第47話 義姉との再会

「これは…まさかお墓ですか?」


 あまりのスケールの大きさに僕がぶっ飛んでいると、


「そうよ、ここ200年の間に亡くなった代々の蚕様は棺に入ってる。それ以前の蚕様は火葬だったから骨だけだけどね」とさらっと言いながら、存在感がある黒鉄くろがねかんぬきを開け、扉を『キュキュキュ』と横にスライドさせて中に入っていった。


「どうぞ」


 僕らは同時に息を飲み、思わず手をぎゅっと繋いで入った。


 石の階段を5段くらい降りると踊り場になっていて、また引き戸が現れた。今度はぶ厚くて重い木戸をガラガラと開けるとヒヤッとした空気が満ちた半地下の玄室になっており、石の棺が20ほど綺麗に並んでいた。

 棚には意匠を凝らした骨壺のようなものがたくさん飾られている。美しい柄だしすごい数だ。100個はあるだろう。

 掃除が行き届いており、とてもよく管理がされている。

 よく見ると2つだけ真新しい棺があり、1つは閉じてあり1つは開けてあった。彼女はそれを撫でながら、


「この空きの棺に私が入るの。あと十年ほど先の予定だけどね」とあっさり他人事のように言ったので僕らは飛び上がった。


「わ、わかるんですか?」


「もちろんよ。ルリもわかってたけど、無理やり引き延ばしたって言ったでしょ。根性あるわね」と笑った。


 いや、全然笑えないんですが、と思いながらリアムを見ると顔色が悪い。やっぱり連れてこない方が良かったのかもしれない。ショックが強過ぎるようだ。


「リアム。大丈夫?」と聞くと、はっとして、


「あ、ああ。大丈夫だよ、ここの空気に飲まれちゃった」と慌てて言った。


 確かにここの空気は重くて濃い。何百年と積み重なった空気だ。


「さ、ここにその人形を入れて頂戴。ルリは私の母と一緒に入りたがってる」と言って、ズリズリともう一つの真新しい棺の蓋を空けた。


「そ、そうなんですか…」と答えつつも、リアムは顔がひきつる。


 大学でも勉強で見ているだろうが、遺体をこんな場所で見ることになるとは思っていなかっただろう。僕だってそうだ。


 見ると中には老齢で亡くなった女性が入っていた。特別な処理をしてるのだろうか、生前のままのように見える。


「グランマ…お義姉ねえちゃんと会えて良かったね。俺グランマに愛されて幸せだった…すごく感謝してる。ずっとずっと愛してるよ」


 リアムはルリの人形の頬にキスしてから、そっと遺体の横に寝かせた。

 その動作は愛と静謐せいひつに溢れており、僕の涙が床のたたきにぽつぽつと落ちてしみを作った。


「ルリ、約束は果たしたよ。お疲れ様、今度こそゆっくり義姉との時間を楽しんでね」


 僕らは手を合わせ、蓋を閉めた。完全に閉まる瞬間、玄室の空気がグワンと揺れた。シズを見ると、


「ここにいる蚕様たちが喜んでる。ありがとう、だって」と彼らの代弁をした。シズも喜んでいるように見える。すでにあちら側にいる人の風格だ。



 僕らは墓を出た。ちょうどいい感じにあった石の上に疲れている彼を座らせて、僕は墓の全体を眺めた。


(とにかくでかいな…)


 昔小学校の社会見学で奈良の石舞台古墳に行ったことがある。

 ナユと「でっけー石、すげー」と騒いでいたが、あれの比ではない。大きさも量も桁違いだ。これらをこの山の上に運ぶのは至難の業だったろう。僕の考えを読んだのか、シズが説明をしてくれた。


「そうね、ここの村の起源は室町時代にさかのぼるの。時の権力者が自分の身体の傷を癒すためにそういった術者をかき集めたらしいわ。その中から一番力が強いものをここに囲った。それが蚕様よ。よくできたシステムでね、村長の息子と蚕様は跡継ぎの女子を作るの。夫婦ではないのよ。子供が産まれると取り上げられて、村長の本妻の息子とまた子供を作り、子供が次の村長になる。その繰り返し。

 たまに訪れる高貴な身分の方の傷や病気を自分の命を削って治すのと、一人の娘を産むだけが私たちに与えられた仕事。そんなことを明治まではこの国が密かにおこなってた。でも戦争でめちゃくちゃになって、蚕様を守る武士の子孫である村人も減った。村長の息子もどさくさに紛れて逃げ出したわ。政府の中にも私たちを知っている人が減り、訪れる人も少なくなった。だから私達も長生きが出来るんでしょうね。昔の蚕様は40歳まで生きられればいいほうだった」


「ひ、酷い…」


 室町時代と言えば1336年あたりからだから、約680年もの間、蚕様の一族は自分の命と引き換えに日本の要人の治療させられてきたのだ。ひどい裏歴史にくらくらする。


「…」


 リアムは言葉も出ないようだ。一歩間違えたらルリもそんな環境で一生過ごさなければならなかったのだから。


 僕が調子の悪いリアムを座らせたまま、自分だけお墓をぐるりと回って観察していると、シズが隣にいて聞いた。


「ねえ、マナはこの力が嫌なんでしょ?だからここに聞きに来たのよね」


「…はい」


「方法は簡単よ。そこのルリのひ孫と肉体的にも精神的にも深い関係になればいい。

 この力は他人の為のものなの。自分には使えない。使うと酷い運命が待っているのはもうわかってるわよね?マナからルリの記憶をみたわ。彼女は力をお金儲けに使ったから罰として結婚してすぐに夫と子供を亡くした。

 シズと夫は深い身体の関係が出来上がる前に死別してしまったの。要するに処女性が保たれていた。蚕様もその理由で、心が移らないように回数は制限されていたようね。力が失われてしまうから。だから蚕様に懸想したルリの父は見せしめで村八分になり、真っ先に戦争に送られて死んだの。

 身体って皆が思ってるよりとても精神と繋がっていて大事なものなのよ。あなたが力をくしたいなら、リアムと離れられないくらいの心と身体の関係を作ることね」


「身体の関係…え、っと、…キスだけじゃ、だめ…ですよね?」


 シズが「バカね」と言わんばかりの呆れ顔で僕を見た。




 僕たちはその不思議な場所でもう1泊した。僕は帰るつもりだったが、リアムがどうしてもそうしたいと言ったのだ。

 ルリが100年前に産まれた場所、ここはもうすぐ無くなる予感がしたので、自分の目にしっかり焼き付けておきたかったのは僕も同じだった。

 舗装がされていない道路がひっそりとあって、メインの道につながっていた。わかりにくくしてあるようだ。

 僕らは一番若いという85歳の村人に車を止めた場所まで送ってもらい、車を回収してきた。さすがに不用心過ぎる。




「ここよ、ルリの家があった場所」


 シズの家でお昼ご飯を作って食べてから、ルリの生まれた家があった場所に案内してもらった。建物は跡形もない。柱の部分の束石つかいしだけが残っている。


「グランマの家…もうないんだね」


「そうね…」


 僕たちはなんとなくゆるく手を繋いでぼんやりその場所にいた。


 しばらくすると、ぐにゃりと空間がゆがんで、昔の映像らしきものが透けて見えた。ぼろぼろになった土壁の家は崩壊寸前だ。

 その前で独りぼっちで石で遊ぶ目鼻立ちが整った女の子がいる。ルリだ、面影がある。人が通り過ぎても誰も彼女に関心をもたない。まるでいないもののように皆が彼女を扱っているのがわかる。

 そこに綺麗な着物の女性が来ておやつを渡し、一緒に食べ始めた。ルリが破顔する。

 慕っていたという義姉だろう。ルリが全くの不幸というわけでもなかったようで僕はホッとした。しばらくすると家が崩れ、うわものは撤去され、現在の状態になった。

 空間のゆがみが消えて元の景色が目の前に広がる。ふと隣を見るとリアムが固まっている。


「…マナ、さっきの…」と呟いた。


「ん?どうしたの?」


「グランマの昔の家とか小さな女の子が見えた…ナニコレ…」


 彼は自分とつながれた僕の手を見てふいに振り払った。そして僕の傷ついた表情を見て、しまった、という顔をした。


 彼は怯えていた。

 というモンスターに。

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