第59話 仕返しに燃える冒険者

 もう直ぐ梅雨になるだけあって、さすがに暑くなってきたなぁ。

 夕方やからまだましやけど、昼間にダンジョン来るのはこれからの季節しんどそうやな。


「すみません。潜りたいんですけど」


 いつものようにウチ御用達のお兄さんに声を掛ける。

 平日ということもあって、随分と暇そうにしとった。


「あ、掛田さん。久しぶりだね」

「はい。ちょっと試験があったので」

「あー、定期試験か。懐かしいなぁ」


 そんな雑談をしながら冒険者カードを提示していつものように手続きを進める。


「それで今日は何か持ち込むんですか?」

「ええと、いつものゴマ油とこれです」


 リュックから日本人なら見慣れた四角い白のパックを取り出して台の上に置く。


「これってまさか……」

「はい。あれです」

「なるほど。持ち込んだ人は初めてじゃないけど、女子高生が持ち込むとは思わなかったよ」


 いや、タマネギもゴマ油も女子高生が持ち込むもんじゃないと思うんやけどな。

 このお兄さんもウチのせいで感覚がおかしなったんやろうか。


「それじゃあ、西口からどうぞ」

「ありがとうございます。行ってきます」


 パックをリュックになおして、お兄さんに挨拶を済ませてから西口へと進む。

 絵里ちゃんとの勝負のときに行けるようになったのに、全く行ってなかった第四層へと転送装置で移動する。


「ふう……」


 さっそくスマホでドローンの位置を調整する。

 しかし、なんか久しぶりの撮影やからか緊張してまうな。


「よし!」


 頬を叩いて気合を入れる。

 ……これ顔赤くなってへんやろうか。

 失敗したかもしれんと思いつつ、録画を開始する。


「どうもどうも! 掛田志保やで! いつも動画見てくれてありがとうな! それと、今回は動画の期間があいてごめんな。実は学校の試験やったねん」


 ちなみに試験の出来は結構よかったで。

 美優に教えるおかげで復習になるし、鈴木のおかげで日本史もできたからな。


「さてさて。ウチが動画投稿できてへん間になんや似たような動画が投稿されとるみたいやな。けど、今日は本家本元や。一発でオークの苦手なものを見抜いたるからな!」


 パックを取り出してカメラに向ける。


「これや! 日本人なら誰でも知っとる納豆や!」


 そう、これこそがウチの考えたアイテムやった。

 日本が誇る最強兵器……もとい、伝統料理の納豆や。

 臭い物と聞いたらこれしか浮かばんかったわ。


うちでは誰も食べへんから今日のためだけに買うて来たで!」


 それこそ、ついさっきスーパーで手に入れて来たばかりや。


「あ、ちなみに先に言っとくけど、オークには発酵食品とかの臭い匂いが効くねん。やから、チーズとか使った動画が出てもウチが見逃した分けちゃうからな!」


 家を出る前に魔王に言われた通り、他の動画への牽制をする。

 ほんま、こういうところは抜かりないわ。

 ……しかし、魔王に納豆見せたときは大変やったな。


 ―――――――


「魔王! 買うてきたで!」


 スーパーで三個セットのよくあるパック納豆を買って戻る。


「ほう。何を買って来たのだ?」

「ふふふ……」


 魔王の真似をして口元に手を当てて不敵に笑う。

 ……実はちょっとやってみたかったねんな。


「これや!」


 スーパーの袋から納豆を取り出して魔王に突き付ける。

 が、何が何だか分かっていないのかキョトンとしとる。


「これはこの国の文字で『納豆』と書いてあるな」

「せやで。日本の伝統料理や。まあ、掛田家では誰も食べへんから食卓に並ぶことはないけどな」

「ふむ……これが臭いのか?」

「まあ、嗅いで見たらええんとちゃうか?」


 興味津々という感じでパックを纏めとるビニールを剥がして、一番上のパック以外をウチに返してくる。

 そして、パックの蓋を開けて、無防備にも鼻の前に持って行く。


「ハガッ! オエッ!」


 勢い良く匂いを吸い込んだせいか、魔王が悶絶しながら納豆を手放す。


「な、何しとんねん! 床が納豆まみれやないか!」

「そんなことよりも、これは腐っている! お前は不良品を掴まされたのだ! 今すぐに店に文句を言ってくるのだ! ゴホッ!」


 そう言って、魔王は床に落ちた納豆を魔法で一瞬で消し去る。

 汚れたから掃除したというよりも、忌々しい物体を目の前から除去したいって感じの態度や。

 匂いもきれいさっぱり消えとる。


「ええか魔王」

「はぁ、はぁ、なんだ?」

「これは大豆を発酵させたもんや」

「これはもはや発酵ではないだろう」

「いいや、納豆はこれでええんや」

「……なんだと」


 めちゃくちゃ衝撃を受けたんか、目を見開いて固まってしもうた。


「おーい。生きとるかー」


 魔王の目の前で手を振ってみる。


「はっ! 危ない所であった。若い頃に勇者の剣で切られたときを思い出していた」

「どんだけやねん。命の危機と納豆が同じ衝撃なんか……」

「お前は本当にこれが食べ物の正しい姿だと言っているのか?」


 どうしても信じられへんのか、ウチが間違っとる可能性に賭け始めた。

 いや、間違うわけないやろ。


「なんならお母さんに聞いてみてや。ホンマに納豆はこういう食べ物やから」

「いやしかし、糸を引いていたぞ。あれは明らかに食してはいけない外見だ」

「そりゃ、普通の食べ物はそうかもしれんけど、納豆は大丈夫なんや。ウチもなんでかなんて知らんけど。むしろ健康にいいらしいで」


 説明を聞いて納得できないのか、魔王の脳が理解を拒んどるのか、黙ってウチの手の中にある残りの2パックを見つめとる。

 まあ、確かに我が家も納豆は好きじゃないから誰も食べへんし、ウチもあの匂いはキツイと思っとる。

 日本人でも好き嫌いが激しい食べ物やから魔王が衝撃を受けるんもしゃあない。


「……まあ、ここはお前を信じるとしよう」

「納豆ならオークも行けるやろ?」

「当たり前だ。この吾輩すら辛いのだ。オークどもに効かぬわけがない」


 異世界の勇者諸君。

 魔王の弱点は納豆みたいやで。

 手に入るかどうかは知らんけど。


「それにな魔王」

「なんだ?」

「日本にはもっと臭い『くさや』っていう魚の干物があるんや」

「はっ?」

「もっと言うなら、世界にはもっと臭い缶詰があるで」

「こ、この世界はやはりおかしい……」


 それだけ言うと、魔王は部屋の隅に座って、新しくゲットした寝ているオオサンショウウオ君を抱きしめて縮こまってしまう。

 ……なんか可愛くて、ちょっとムカつくわ。


 ―――――――


 結局、ダメージが大きすぎたのかダンジョンにはウチだけで来ることになった。

 あの状態でもウチが部屋を出る前には、さっきのチーズの助言をするんやから魔王の動画への熱は凄いよなぁ。


「ほな、さっそくオークを探していくで! この前まで散々にやられたからな! 今回はウチが倒したるから覚悟しとけよ!」


 ビシッと決めて一旦録画をカットする。

 ゴブリンのときのように手に持っていると近寄って来ないかもしれへんから、納豆パックは一旦リュックになおしてから、探索スタートや。

 確か、第四層では新しいモンスターは出えへんはずやから、第五層を目指しつつ、目的のオークを探そう。


「この時期はダンジョンの中の方が快適やな」


 ちょっと前まではこの暗くてひんやりとした環境が嫌やったけど、涼しくて気持ちええわ。

 もちろん、ウチがダンジョンにちょっと慣れて恐怖心がなくなったのもあるんやろうけど。


「お、スライム発見」


 今ではこんな感じに、見慣れたモンスターなら積極的に倒せるようになっとる。

 まあ、それもこれも魔王のおかげやな。

 穂先にゴマ油を塗った【金の槍】でスライムを倒しながらそんなことを考える。

 もしも魔王がウチに目を付けてなかったら、こんな冒険者生活にはならへんかったんやろうなぁ。

 ……その分、面倒事も増えたような気もするけど。

 あかんあかん、なんか魔王に感謝する流れになっとる。

 そもそも魔王も自分の楽しみのためにウチを利用しとるんやから、ウチも魔王を利用するくらいの気持ちでおらな。

 さて、そろそろ録画を再開せな。

 オークが突然現れて撮影できませんでしたじゃ、魔王に何言われるか分からん。


「今は第四層の真ん中を過ぎた位やで。この辺でウチのステータスを見せとくな」



 画面に向かってスマホを見せる。


 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:11/100

 必要経験値:1400(現在200)

 体力:115  ≪基礎5・レベル補正110≫ 

 攻撃力:408 ≪基礎3・レベル補正55・装備補正350≫

 防御力:48 ≪基礎5・レベル補正33・装備補正10≫

 魔防力:14 ≪基礎3・レベル補正11≫


【装備】

 金の槍:攻撃力350

 鉄の鎧:防御力10

 盾:装備不可

 …………………


 道中でスライムとかゴブリンを倒したから、レベル11に上がっとる。

 ダンジョンってゲームとかと違ってレベルアップの演出とかないから、レベルアップしても分からんのがちょっと不便や。


「オークがどんな感じになるか分からんから装備は金の槍で行くわ。けど、防御は相変わらずやから、前回の一撃救護室との違いを見せられると思うで!」


 そんなことをグダグダと言いながら奥へ奥へと歩く。


「グルルルル……」


 少しすると、もはや何度も聞いた憎たらしい唸り声が進行方向から聞こえてくる。


「どうやら前方にオークがいるみたいや。鳴き声が似とるけど、ゴブリンよりも声が低いから間違いない。ウチには分かる」


 前回はここでじわじわと近づいて行ったけど、今回は姿が見えるところまで一気に近づく。

 なんとそこにはオークが5匹もたむろしとった。


「グオアオアァ!」


 急に現れたウチに向かって一番近くのオークが威嚇するように叫ぶ。

 それに合わせて他のオークは手に持った棍棒を振り上げて近づいて来る。

 ふふふ……。

 そんなことしても今日のウチはビビらへんぞ。

 リュックから急いで納豆パックのパックと割り箸を取り出す。

 パックの蓋を開けて、辛子とたれを除けて、糸を引きながらビニールシートを剥がす。


「フグッ!?」


 その段階で近づいて来とったオークの動きが止まる。


「こいつを食らえ!」


 勢いよく割り箸で納豆をかき混ぜる。

 おお、いい感じに糸の粘りが出てきたな。

 それと同時に独特の匂いも立ち込めてきたわ。

 正直なところ、納豆が好きじゃないウチにも若干ダメージが……。


「グゥホッ! グギギ!」


 オークたちが苦しそうなうめき声を上げながら、なんとか悪臭から逃れようと両手で鼻を押さえる。

 そのせいで、棍棒を取り落としてしまう。

 更に、そのままうずくまって動かなくなる。


「あのオークが大人しくなったで!」


 早速オークのステータスを確認してみる。


 …………………

【ステータス】

 名称:オーク

 体力:300

 攻撃力:70

 防御力:70

 獲得経験値:200

 状態異常:硬直

 …………………


 おお!

 予想通りに、棍棒を落としたからオークの攻撃力が下がってるやん!

 しかも硬直のオマケ付きや!


「皆には見せられへんけど、オークのステータスが棍棒分下がっとるで! ほな、早速狩るわ!」


 フッフッフッ……。。

 よくもウチを散々にボコボコにしてくれたな。

 今日はウチがボコボコにする番や。


「せいやぁ!」


 オークが動いてへんから、前回とは違って、美咲さん風に豪快に槍を振り回す。

 体が持って行かれそうになりながらも、穂先で次々とオークを切り裂いて行く。

 もちろん、ウチの攻撃力ならオークは一撃やから、あっという間に光の粒子になって消え去る。

 ああ……快感……。

 

「みんな見たか!?」


 画面に向かって笑顔でVサインをする。

 なんか、この前のはしゃぐウチが人気やったらしく、これも魔王からの指示や。

 指示されて笑顔のVサインとか、なんかアイドルの闇みたいで嫌やな……。

 ウチは本心でやっとることにしよ。

 うん、そうしよ。

 

「ほんで、オークの棍棒攻撃に悩んでる冒険者は是非ともこうして戦ってみてな! ほな、次の動画も期待しててな! またな!」


 バッチリと動画の最後も締めて、無事に久しぶりの撮影を終える。

 ふぅ、なんとか終わったな。


 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:11/100

 必要経験値:1400(現在1200)

 体力:115  ≪基礎5・レベル補正110≫ 

 攻撃力:408 ≪基礎3・レベル補正55・装備補正350≫

 防御力:48 ≪基礎5・レベル補正33・装備補正10≫

 魔防力:14 ≪基礎3・レベル補正11≫


【装備】

 金の槍:攻撃力350

 鉄の鎧:防御力10

 盾:装備不可

 …………………


 ステータスを確認すると、しっかりとオーク5体分の1000経験値が手に入っとる。


「あと200でレベルアップできるし、第五層目指しつつ、もうちょっとオークを狩ってから出よかな」


 そんなことを思っていると、どことなく臭い匂いが漂ってくる。

 あれ?

 納豆ってこんな匂いやったか?


「ウゥゥ……」


 背後からなにやら呻き声が聞こえてくる。

 ま、まさか!


「ウ、ウソやろ」


 振り向くとそこにはゾンビの群れがこちらに向かとった。

 ヤ、ヤバい!

 今は赤ワイン持ってへん。

 ゾンビは倒せるけどあの人数を相手にするのは無理や。

 何よりも臭すぎる。


「に、逃げるが勝ちや!」


 回れ右をして駆け出そうとする……が、そっちにもいつの間にかゾンビの群れが押し寄せとった。


「な、な、なんでいっつもこーなんねーん! ふざけんなやぁ!」


 ウチの叫びも虚しく、ホラー映画のように、腐った死体の津波に飲み込まれてしまうのであった。

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