第22話 本日2度目のダンジョンに潜る冒険者

 初めて1日の間に2回もダンジョンに来たわ。

 しかし、しまったなぁ。

 ウチは交通系ICカードでお父さんの口座から引き落としにしてもらってるけど、魔王は切符がいるんやった。

 往復するたびにウチのお小遣いがドンドン減ってまう。


「どうした? やはり体調が悪いのか?」

「ちゃうわ。ただ、関西人にとってはセンシティブな問題が発生しただけや」


 ホンマにこの魔王はようわからん。

 人の感情に敏感なのか鈍感なのか。


「そういえば」

「なんだ」

「この前体操服を届けてくれたとき、めっちゃ早かったやん」

「うむ。その気になれば吾輩はかなりの速度で走ることができるぞ。お前が困っているようであったからな。ああ、安心しろ。不審がられないように学校の近くまでは姿を消していたからな」

「あ、うん。そうなんか」


 というか、姿を消せるんなら外に居る時は常に消しといてくれてもええんやけど。

 それにそんだけ早く走れるなら電車乗らんでもええやん。


「だが、あれは中々疲れる。その点電車はいいな。吾輩が何もせずとも目的地まで運んでくれる」


 ぐっ、先にウチが言いたいことを潰されてしまった。

 こう言われてしまっては、電車に乗るなとは言われへん。

 さすがに可哀想すぎる。


「はぁ……そうか……電車好きなんやな」

「良く分からないが、そうだな」

「ほな潜る手続きして来るわ」

「ふむ。行ってくるといい」 


 手続きをする列にならぶ。

 時間が夕方になったからか、昼間ほどの人は並んでない。

 直ぐにウチの番になる。


「あれ、またですか」

「あ、はい。手続きお願いします」


 昼間と同じ職員のお兄さんに当たる。

 ここまでくるとウチの専属みたいやな。


「何か持ち込むものはありますか?」

「これをお願いします」


 職員の前にもはや相棒と化したタマネギと新入部員のゴマ油の瓶を置く。


「これは……ゴマ油ですか?」

「ゴマ油です」

「タマネギだけじゃなくて?」

「ゴマ油もです」

「一応聞きますけど、他の食材は……」

「ないです」


 アカン。

 初めてタマネギを持って来た時と同じように混乱した顔をしとる。

 そりゃなぁ。

 ゴマ油を持ち込もうとした場合のマニュアルなんてないよなぁ。

 ホンマ毎度毎度ごめんやで。


「ダメですか?」

「ダメじゃないけど、まさか新しい動画を?」

「その辺は秘密ということで」

「わかりました。では冒険者カードをお願いします」


 冒険者カードを渡しつつも、できるだけ人が少ない場所か女性が多い場所にして欲しいと注文する。

 すると昼間と同じ西口を案内される。


「では、頑張ってください」

「ありがとうございます」


 お兄さんのエールを背に西口へと向かう。

 スマホでドローンを録画モードにセットして、いよいよスライム討伐動画の撮影を開始する。


「どうもどうも! ウチは掛田志保や! まずは前回のタマネギでゴブリンを倒す動画を見てくれた人には感謝するで! ありがとな!」


 ちゃんとお礼は言わんとな。

 ホンマにありがたいことやで。


「ほんで今回は攻略動画第2弾ということでやっていくで。倒すモンスターはゴブリンの次やから当然スライムやな。あ、スライム相手やけどヤバイシーンはバンバンカットして行くからそっちは期待せんとってや。ウチの肌は安売りせんからな!」


 お色気枠ではないことはちゃんと伝えておかなな。

 じゃないと、『期待してたのに裏切られた!』みたいな評判が立ったら嫌や。


「まずはウチのステータスを見せるで」


 ドローンにレベル2のステータスと鉄の剣を装備していることを映し出す。

 タマネギでゴブリンを倒す動画が無かったら、伊達や酔狂でやっとると思われるやろうなぁ。


「スライムの正確なステータスは公表できへんけど、まあこれじゃ倒されへんことは冒険者ファンなら誰でもわかるな。けど、ウチはこれで倒すで」


 ポケットからゴマ油の瓶を取り出して時代劇の印籠の如く突き付ける。

 ここまで来たら恥ずかしがらんと堂々としたるわ。


「このゴマ油を使ってスライムを倒すで。使い方は簡単や。こんな風に剣に塗るだけや」


 瓶の蓋を開けて剣の表面にかけて行く。

 テカテカの剣が出来上がる。


「これで準備はできたで。ほなスライムを見つけるところまでカットや」


 はあ。

 何とか序盤は乗り越えたわ。

 ホンマに倒せるんかどうかも分からんから、この序盤を撮るのが一番しんどいわ。

 もしアカンかったら、1人でアホなことを喚いてただけの没動画になるからな。

 兎にも角にも、あとはスライムを見つけて倒すだけや。


「こんなんでイケるんか? アカンかったら服が勿体ないだけやで……」


 そんな愚痴を言いながら少し歩いていると簡単に対象が見つかる。

 緑色のうねうねした見た目は間違いなくスライムや。

 ドローンを録画モードに変更して撮影を再開する。


「スライムがおったで。ほなこの剣で早速攻撃や!」


 スライムに絡まれる前に倒すべく、一気に距離を詰めて切りかかる。

 が、全く切れる気配がなかった。


「な、な、なんでや!」


 理解できへんままにスライムが襲い掛かって来る。


「ひぃぃ! ちょ、待てや! アカン!」


 振り払おうにも振り払うことができない。

 このままではお色気動画になってまう。


『どうだ。順調か?』


 そんなときに魔王の声が聞こえる。


「順調ちゃうわ! スライムに攻撃が通用せんから襲われとる!」

『なんだと? ふむ……』

「何とかしてや! あ、こら! 胸はアカンって! って、下もアカンわ! 魔王! 早よ何とかしてや!」


 このままじゃ下着姿を晒してしまう。

 もう、魔王は何をしてるんや。


『1つ聞くが剣が乾いてはいないだろうな?』

「え?」

『ゴマ油は戦う直前に塗るのだ。油でヌルヌルテカテカしている剣で切らねば意味はないぞ?』

「それを先に言わんかい!」


 序盤に油を塗ったせいで剣は既にテカテカするだけで乾いてもうてた。

 戻ったら覚えとれよ魔王……。

 すぐさまポケットからゴマ油を取り出して剣に塗る。

 スライムは弾力のある体で絡み付いてくるだけであり、ロープみたいにギチギチに拘束してくるわけやないからウチの力でも割と動けるのが救いやった。


「これでも食らえ!」


 怒りを込めて剣を振る。

 するとコンニャクを切るように簡単にスライムを切断できる。

 突然の反撃に驚いたのか、スライムはウチから離れて行く。

 

「よっしゃ! これならいけるな! 逃がさへんで!」


 さらに追撃を加えてスライムを切り刻んでやる。

 3回目の攻撃でスライムは光となって消え失せる。


「ふう。何とか倒したけど、これじゃ動画にできへん」


 服はボロボロになって、ブラ紐が見えとる。

 ズボンも穴が開いて太ももが露わになってる。

 何よりも魔王との会話が入ってるから編集が大変や。


『どうやらスライムを倒したようだな』

「酷い目におうたけどな!」

『それでスライムのステータスは見たのか?』

「あっ……」


 モンスターのステータスを動画に撮ることはできへんけど、何が起きたのか確認するためにもステータスは見るんやった。

 完全に忘れてたわ。


『その反応だと忘れたのだな』

「倒し方も分かったからもう1体倒してくるわ。どうせ服もボロボロやし」

『そうか。なら救護室ではなくて出口で着替えを持って待っていた方がいいか?』

「せやな。今回はウチも負けへんやろうし」

『なら健闘を祈る』


 全く、誰のせいでこんなことになったと思ってるんや。

 ともかく早よ終わらせて、明日学校から帰ってきたらスライム動画の撮り直しでもしよ。


「お、ラッキー」


 なんとスライムの方からこっちに来てくれた。

 ツイてへんことばっかりやったから神様が味方してくれたんやろうな。

 よしよし、このゴマ油ブレードで……。


「え? 嘘やろ?」


 ゴマ油を剣に掛けようとしたら中身が空っぽになっとる。

 全部使い切った記憶はないで。

 ……あっ。

 よく見ると瓶の底に穴が開いとる。


「まさかさっきの戦闘でスライムに開けられたんか!?」


 その間もスライムはニュルニュルとした動きで近づいて来る。


「ええと、ほなな! ……って、ふざけんなや!」


 逃げようと振り向くと背後にもスライムがおった。

 完全に前回と同様の挟み撃ちにされてる。


「話せばわかる。ちょっと待って。ホンマお願いやから! いやーーー!!」


 結局この日もウチは救護室に転移させられてしまう。

 踏んだり蹴ったりやわ……。


 ―――――――


「というわけで! スライムに苦戦してる冒険者はゴマ油を使うとええで! ほな、次の動画でまた会おうな!」


 ふう。

 何とか肌を見せることなく動画撮影を終える。

 今日は昨日みたいな失敗をしないためにも服も気合入れたものにしとる。

 自分で言うのもあれやけど、おかげでまあまあ動画映りはよかったんちゃうやろか。

 ただ、動画の出だしを2回もやったのはメンタル的にしんどいわ。

 俳優さんとか同じ演技をよくもまぁ何回もできるもんやで。


「スライムのステータスも確認したし、今日こそはダンジョンの出口から帰るか」


 ゴマ油の剣で攻撃した場合のスライムのステータスもバッチリとモンスターDBデータベースでチェック済みや。


 …………………

 名称:スライム

 体力:80

 攻撃力:1 ≪防御力無視・10秒毎の継続ダメージ≫

 防御力:0 ≪防御力無効≫

 獲得経験値:100

 特殊能力:打撃属性無効

 …………………


 そりゃスパスパ切れるわな。

 これならレベル1の鉄装備でも勝てるわ。


「まあ、悪いことばっかりでもないか」


 今度はステータスアプリの画面を表示する。


 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:3/100

 必要経験値:300(現在150)

 体力:35  ≪基礎5・レベル補正30≫ 

 攻撃力:38 ≪基礎3・レベル補正15・装備補正20≫

 防御力:34 ≪基礎5・レベル補正9・装備補正20≫

 魔防力:6 ≪基礎3・レベル補正3≫


【装備】

 鉄の剣:攻撃力20

 鉄の鎧:防御力10

 鉄の盾:防御力10

 …………………


 昨日と今日でスライムを2体倒したおかげで経験値が200も手に入ったわ。

 おかげでレベル3に成長できた。

 ほんま最近は順調すぎて怖いで。


「帰って動画編集せな。の前にシャワーやな」


 学校から帰って服だけ着替えて飛び出てきたから不快感がヤバいわ。

 この日はスライムの不意打ちに会うこともなく正規のルートでダンジョンから脱出する。

 出口で待っとった魔王が「まさか!?」という顔をしとったのがムカつくわ。

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