第196話 突撃前夜


 ———王の間———


 玉座に少年が座っていた。


 僕は片膝を地面に着き、頭を下げる。


 横にもう1人、ドラゴンは直立不動。


 「……構わぬ。トーア・サクラ、面を上げろ」


 僕は立ち上がり、視線を王に向けた。


 王は、少年の面影を無くし、統率者として凛とした表情をしていた。


 立場が人を変えると言うが……ここまで変わるものなのか。僕は、驚愕を隠せずにいた。


 「皆まで言わなくてもよい。汝を無罪放免とする」


 王は、それだけ言うと玉座から降り、自ら足で僕の元へ近づく。


 「久しいと、他の者から散々と言われただろう」


 「はい」


 「余も勉学の先輩として、心からそう思う。だが、王としてお主に頼まねばならぬ事がある」


 「戦争……『教会』の事ですな」


 「むっ……確か、それもあるが……」


 「?」


 違うのか? てっきり、シュット国の先兵として攻め込むものだと思っていたのだが……


 「言い難い事ではあるが、アリスの事だ」


 王は周囲の配下に聞こえぬよう小声で、僕の耳元で話す。


 内密の話という事だろう。僕も声のボリュームを落した。


 「次期王妃様ですか?」


 「うむ、確かに次期王妃ではあるが……余は気が進まぬのだ」


 「……? 気が進まぬとは?」


 「学園の在学中、アリスとお主が恋仲という事は知っていた。それを承知で婚儀を結ぶのは、ちと違うのではないか……そう思っていてな」


 僕とアリスが恋仲だった? 


 ……あっ! そう言われてみれば、それが原因で決闘が起きたんだったけ?


 「この際、お主が武勲を立てれば、アリスとの婚儀をお主へ譲ろうと思っている」


 「え? そのような事が可能なのですか?」


 「前例がないわけではない」


 「……」


 隣ドラゴンから凄まじい圧を感じる。 しかし、それはこの際、カットだ。


 僕は、アリスの事が好きではない。 なぜだろうか?


 逆に嫌いか? と問われれば「嫌い」と答えるだろうか?


 いや、たぶん「嫌いではない」と言う。


 僕がアリスに対する感情は、外部から生じる


 『アリスを好きでなければならない』


 という圧力への反発ではないだろうか。


 アリスが僕の事を好きなのだから、彼女を愛せと言う人物が一定数いた。


 その言葉には棘……揶揄いと言った悪意と呼ぶには拙い感情を帯びていた。


 それは攻撃である。


 攻撃に対する反発。


 しかし、それを取り除いたら? 僕個人が持つ、アリスへの感情は? 


 そうか、僕は彼女を見ていない。 


 なら……


 「我が王よ。 ぼ、私はアリス次期王妃へ心を奪われた事はございません」


 「……そうか」


 「ですから、この度の申し出。戦果を挙げた際に改めてお答えさせていただきたい」


 僕が出した言葉は保留であった。


 それは僕自身がアリスと対峙していなかったからであり、


 僕はアリスを見ていなかったからであり、


 彼女と向き合ってみよう。そう思ったからだ。



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・



 「まずはこれを見てほしい」


 ヤン宰相は地図を広げた。


 「これは?」と僕。


 「聖域と言われる場所。大きな戦の前に『教会』が世界に散らばった12人の幹部を集めて会議を行う。それに、それぞれ鍛錬を行う場所であり、それと同時に彼らの住まい……家でもある」


 「確かに、でも……この広さは、まるで……」


 「そう、巨大な山脈を利用した天然の要塞。狭い山道は兵の投入を拒む。頂上に住む『教皇』の館まで、続く12の宮殿は、それぞれが人工的な迷宮ダンジョンだと言われている」


 「要するに、12の手作りダンジョンとそこを治める幹部を倒せば、大規模戦争は起きないって話だろ?」と僕の後ろから、声がした。 オム・オントだった。


 「うむ」とヤン宰相は話を続けた。


 「幹部である12人は使徒と言われている。『教会』の力を使って集めた猛者揃い。1人1人が一騎当千の強者であり、それぞれが独自の聖遺物を有している」


 「だから、こちらも一騎当千の人材をぶつけ、物理的に兵が動けない『教会』の総本山『聖域』で決着を付ける。そういう作戦ですね?」


 僕は振り返った。


 後ろには、シュット国が誇る一騎当千のメンバーたち。


 ほとんどが知った顔だった。


 この後、僕らは『聖域』へ挑む。

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