慢する事にしたようだ。

 レオも、シェリーとティルラちゃんと一緒に遊んでる。


「それにしても、この私がフェンリルと従魔契約だなんて……タクミさんのおかげですね」

「いえ、俺はそんな。大した事はしてませんよ」


 最近よく、タクミさんのおかげという言葉を聞く気がするが、感謝とかはそんなに多くなくていい。

 慣れて無いからな……。



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