音楽祭最終日と出立
「おとさーん、おっはー! 朝だよー」
「ああ、起きてるぞ、待ってろ着替えて顔洗ってくる」
ショッセンの街、三日目、今日は音楽祭最後の日でもある。
エルは既に目を覚ましており、俺をゆする、さすがに今日は俺もすぐさま起きる。
着替えよしっ、剃り残しなしっ、さてと、いきますかね。
そうして、ドアを開けて下へ降りると、今日はいつもの4人はそこに居らず、デリンだけが座っていた。
「おはようデリン」
「おっはーデリンおじちゃん」
「おはようさん、エルちゃんはすっかり、鷺の嬢ちゃんに感化されたな」
「その青山達は今日はどうした?」
「もう会場入りしにいくってさっき出てったよ、そこの袋お前らの分だと」
デリンがテーブルの上に置かれた袋を指さす、中身はこの前とは別のサラダとホットドッグが入っていた。律義に朝ご飯買ってきてくれてたのか。
早速エルと分け合って腹の中へ収めさせてもらう。
「今日のもおいしかったね、おとさん」
「そうだな、さてと、行くか」
「よーし、しゅっぱーつ!」
「朝から元気だねぇ」
「子供は元気が一番だ」
「ちげぇねえ、俺達その為に身体張って来たもんな」
「その通りだ」
デリンの最後の一言に返しながら、先へと行くエルを追いかける。
大通りに出れば最終日という事もあり、演奏するもの、屋台を出しているもの。
そのどれもが昨日までの比にならないほどであった、何も無く終わればいいが。
「ひ、ひったくりよ! 止めて!」
言ったそばから、ひったくりか、当たりを見渡すとこちらに向かってくる黒ずくめが一人。
「そこどけ! おっさん」
「ひったくりにそういわれてどくとでも?」
「ま、まさか守護英雄っ!?」
「そのまさかだ」
向かってくる男は横に自分が避けようとするが、その腕をしっかりと掴む。
暴れて離れようとするが離さない、適当な人に憲兵を呼んでもらう。
ひったくりも観念したのか、暴れる事をやめて、終いには泣き出す。
「まったく祭りの空気に水を差すとはな」
「ちっくしょう俺だって好きでしてるわけねぇよ」
事情を聞いてやれば、村が戦火でダメになって、他に行く当てもなく食うに困って盗みを働いてその日暮らしをしていると言う、災難とは思うが盗みはいかんな。
「お待たせしました! これは守護英雄様、お手を煩わせてしまったようで」
「いや、一市民として祭りを楽しむものとして当然の事をしたまで」
「はい、ありがとうございます、さぁ立て! 詰め所で話を聞いてやる」
「ちくしょぉ……ガキはいいよ、泣いて縋れば拾って貰えるんだからよ」
「何を言っている、守護英雄様とその娘様、どうかお祭りを楽しんでください」
エルを一瞥してそんな捨て台詞を吐く……確かにその通りなのだろう。
俺がいた世界だってそうだ、子供というだけで泣いて児童相談にでも縋れば保護してもらえる、だが大人はそうはいかないもんな、泣いても縋っても、助けて貰えるかは分からないのだから。
「おとさん? 大丈夫?」
「うん? ああ、ケガはないぞ」
「よかった、ねぇあっちの演奏聞きにいこ」
「ああ、いってみようか」
エルが服の袖を引っ張りあっちへ行きたいこっちへ行きたいと言い始める。
演奏は様々な者があった、打楽器のみの演奏もあれば、ボイスパーカッションといったか楽器を使わない者から、グラスを使った演奏などの変わり種まであった。
「色んな楽器と演奏があるんだねー、オカリナもあった、エルも出来るかなー」
「練習すれば出来るようになるさ」
「じゃあ、頑張る!」
エルがオカリナの演奏を聞いてオカリナを頑張る決意をする。
そろそろ腹が減ったな、もう昼時だな、どっかで飯にするかね。
折角だし、この前緑谷と一緒に入ったハンバーガーの店に行くか。
そういう訳でハンバーガーの店に行けば見知った先客がそこにいた。
「およ、清孝君たちもお昼?」
「鶴見ちゃん、お口にご飯はいってる時に喋らないの」
「…………ふぅ、ごめんなさーい」
「やっほー、えるちゃん、きよくん」
「おう清孝、ここのハンバーガー美味いぞ」
「ポテトも美味しいですよ、お芋は揚げるとサクサクなんですねー」
「知ってる」
赤川達三人組と白石とカロネーヴァさんが一緒にいた、打ち合わせを終えて昼飯の時間だそうだ、ここには昨日緑谷と来ている事を話せば色めき立つ。
「ほほう、燕ちゃんと清孝君か」
「きよくんならおっけーかなー」
「ちょっと二人とも何言ってるの!」
「いやー、だって二人きりとかデートでしょそれ、これは、そういう事じゃ?」
「え、そうなんですか? 恋はとても素敵な事ですよ燕さん」
「だから、そういうのじゃないってばぁ」
「緑谷の言う通りだ、そも俺は32、お前らとは違うんだよ」
「それについては俺の実力不足で申し訳ない」
「白石が謝ることじゃない、エル、決まったか?」
「うん! このチーズバーガーのセットにする」
「そうか、なら俺もそれでいいだろう、店員さん」
デートかまあ抗議の意味ではそうなるだろう、しかし彼女らは時間操作で若返っているが俺はそれを受けれないが為、32のまんまだ。
親子とまではいかないが、倍も歳が違うのだ、男女交際については考えられんな。
白石も謝ってくるが白石に文句を言うのは筋違いだ、気にしてないぞと返してやる。
エルの食べるものが決まったので俺もそれにする事に。
「ごちそーさまー、さてと、本番前の調整いこっか」
「赤川から言い出すとはな、明日は雨かな」
「鷲雄君酷くなぁい、私だって、今日の公演失敗したくないって燃えてるの!」
「おおー、つるちゃんの後ろに炎が見えるぜよ~」
「それじゃぁ、早く戻って調整しましょうか」
「公演は俺も見に行く、楽しみにしてるぞ」
「私も観客席から応援しますね」
「エルもいるよー!」
赤川が意気揚々と言った感じに席を立ち店を出ていく、会計は緑谷がしていく。
まあ青山はマイペース、赤川はそそっかしいで金を扱わせたらどうなるかわからんもんな、白石か緑谷が財布を持つに決まってるか。
「エルも食べ終わったー、おとさん早くいこー」
「待ってくれ、まだポテトが残ってる」
エルが食べ終わり手持ち無沙汰になってるのを横目にポテトを頬張る、まったくもっとよく噛んで食べればいいもんを、これでよしと、それじゃ行くか。
昼を食べ終わってからも街をぶらぶらとする、演奏家の姿は減っている。
おそらくは特設会場の演奏が始まるからだろう、あいつらの演奏はかなり後らしいしまだいかなくても平気だろうか。
「おとさん、さぎねぇ達の演奏始まっちゃうよ!」
「まだ大丈夫だろう」
「駄目だよ、一番前で見るんだもん!」
「わかったわかった」
と思ったが、エルが急かすので特設会場へと早足で行く事になってしまう。
赤川達の演奏どころかまだ始まってもいないという時間についたか。
「あら? エルちゃーん、清孝さーん」
「うむ? エル様、清孝様、どうも」
「アルミとカロネーヴァじゃないか」
「いやあ、こんなところで我が国の隣人と会うとは思いもよらず」
「私もですよ、岩人族の方にお会いするのは国内以外で初めてです」
「アルミおじさんとカロおねーさん、仲良しさん?」
「そうですな」
「そーですねぇ」
「そうか」
既に俺達よりも先に席を確保しているのがいた、列車で会ったアルミと白石達と一緒にここに来ていたのだろうカロネーヴァであった。
森人の国と岩人の国は確か山を挟んで隣合ってたか、相互に研究協定も結んでもいるんだったな。どっちも長命だから気も合うのだろうな。
俺もアルミの隣に座り、時間が来るまでゆっくり待たせてもらう事にした。
数時間後、人も大分集まり、特設会場の舞台の上で初日に会った恰幅のよい男が公演を始めますと開催の合図をする、そして袖に帰ると早速最初の音楽家達が演奏を始める、ふむ、特設会場での演奏は特別だと言っていただけあって、上手い? のかな
まぁ、いい曲だと思う、音楽に詳しくない奴でも分かるくらいには。
「あ、おとさん、さぎねぇ達だよ!」
「そうだな」
日も落ちて暗くなったころに彼女らはステージに上がった。
「いやっほー! 皆、元気かな? どうもー! LIGHTBIRDです」
「今回はいつもの鷺ちゃんと燕ちゃんだけじゃなく、鷲雄君に来てもらってます!」
「どうも、白石鷲雄です」
「わしくんはずっと森人の国で活動してたんだよねー」
「もっと一緒にバンドしたかったのに、勝手なんだもん、彼女までいるしさ」
「俺はシンセサイザーよりもピアノが本業なんだよ、それに俺に恋人がいて悪いか」
「べっつにー、と、まぁ、そう言う事でね、ここに連れてくるのも一苦労でしたよ
でも! 久々の4人で演奏、がっつり楽しむよぉ、皆も盛り上がっていこぉ!」
「ええ!」
「お~」
「やれやれ……応!」
そんな赤川MCの言葉が終わり演奏が始まる、お、これは俺も知ってるぞ。
夏祭りの男女を歌った曲だったよな、確か。
夏にはまだ早い気もするがな。
向こうの世界の曲をコピーしてるのか、まぁ、こっちの世界の奴からしたらこいつらの曲なのかもしれんのかね。
それからも数曲、向こうの世界でも聞きなじみのある曲が演奏される。
「どーもどーも、まぁ、これ、私達が作った曲じゃないんですけどね」
「元は向こうの世界の曲よね、所謂コピーね」
「そう、我々、偉大なる先人にご飯食べさせてもらってるわけですね!」
「言わんで良いことを、次でラストだろ、最後までとちるなよ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶぅ、いっくよー!」
最後の曲が始まる、最後の曲はオリジナルだろう、向こうの世界で俺は聞いたことが無い、力強く自分らしく皆と共に諦めずに歩こう、そんな4人それぞれバラバラであるに関わらず混じり合いながらも真っすぐ眩しく輝く進む光を思わせる曲だった。この日のライブは大盛り上がりで終わったのだった。
「やーだー! もっとさぎねぇと遊ぶー!」
「エル、昨日もいったろう、明日は出発だと、今日でお別れだって」
「いーやーだーぁ!」
「参ったな……ほれ青山も困ってるだろ」
「困ってるのはきよくんだよねー」
「いやまぁそうなんだが、そこは話を合わせてくれよ」
「やだやだやだやだ、もっと遊ぶのぉ!」
翌日の朝、俺は駅構内で駄々をこねるエルに参ってしまっていた。
昨日の音楽祭の後、打ち上げで飯を奢り、翌朝の列車で次の街に行くという日なのだが。
まだ遊びたいとエルがごねて離れないのであった。
「次の美食の街、ヤミーだってきっと楽しいから、な」
「ほら、おとさんの言う事聞いたげなよ、エルちゃん」
「大丈夫、きっとまた会えるから、ね」
「そうそう、またエルちゃんのオカリナ聞きたいからね」
「ほんと?」
「ほんとほんと~」
無理やり青山から剥がす事に成功すれば三人がまたエルと会えるとエルに一人一人声をかけてくれる。エルが聞き返せば青山が朗らかに返事を返してくれる。
この数日で青山とエルは大の仲良しになったものだ。
「清孝は次はヤミーに行くのか」
「私たちは別の列車で森人の国に帰ります」
「私も岩人の国に帰るつもりです」
「そうか、旅の無事を祈る」
「おう、こっちもと思ったが、守護英雄様に限っては大事無いだろうな」
「それなら時間操作の使い手に至ってもな」
「ははっ」
「ふふっ」
出送りには白石、カロネーヴァさん、そしてアルミも来てくれていた。
三人は祖国へと帰るだそうだ。お互いの無事を確信しながら笑いあった。
「お前ら三人はどこに行くつもりだ?」
「んー、しばらくはショッセンで公演かな、ゆっくりしたいし」
「そうね、また少ししたら別の街にいくかもだけど」
「まだ春先だけど、夏になったら海行きた~い」
「それは気が早いという物では?」
三人娘はしばらくはショッセンの街だそうだ、ショッセンを経由して帝都に帰るなら会えるかもしれんな、さてと、そろそろか。
「それじゃ、列車の時間だ、行くぞエル」
「うん、おとさん、皆またね」
エルの小さな手を握り列車のドアを開け入る。
こうして俺達は音楽の街を去るのであった。一抹の寂しさと期待を持って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます