第2章 第4話 デンジャラス・マジシャン・ガール その4
「ったく、なんのつもり、それ?」
その声は、すぐ目の前から聞こえてきた。
ゆっくりと目を開いた龍二の視界に映ったのは、彼が最も信頼する背中だ。
「あ、あの……あの!」
「言っとくけど、あんたがどうしたってこれを防ぐとか、無理だから」
そう言って笑ううてなは、片手で光の柱を押さえつけている。
その光りは言うまでもなく、ヒジリが発動させた魔術だ。
愚直な接近戦では敵わぬと悟ったヒジリは、正気をほぼ失っていた。
上空に飛翔し、残された魔力で全てを破壊してやるとばかりに、光の柱をいくつも生み出した。
血で作られた魔法陣を背に発動させた、彼女にとって秘中の秘である。
血染めの魔法陣を目にしたうてなは、すぐその危険性に気づき、被害が及ぶ範囲にも気づいた。その中に、龍二と深月が含まれている事にも。
龍二が深月の下へ駆けつけていくのを目にしたときは、呆れ半分感心半分という気持ちだったが、こうなるとその行動は僥倖だったと言わざるを得ない。
結果的にうてなは、厳しい選択を迫られずに済んだのだ。
二人を守るように立ちはだかるうてなの心は、平静を取り戻している。高揚にも似た熱はまだ燻っているが、それは先ほどまでの破壊的な衝動からくるものではない。
背後に守るべき者がいる。
それはどうしようもなく胸をくすぐる、心地良い感覚だった。
間に合ったという安堵と共に、守りきるという決意がうてなの全身を巡る。
打ち消す先から生まれ続ける光の柱は、衰える気配を見せない。それどころか、うてながそこにいると知ったヒジリは、光の柱をその一点に集結させた。
「――ちっ。こいつは、キツいな」
頬を伝う冷や汗を拭ったうてなは、一本に束ねられた光の柱を両手で受け止める。
夜空に散っていた光の発生源である魔法陣は今、全てヒジリの手元に集まり、一つとなっていた。
腕から直接放っているように見えるその魔術が、うてなの記憶を刺激する。
幼い頃、よく似た魔法を見たことがある。あれはもっと神聖な光で、感動すら覚えたものだった。
それ以外にも、ゲームや漫画といったフィクションで見かけることがあるものだ。
空想から生まれたものも、時として真に迫っているものだと、うてなは内心苦笑する。
それを受け止めているうてな自身もまた、フィクションじみているのだろうと自嘲してしまうのだ。
「消えろ……神無城うてな!」
注がれる魔力の量が増大し、受け止めているうてなの足元が僅かに陥没する。圧倒的な破壊力の余波に、アスファルトが耐えられない。
魔術を受け止めるグローブが、銀色の輝きを次々と散らせていく。
絶え間なく生み出される破壊の光に、魔力を含んだグローブの髪が消滅しているのだ。
その髪一本が持つ価値を正確に理解できるのは、この世界でうてなただ一人だ。
なにものにも代えがたい、奇跡に等しい魔力の塊。
それが目の前で、次々と散っていく。
同じ量の魔力を蓄積させるには、また数年がかりになってしまうな、とどこか他人事のようにうてなは思う。
うてなに阻まれた魔術の余波は、その周囲を塵へと変えていた。
周囲にあった瓦礫や商品棚が、幻のように光の中へと呑まれていく。
目の眩むような光の中で、まるで自分以外のなにもかもが消えていくような感覚だ。
「いつものこと、だけどさ」
誰にでもなく、うてなは呟く。
もう十年になる。
この世界で、自分はお客さんのようなものだと知ってから、十年。
まだ幼い子供だったうてなは、たったひとりで世界に放り出された。
断片的な知識と、直前の記憶。
そこから悟るまで、あまり時間はかからなかった。
自分は孤独になったのだと、どこか諦めるように理解したのだ。
その想いは、つい最近まで変わることはなかった。
深月たちの組織に保護され、生きるために協力しながらも、心の底から安らぐような時間は、僅かもなかった。
それでいいと、思っていた。
いつかは帰れるのだと、自分に言い聞かせて。
必要な魔力さえ用意することができれば、方法はあるのだから。
だったらあとは気負わず、世界を楽しもうと決めた。
幸いにも、うてなの好奇心を満たしてくれるものには事欠かない。
どれだけ時間があろうとも、味わい尽くせない娯楽が世界には満ちていた。
だったら孤独でも構わない。
不思議な話だが、そううてなが思えるようになったのは、数多ある娯楽のおかげだった。
フィクションの世界が教えてくれた。
なんてことはないのだ。
現実から目を背ける必要も、怖がることもない。
居場所なんてものは、生きてさえいれば自分で見つけられる。
どう生きるのかも、自分で決めればいい。
自分は自分だと言えるのなら、それでいい。
うてなは本気でそう思い、生きていた。
「だったんだけどなぁ」
自分のために生きるのなら、そう難しくはなかったのに、最近になって変わってしまった。
原因は、わかりきっている。
自分の生き方を見つけても、僅かな空虚は胸に残っていた。
その穴が、埋まっていくような感覚を、最近はよく覚える。
そしてそれは、今この瞬間にもある。
「う、うてな……」
不安げなその声に、うてなは少しだけ顔を向ける。
「もう忘れた? あんたを守るって、約束したでしょ?」
だから不安がる必要などないと、うてなは不敵に笑ってみせる。かつて憧れた、主人公のように。
「――――っ!」
龍二はなにか叫んだようだが、周囲を破壊する音がうるさすぎて、はっきりとは聞き取れなかった。
だが、なぜだろうか。
頑張れと言われた気がした。
信じていると、頼られていると。
たとえ思い込みや願望であろうとも、それがうてなの力になる。
空虚すら満たされたうてなに、もはや隙はない。
ヒジリの秘術を打ち消すたびに消費されていく魔力に、未練もない。
帰る日が遠のいていくが、不思議と悪い気はしないのだ。
それどころか、安い取引のようにすら思えてしまう。
背後にいる、初めて友人と呼べる二人を守れるのなら、なにを迷うことがあるのか。
地面を踏みしめる足に力を込める。
このままヒジリの魔力が尽きるのを待ってなどいられない。
一瞬しか確認できていないが、気絶している深月には早急な治療が必要に見えた。
そのためには、一刻も早く決着をつけなくてはならない。
「だから、終わりだよ」
ありったけの魔力を込めて地を蹴った。
地面が爆発するような衝撃を残すうてなの跳躍は、さながら光の柱を逆行して昇っていく弾丸。
半ば正気を失っていたヒジリは、反応する事などできなかった。
一秒とかからず光の柱を昇り切ったうてなが、その眼前に迫る。
鼻先まで近づいたうてなの姿に、ヒジリは叫ぶ。
うてなは意味をなさない声を血の魔法陣ごと打ち砕き、ヒジリの顔面を掴む。
最後の一片まで魔力を使い尽くしたヒジリに、重力から逃れるすべはない。
うてなに顔面を掴まれたまま、叫び声と共に落ちていく。
そして着地する直前、その身体を地面に叩きつけられる。
もはや防ぐ手立てもなにもなく、ヒジリは土煙の中に倒れ伏した。
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