田中康平の視点2

 こういう時、自衛隊に入っていたことは本当に無駄なんかじゃなかったんだなと思う。俺は、すべてを知ってしまった。けれど、なんとか精神を保っていられた。手旗信号を書いて後の者に託すことも出来たし、この部屋にもちゃんと着いた。なるほど了解したよ。そういうことだったのか。その話は自衛隊員の頃、先輩から教えてもらった。そういえば先輩はその後、ボットン便所の中で窒息死してたな。そういうことか。そういうことか。

 すべて知ってしまった俺は、もう用済みなんだ。というか、存在しては駄目なんだ。あの文字の言うとおりにしていれば、今頃俺は、この誰もいない世界を謳歌していたかもしれない。今となってはそんなこと、誰にもわからないが。

 だから、俺はここに記す。俺が存在していた証を残す。俺の名前は田中康平。…はは。もうこれしか思い出せないや。手が溶け始めたので、もう書けないな。

 足がとろけて落ちた。骨が散らばって部屋の隅へ飛んだ。身長がどんどん小さくなっていくのが分かる。こうやって俺は死んでいくんだ。鍛えた体も、全部台無しだ。

 最後の最後、田中康平は大きく息を吸い込んだ。最期の酸素は、血の味がした。

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