第53話 自殺でなく社会的他殺

「良かったら今からキャンプ友達とバーベキューするのでご一緒にいかがですか?」


 僕が誘うと、少し迷ってから、


「では甘えさせて頂こうかな」と答えた。


 昨夜は僕以外の誰とも交わろうとはしなかったのに、かなりの進歩だ。

 いや、もともと社交的なのだろう。きっと日常的に家族や会社の社員とバーベキューとかしていそうだ。


「友人のアユさんとルイさんです。二人は恋人で、工学部の大学生なんです」


「森田と言います。図々しくもお招きに甘えさせて頂きました。バーベキューに目がなくて…」と朝の餅と同じことを言ってるので僕はクスリと笑った。

 きっと本当に餅とバーベキューがピンポイントに好物だったのだろう。このラッキーは間違いなく運命だ。


 4人で和気あいあいと楽しい時を過ごし、アユたちは肩透かしを食らっていた。森田は相手の話をよく聞く上に、知識の引き出しが豊富で話が尽きない。いろんな人と仕事で話をする必要があってこうなったのか、それとも元々かはわからない。両方な気がするが。

 ルイは工学部の材料科なので森田の会社の仕事内容を知っていて話が弾んでいた。専門的な会話が聞こえてくる。

 僕とアユは全く意味がわからない。


「なんか、すごくさ、自殺とかしなさそうな人だね…」と建築学科のアユがこっそり僕に言った。

 でも彼は死に場所を探してる。それも早急に。


 バーベキューが終了し、皆で片づけを終えた。

 別れ際に「どうもご馳走様です。これは材料代です、取っておいてください」と言って、困った顔のルイの手のひらに森田は例のピンでとめた万札を数枚渡していた。

 とても律儀な性格のようだ。死ぬ前に借りを作りたくないのもあるだろう。




 僕たちは遺書作成の作業をすることにした。


「ルイ君と楽しそうでしたね」


「そうですね、日本の未来の技術の為にああいった若者を育てるのが僕たちの仕事の一つでもあるのですが…」と苦しそうに吐き出した。


 会社が社会的貢献を果たすことが出来なくなることを悔しく思っている、そんな感じだった。自分の会社と仕事を愛しているのだ。

 

(どうにか彼の会社を残すことはできないのだろうか?)


 それですべて解決するのだが、たくさんの人の知恵が必要だ。僕だけでは全く歯が立たないだろう。




「私の音楽はね、メキシコのあのラテンなのにしようかと思うんです」と森田が空欄になった部分を見ながら言った。


「明るいし意外性があっていいですね!でもなんでメキシコなんですか?」


「いやあ、私にはファンの作家の紀行文であまりにもメキシコの音楽にうんざりしてた記述が面白かったものですからね」


 森田さんは面白そうに言った。なんだか楽しんでくれているようだ。僕は表に、『メキシコの陽気で特別賑やかな音楽』と書いた。まずは一列。


「一列埋まりましたね」


「そうですね。なんだか楽しくなってきましたよ、私。不謹慎ですが」


「大丈夫です。せっかく自殺するのですから、一世一代の舞台を作りましょう!僕もやる気が出てきましたよっ」


「良かったです。そういえば今日着替えを持ってきたというマナさんの母君にお会いしました。とても似ていらっしゃいますね」


「はぁ…似てますか」


 良く言われるのだが、あまり嬉しくない。だって、子供が3歳で旦那に死なれるなんてなかなかいない。


「嫌なのですか?とてもいい方でしたが」


「…僕が3歳の時に父と祖母を事故で亡くしました。だから貧乏な母子家庭で。母のことは好きですが、母みたいにはなりたくないなって正直思います」


 僕が淡々と言うと、森田さんはだらだら涙を流したのでびっくりした。遺書を書くどころじゃない。


「ど、どうしたんですか?」とぼくが慌てて聞くと、慌ててハンカチを内ポケットから出して涙を拭いた。


「いえ…私にはマナさんより少し上の娘がいましてね…。私が死んだら残された二人が哀れだと思ってましたが、あなたに比べたらなんてことないなと。マナさん親子は本当に苦労されましたね」


「僕は全然…母が大変だっただけです」


「…マナさん…私が言うのもなんですが、そんな苦労をしたお母様に育てて頂いたのに自殺などとはいかがなものでしょうか…こうの道に反するのではないですか?」


 孝…?儒教で言う『 父母を敬い,よく仕える』のことだろうか。春休みにゼミでノリさんが言ってた。

 なんか方向性が変わってきたのを僕は感じた。怪しい雲行きだ。

 

(このままでは僕は自殺なしで森田だけ…なんてことになってしまうではないか!それは避けたい)


「えーっと、その…おっしゃる通りですが…でも…どうしても死にたいんですっ」


 自分でもよくわからないことを言って、僕は遺書の下書きをチラシの裏に書き始めた。森田は僕を困ったように見て大きくため息をついている。前途多難だ。



『僕は今とても幸せです。なので一番幸せの今、死にたいと思います。皆さん、ありがとうございます、そしてさようならです。僕の一生は短かかったですが、とっても楽しかったです』



 うーん、なんか平坦だな。全く感情がこもってない。

 でも、本には、いつもと同じような言葉で、気取ることなく、少しの間違い(正しくはみじかかった)などを入れて、自殺の原因を明らかにする…と書いてある。


(っていうか難し過ぎだ。ややこしいわい!!)


「どうでしょうか?うまく書けなくて…」


「読んでも宜しいですか?」と言って僕の遺書に目を通し始めた。


 僕は恥ずかしくて、


「ちょっとコーヒー淹れてきますね」と言って管理棟でコーヒーを淹れ、心配そうなヨッシーには「今二人で遺書を書いてる」と報告し、サイトに戻った。

 ヨッシーの表情が固まってしまっていた。




「う…うっ…」


 戻ると森田がまた泣いているので僕は再び「ど、どうしたんですか?」と聞いた。

 

(そんなに不味まずい文だろうか?少し幼稚過ぎだったろうか…)


「こ、これ…」と森田は目にハンカチを当てながら声を絞り出した。


「はい…」


「これはダメです!」


 はっきりとダメを出されて僕は驚きつつも、


「へ?なぜですか?」と聞いた。


「だ、だって…これ読んだらっ…マナさんのお母様が悲しむと思う…」


(うーん、結構前向きに書いたつもりだったんだけど…いや、違う。遺書だから!)


「だって、森田さん、これ幸せだったって、感謝も書いてあるし…」


「ですが…私はどうしてもマナさんのお母様が気になります」


「え…ではちょっと書いてみてくださいよ」


「はい。しばしお待ちください」


 森田さんは自分の遺書は全然書かないくせに、僕の遺書にすらすら書き足し始めた。


「これでいかがですか?」



『僕はお母さんのおかげで今とても幸せです。なので一番幸せの今、死にたいと思います。お母さん、皆さん、ありがとうございます、そしてさようならです。僕の一生は短かかったですが、とっても楽しかったです。お母さん、愛しています』



(うーん、なんか…かなり母サイドにり寄ってる。それにこれでは余計に泣いちゃうんじゃないか?でもまあいい、僕は死ぬつもりはないので、これでOKだな)


「いいです。では僕はこれで。森田さんは書かないんですか?」


「いえ、実は昼間にもう書きました。これです」


 彼が出してきたのは便せん20枚ほどにびっしり書き込んである、分厚いレポートにしか見えない遺書だった。


「こ、これ…?」


「はい、一人一人にお礼の遺書を書いていたらこんな量になってしまいました。どうですか?」


「いや…これは読むのが大変そうだな…」


 ちらりと見たが、字が小さい。薄い小説一冊分はあるだろう。勤勉かつ真面目過ぎる。


「こ、これは量があるのでゆっくり夜にでも読ませて頂きます。じゃあとりあえず遺書はいいってことで」


 僕の遺書の欄に済と書き、森田の欄にも済と書いた。やっと2行。


「なかなか進みませんね」


「そうですね…しかし、目的完遂の為に二人で頑張りましょう」


「はい」


 僕は元気に返答した。遺書を書くなんて初めてだったので解放されてホッとした。


「しかし…マナさんは本当に能動的に自殺なさるんですね。私なんて…」と彼は情けなさそうに言った。『青少年の為の自殺学入門』をちゃんと読んだのだろう。あの量の遺書を書いた上、本まで読むとは…勤勉に何かしていないとダメな人のようだ。


「森田さん、この本にもありますが、能動的な自殺でない場合、つまりは外部要因で追い詰められての自殺は他殺ですよ!僕は他人や社会に殺されるなんてまっぴら御免です、森田さんが他殺なら僕は手を貸せません。悲し過ぎますから。

 僕らの命は僕らのもの、真の自殺はドラマチックで混ざり気ないものです。それを見て誰もが僕らの自殺にかっさいを送るのではないでしょうか?」


「…実は私の自殺は、社会による他殺の可能性が大きいのです。マナさん、どうしたらいいでしょう?」


 僕らは消灯時間まで彼の他殺について話し合い、自殺にするためにどうしたらいいかを考えた。

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