第54話 あがくぼくら

「他の金融機関には相談に行かれたのですか?」


 真剣な眼差しのアユがさっそく口を開いた。



 遺書を書き終えた次の日、アユとルイ、森田と美月と僕の5人は管理棟の事務室で座って話し合っていた。時計の針は10時を指している。

 夜番のヨッシーは外せない用事があるそうで、何かあったらすぐに呼ぶように僕らに念押しして帰って行った。代わりにザキが僕の代わりに仕事に入ってくれた。

 美月は休みなのにわざわざ来てくれている。

 それもこれも森田が『他殺』される原因を除きたいが為だ。


 僕はシズさんからもらったを使ういい機会かと思ったが、必要な金額を聞いたら笑っちゃうくらい足りない。企業の融資は桁が違うと思い知った。


「実は、急な融資の打ち切りを告げられた後、すぐに違う銀行に相談に行ってみたのです。しかし今までM銀一本だったせいか、どの銀行も貸してはくれるのですがこちらが望む金額は今回は無理だと言われました。お金のことはM銀に頼り切ってきたので、誰にも相談できず、返却期限が迫り…もうダメだと…」


 彼から見たら僕らは子供だから相談なんてばからしいだろう。でも森田は僕の提案に乗ってくれてこの場で真剣に答えている。そういう所にもとても好感が持てる。


「でも、おかしいですよね、森田さんの会社。データバンクの資料を取り寄せましたが見る限り経営状態が悪いわけじゃない。むしろ今期の決算も数値は健全です」


 美月が父親に調べてもらったデータを提示した。森田はそれを見てやや目を大きくした。

 企業信用調査の会社にお金を払えば、大体の会社の内実はすぐに見れるそうだ。美月の父親も会員で、取引をする前にはこれで経営状態をチェックするらしい。


「そ、そうなんです!資本金も少しづつですが増えていて悪くないはずなのですが…私は技術者で、お金のことはあまりわかっておらず、すべて銀行の担当者に相談して進めていたんです。地元密着の地方銀行ですので、コンサル的な相談もすべて歴代担当者に一任してお世話になって安心しておりました。うちの妻も従業員も皆そういったことには疎いですし、親しくしていた製造業の同業者も近年ほとんどが事業を畳んでしまって相談相手がおりませんで」


「M銀行って、最近U銀行と合併してMU銀行に名前が変わったとこだよね?父がそこに勤めてるから、なんで急にダメになったのか聞いてみようか?」とアユが自分のせいでもないのに申し訳なさそうに小さな声で聞いた。


「マジか?すごい偶然だな、じゃあ俺らちょっと電波のあるところに行って聞いてみる。ついでに昼飯の材料も買ってくるから」


 そう言って、気の利くルイ達はいそいそとアユの車で出て行った。


「メインバンクがMU銀行一社とデータにあったので父に聞いてみたんですが、その銀行は合併後の内部混乱があるようです。あ、実は俺の家は経営コンサルタント業をしてます」と言って、『山口経営コンサルタント』の冊子を見せた。先日古川さんに渡すときに念の為2部持ってきたものの残りだ。


「なるほど…」


 森田さんは思ってもみない相談の本格的な成り行きに息を飲んだ。まさかこんな子供たちが…まさに狐につままれたような表情をしている。


「俺もちょっと家に電話してきますね」


 美月が父親にMU銀行について聞いている。


「あ、うん、なるほど…うん、森田精密機器の担当の情報もわかればお願い、うん、ありがとう。恩に着るよ」


 美月は管理棟の電話を切って事務室に戻ってきた。ザキは気にしてくれていて、仕事で忙しそうにしながらたまに心配そうにこっちを見ている。


「返答待ちです。ちょっと父に聞いた感じでは、合併したばかりで格下のU銀行派が面白くないから波風を立てているようですね。その余波で父の事務所にもそういった急な貸し剥がしの相談が何件か寄せられているようです」と美月は父親の分析を口にした。


「な…じゃあ、経営状態が合併後の貸付の基準に合わないっていうのは…」


 まさか、という表情で森田がそう言って固まった。ずっとお世話になってきたというM銀行を疑ったことはないようだ。ただただ、自分の会社の業績が問題だと思っていたのだろう。森田さんらしい。


「ええ、もしかしたらがしてから、違うU銀行派が親切ぶって貸付にくる計画かもしれません。今、融資を打ち切ると言った担当がU銀行出身か父に調べてもらってます。ちなみに以前のM銀行の担当者の方たちには連絡してないんですか?」


 美月が聞くと、森田が残念そうに、


「ええ、皆さんとても優秀で熱くて頼りになる方たちだったんですが、前回の担当の方が2年以上前に退職してしまいましてね…」と残念そうに答えた。よっぽど仕事が出来る人だったのだろう。


「合併が嫌だったんでしょうか?」と美月が聞いた。嫌だったなら頼り辛いから困ったな、というところだろう。


「いえ、M銀行の当時の副支店長との結婚で辞められたんです。とてももったいないですよ…。今は転勤した夫と一緒にシンガポール支店に…いや、そう言えば子供が産まれて大きくなったら帰国すると言ってました。旦那さんだけ単身赴任で、もう彼女は日本にいるかもしれません」


「一度電話してみたらいかがですか?お付き合いは長かったんですよね?」と僕が聞いた。


「はい、結婚祝いも個人でちゃんとさせて頂きました。お返しも、ワインを家まで持ってきてくれましたし。とてもパワフルで素敵な女性だったんですよ」


「森田さん、電波拾いに行きましょう!」


 僕は立ちあがって言った。


「え、今ですか?」


 森田は僕の勢いに戸惑っている。


「そう、今です!」


 慌てる森田に携帯を持たせ、僕らはザキの車を借りて橋を渡って島を出、電波の入る場所を目指した。

 美月の父から連絡があって、今の森田精密機器の担当はU銀行出身だという情報が出発前にタイムリーに入ってきた。幸先がいい。

 



「今井さん?ええ、森田です、お久しぶりです。お元気でしょうか。…実は困ったことになってまして…」


 彼は銀行の元融資担当者の今井に電話した。

 今井さんの次の担当者から合併時にU銀行出身の男性に変わり、先日突然の融資の打ち切りで資金繰りに困って会社が立ち行かないと説明した。

 受話器の向こうから低めの女性の怒りの声が聞こえてくる。どこかで聞いたような気がするが気のせいだろう。

 

 彼はアイランドキャンピングパークの住所と電話番号を伝え、今はそこにいること、電波が届かないので、管理棟に連絡をくれるようにお願いした。


「とりあえず戻りましょうか」と話していると、彼の携帯が鳴ったのでディスプレイを見た。


「…妻だ…しかし出たところで…」と森田は出るか迷っている。


 僕は素早く彼の携帯を取り上げ、勝手に出た。隣の森田は青くなって焦っていたが、僕に触れることが出来ないので諦めた。紳士なのだ。


「もしもし。僕は森田さんの友人です。お待ち下さい、すぐ代わります」


 僕は携帯を彼に渡した。


「森田は無事ですか?どこにいるのですか?」と奥さんの必死な声がれ聞こえてくる。僕を誘拐犯とでも思っているようだ。


 森田は紅潮した部分と青ざめた部分でマダラになった顔で、おずおずと携帯を耳に当てた…。

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