第21話 お色気回避の準備をする魔王
ガスバーガーから無事に帰還した吾輩は、やっと美優の監視から抜け出す。
なんとも恐ろしい時間であった。
彼女が勇者でなくてよかったと心の底から思ってしまう。
「いやー、美優をなんとかやり過ごせたな。あの子は勘が鋭いから焦ったわ」
ベッドに寝転んで志保が話し始める。
あれで何とかなったと思っているのは多分志保だけであろう。
おそらく美優は吾輩がただの親戚の男とは思ってはいまい。
『やり過ごせた』のではなく『見逃してもらった』という方が正確だろう。
「それで、着替えが必要だったということはスライムには遭遇できたのだな?」
「うん。バッチリや。というか、今日の第1層にはスライムしか居らんかったわ」
「ほう?」
吾輩のリサーチによれば、確かにスライムは第1層に出現するものの、その頻度は高くなく、基本的にはゴブリンばかりが出現するはずである。
実際、スライム動画は第3層以降を対象としているものが多い。
「なんや、ウチの動画でタマネギが流行ったみたいや。そのせいで、みんながタマネギ持ってゴブリンを狩るからスライムに直ぐ会えたわ」
志保の話から察するにダンジョン内にはモンスター同士の縄張りがあるのだろう。
ゴブリンの領域が狭くなったことでスライムが活発に行動しているというところか。
「やはり今のレベルと装備ではスライムには勝てなかったか」
「ホンマに酷い目にあったで。ステータスだけ手に入れて帰ろうと思ってたのに、知らん間に前後で挟まれとったからな。あいつら足音せんから分からんねん。切ろうとしても刃が通らんかったし」
「それで、やられたわけか」
「今思い出しても気色悪いわ。ヌルヌルのネチョネチョが絡みついてきて、服が溶けて行くんやで。アニメのサービスシーンみたいになってたわ。周りに偶然誰も居らんかったから良かったようなもんや」
ふむ。
絶対に再生数が稼げると思うのだが本人が嫌がっている以上はどうしようもない。
吾輩とてそんな動画で有名になっても嬉しくない。
「ともかくスライムのステータスを見せてもらおうか」
「ほい。これや」
モンスターDBを起動したスマホを見せてくれる。
…………………
名称:スライム
体力:80
攻撃力:1 ≪防御力無視・10秒毎の継続ダメージ≫
防御力:100
獲得経験値:100
特殊能力:打撃属性無効
…………………
志保の攻撃が通じなかったということから、予想通り防御力は100とかなり高かった。
この打撃属性無効というのはそのままで、打撃属性の槌の攻撃は受け付けないということだろう。
となれば、剣か槍で対抗する必要があるな。
継続ダメージも一見すると少なく見えるが、志保の体験を基にすれば、スライムは集団で襲ってくるようである。
そうなれば、体力の少ない初心者にとってバカにできない数字である。
「もう一度お前のステータスも見せてくれ」
「ほいほい」
…………………
氏名:掛田 志保
レベル:2/100
必要経験値:/200(現在150)
体力:25 ≪基礎5・レベル補正20≫
攻撃力:33 ≪基礎3・レベル補正10・装備補正20≫
防御力:31 ≪基礎5・レベル補正6・装備補正20≫
魔防力:5 ≪基礎3・レベル補正2≫
【装備】
鉄の剣:攻撃力20
鉄の鎧:防御力10
鉄の盾:防御力10
…………………
ふむ。
装備を除いた志保の攻撃力は13か。
仮に対策なしで純粋にスライムへダメージを与えようと思えば、装備で攻撃力88を稼ぐ必要がある。
レベルアップによる場合には、レベル補正の攻撃力が80を超えるのはレベル16であり、それも少々時間がかかる。
先のタマネギ動画で話題になっているうちに第2弾の動画を上げたいところである。
「攻撃力100を超える剣か槍は何がある?」
「ええと、確認するからちょっと待ってや……どっちも【銀】からしかないわ。銀の剣が攻撃力100で10万ポイント、銀の槍が攻撃力150で20万ポイントもいる。槌が使えるなら鋼の槌が5万ポイントなんやけどなぁ」
「うむ……どちらも高いな……」
昨日の時点で志保の保有ポイントは20万3895ポイントだったはずだ。
再生回数が多少は増えているだろうが、大きくは変わっていないだろう。
買えないことはないが、ここで散財する必要もないだろう。
しかし、この世界の冒険者は随分と厳しい設定をされているものだ。
「やはりここは鉄装備で行くしかないな」
【銀】とは言わずとも【鋼】を用意するという手もあるが、攻撃力が100に満たない【鋼】の装備では、どっちにしろ今の志保のステータスではスライムを倒すことはできない。
ならば【鉄】装備で攻略する方が面白みもあろう。
「やっぱりそれしかないやんな。まあ、普通じゃ倒せない武器やステータスでモンスターを倒す冒険者ってジャンルで生き残るわ」
「それがよかろう」
そしてそのための調査は済ませている。
アレを使った動画はやはり上がっていなかった。
「で、今回は何を使うんや?」
「ゴマ油だ」
「はい?」
「だからゴマ油だ」
「あの料理で使うと香りが出る、あのゴマ油か?」
「そのゴマ油だ。既に佳保殿に頼んで用意してもらっている」
スライムは世界ごとに特性が異なることが多いモンスターである。
この世界のスライムのように刃物で切れないタイプのスライムは、油を塗った剣で切るのが良いと言われている。
特にゴマ油が効果的だというのは冒険者の基本だったはずだが、やはりこの世界はそう言う部分が抜けているらしい。
「あれか。スライムを油で溶かすんか?」
「そこまでは知らん。吾輩はスライムと剣で戦ったことがないからな」
「そうなんか?」
「ああ。常にまとめて燃やし尽くしていた」
「え、えげつないことをするなぁ……」
忘れてもらっては困るが吾輩は魔王なのだ。
それぐらいは造作もない。
「ほなダンジョンにいつ行こうか」
「吾輩はいつでもいいぞ。ステータスを知ったことで準備は全て整った」
「ほんなら今からもう一度行くか?」
「大丈夫なのか? お前が疲れていないのならそれでも良いが」
時計を見ると、午後3時を少し過ぎた頃であった。
今からダンジョンに向かえば午後4時までには潜り始めることができる。
ただ、そうなると帰りは当然遅くなる。
志保は明日も学校だったはずだ。
「なんや魔王のくせに優しいんやな」
「配下の疲労を管理するのも大切な仕事だ。上に立つ者として当然であろう」
コンディションが悪いと思わぬ失敗をしてしまう。
それが全体へ影響を及ぼすこともあるのだから侮ってはいけない。
疲労の管理は魔王の吾輩に課せられた当然の義務なのである。
「この世界で会社経営したらええんとちゃうか?」
「今は興味がないな。で、大丈夫なのか?」
「思った以上に早くやられてもうたからな。それに美優とハンバーガー食べながらおしゃべりしたから元気になったし」
「そ、そうか……」
思い出しただけで吾輩が恐怖を感じている。
やはり佐竹美優は要注意人物だ。
「それに折角対策がわかったのに、来週の日曜日までお預けになったらウチが我慢できん。それこそ気分悪くなりそうや」
出会ったときはあれほどまでに冒険者をやることに抵抗を覚えていたというのに、今では潜りたくてしょうがないと来たか。
随分と変わったものだ。
人間の心など、吾輩が協力してちょっと自信を付けてやればこんなものである。
まあ、この方が吾輩とて楽しみ甲斐がある。
嫌がる志保をダンジョンに潜らせるなど、趣味ではないからな。
「ならば、もう一度ダンジョンに行くとしよう」
「あ、今回も念のために着替え係は頼むで」
「任せるがいい。全力で成し遂げて見せよう。だから佐竹美優を絶対に呼ぶんじゃないぞ」
魔王として初めて人間に懇願したのではないだろうか。
「う、うん。そのつもりはあらへんけど……」
よし。
これで懸念事項は無くなったな。
今回は上手くいきそうである。
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