第92話 ミーのカー
ゴールデンウィークに入ってすぐの金曜日、リアムがやってくるので、僕は空港まで自分の車で迎えに行った。雲はなく、どこまでも空は青くてパーフェクトな行楽日和りだ。
そう、僕はとうとう車を手に入れた。
シズさんにもらったお金……は正直魅力的だったけど怖いので手を付けず、オリンピック前に値上がりした投資信託や貯金、母の実家からの結婚お祝い金を足して狙っていた『ホンダ シビック』のハッチバックを買おうと計画した。思った以上に神社での結婚式が安くなりそうなのも助かった。
さあ買いに行こう、っていう土壇場になって母が自分の車を譲ると言い出した。
もちろん僕に異存はなく、母がシビックを買って、僕は母が乗っていたホンダのブルーの8年落ちフィットを譲って貰うことになった。
母はヨッシーの兄がホンダで働いている関係でうまく探してもらって、シビックのタイプR(なんてこった、英国で生産されている逆輸入車で高いやつじゃあないか!それも6速ミッション…なるほど、母が僕が免許を取るときにAT限定を許さなかったのはこういうことだった)を手に入れた。
「お金はそう簡単に使ってはダメ。どうしてもいるっていう大事な時があるから」と母はしたり顔で言ったが、本当は昔お父さんと乗っていた昔のシビックのスポーツカーに自分が乗りたかっただけなのだと僕は知っている。高い買い物で呆れ顔をする僕に向かって、
「職人の仕事は裏切らないからね」と言った。
「筋肉も裏切らない」と僕が返すと、母は笑った。
新婚時代の二人が並んで車をバックに撮った写真を毎日玄関で見ている。だからまあ、良しとしよう。
「マナ…久しぶり!」
「リアムっ…!」
僕らがぎゅっと抱き合ってキスすると、周りの人がじろじろ見る。そう言えばこうやって抱き合ったりキスするのはハワイの空港でしかしたことがなかった。
「恥ずかしいな…」と僕が言うと、リアムはいつものプラス思考で、
「バカだな、全然恥ずかしくないよ…みんな
何度も唇を重ねると僕の不安が空気に溶けた。この人は僕の事が大好きだって伝わってくる。
彼は僕をじっと見つめて、おもむろに、
「マナ、何かあったんでしょ?もうすぐ結婚するんだし、これから心配ごとはお互いすぐに言う約束を今しよう」と言い出した。
なんでわかったのだろう?リアムも能力が発現した?
僕は本当にびっくりしたのだ。
結婚式を挙げる神社に向かう高速道路の車中で、僕はリアムにザキのストーカーの話を正直にした。
リアムに嫌われても仕方ないな、と考えながら。
「ふーん、また今回は派手にやったね…」と助手席から呆れ声が聞こえる。
よかった、顔が見れなくて…見えてたらきっと怖くて言えなかった
「どうしても我慢できなくて…。ごめんなさい、僕の事嫌いになった?」
「……」
反応がない。やっぱりこんな乱暴な女との結婚は考えちゃうのだろう。
でもこんなことも十分あり得ると思っていた。
最近はまっている
「リアム…嫌なら結婚しなくてもいいんだよ?まだ間に合う」と提案してみた。
「……」
「考えてしまうリアムの気持ち、わかるんだ。だって僕もお母さんにそんな恋人が出来たら嫌だもの、リアムの家族だって僕の乱暴な面を知ったら嫌になるはずだ。下手すると身内から犯罪者だしね。
ねえ、遠慮しないで言ってよ。…なんで黙ってるの?」
高速道路を降りても全く返事がないので、赤信号で助手席を見た。
彼は気持ちよさそうに寝ていた…。
「もーリアムったら信じられない。僕本気で話してたのにさ…」
僕らは神社に併設されている式場で、コース料理を試食していた。
地元で採れる野菜も肉も魚も、素材が良いのでシンプルな味付けで美味しく調理して美しく盛り付けてある。最後のデザートもケーキに自家製の旬のフルーツのシャーベットが添えてあって申し分ない。すべてに料理人の美意識が感じられる。
また、華やかな絵付けの江戸時代の食器はハワイの人にはインパクトがありそうだ。これならリアムのお母さんも納得するだろう。
「ごめんよ、昨日まで試験で疲れてたんだよ…で、なんの話だっけ?」とニヤニヤして言った。
途中まで聞いてたんじゃないか?っていう感じだ。
「教えない。もう絶対言わないから」
「なんで?」
「…リアムとリアムの家族に嫌われるかもしれないから、勇気を出して言ったんだ。それなのにさ…」
僕はうつむいた。彼の顔をまともに見られない。
「バカだな、俺はマナが人を殺したって言っても嫌いにならない。そんなこと言ってないで、料理はどうする?美味しかったねぇ、ひとつグレードを上げる?」
「え…嬉しいな。じゃあ、一つ上げて品数を増やそうか。僕も食べてみたいし…って、違うでしょ!リアムは僕みたいな暴力をふるう人間が嫌いだよね?ね、本当に僕と結婚していいの?後悔しない?」
「暴力は苦手だよ。でもね、マナは自分の為にやったわけじゃないんでしょ?まだマナは21歳なんだし、これからコントロールすればいいじゃない。俺も手伝うから、ね。俺も俺の家族もマナがいいんだ」
リアムは僕のそばに
「また泣いてる!もう、俺が原因だと思われちゃうじゃない?ほら、スタッフさんも話が出来なくて困ってるし」
僕は泣き顔をあげ、ドアの後ろにこっそりいるスタッフさん達が心配そうにこっちを見ているのに気がついた。
「あっ、違うんです。これは…」
リアムが微笑むと、スタッフの一人がナフキンを持ってきてくれて、リアムにそっと渡した。
「ありがとうございます」と彼が言って僕の涙を拭くと、スタッフ達から拍手が沸いた。どうやら結婚でもめてると思われていたようだ。
まあ、間違ってはいないが。
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