第13話この世の【流れ】

タイヨウは体中に電気が流れたような気がした。


「それは・・もちろん戻りたい・・と思ってるよ」


思わず目が泳いでしまいツクモを真っ直ぐ見つめることができなかった。


「本当に?」


いどむような、こちらの心情を見透かすような目でツクモは尋ねる。


「・・・・・・」


何故「戻りたい!」とハッキリ伝えることができないのか、自分でも不思議に感じもどかしくなる。

喉元まで言葉が出かかっている。

でも言うことができない。

まるで胸に大きなしこりがあるような気持ち悪さを感じる。


「・・・・・・。人はみんなあなたみたいに順応性の高い生き物かしら?」


ゆっくりと一度瞬きをした後に、先程とは脈絡のない質問をするツクモ。

ただ、先程とはまた違った刃を突きつけられている気持ちになる。


「・・・・どういうことだ?」


『元の世界に戻りたいか』という質問とは違う角度で、でも本質へと確実に迫っている気がして、胸が騒ぐ。


「いきなり異世界に流され、過酷な環境に身を置いて狂わずにいられるかしら?ということよ。・・・・不安・恐怖・孤独・痛み・飢え・渇き・・・先の見通しが分からないということは、人に想像以上のストレスを与えるものよ。あなたはなぜ平然としていられるのかしら?」


母親が幼子に噛み砕いて説明するようにとつとつとツクモは言う。


「俺が変だって言いたいのか?俺だって十分困惑してるよ!」


タイヨウは思わず右手を大きく振り払う仕草をする。

異世界に流されてからこの家に来るまでの体験を思い出され、反射的に口調や動作が強く表れてしまう。


「右足に大きな傷を負って、2日間も飲まず食わずで孤独な生活。その上、村人を見つけても助けを乞うことはせず、身の安全を一番に考え行動する。まるでこの世界で生きることを覚悟しているみたい」


まるで自分のことをずっと見ていたかのような言い方に疑問を覚えるが、それよりも妙な言いがかりに怒りが湧く。


「違う!俺は怖がりだから慎重なだけだ!」


背中に嫌な汗をかき声を荒げる。

この世界で生きることに一生懸命だったのは確かなことだ。

しかし運が良かったことも間違いなく、決してこの世界で一生を終えたい気持ちはないと断言できた。


「ごめんなさい。責めてる訳じゃないの。でも本来のあなたはもっと直情的な性格じゃないかしら?」


「・・・!?・・・・・」


「実はあなたとは森の中でもあっているの。その時のあなたは自身の置かれた状況に困惑し苛ついて悪態をついていた。でもそれが人の本来のリアクションだと思うの」


タイヨウは森の中で不安になり焦り自暴自棄になり、右足を負傷した時のことを思い出していた。


「・・・・少しずつ俺が変になって来ているということか?自分でも知らない内に」


それは決して認めたくないことであり、考えただけでもゾッとすることだ。


「そうことじゃないわ。洗脳とかの話しじゃないの。ただ、この世界で生きていくことを覚悟しているように思えただけ。あなたのこれまでの努力を否定するつもりじゃないわ。・・・・そうね私はあたなを森で見かけて今再び出会っただけ。それだけであなたの全てを知っているかのような言い方は、軽率だったわね。ごめんなさい」


ツクモは伏し目がちに言うと頭を下げる。

その表情は人間と思わせるほどに誠実なものだった。


「いや、謝らなくていいよ。でも・・・つまりどういうことなんだ?歯に何か物が挟まったような言い方しなくていい。俺もさっきから何か思い出すべき記憶が思い出せなくて気持ち悪く感じていたんだ。ツクモは何か知ってるんじゃないのか?」


「・・・・・・何から話せばいいかしら」


少しの間眉間を軽く寄せ考える仕草をする。

その表情は一層険しくタイヨウは不安になる。

ツクモはこちらに質問してからというもの、何か深刻な問題を抱えているような表情をしているとことにタイヨウは思い至った。


「【流れ】には良いものと悪いものがあるの。大抵は大きな周期で【良い流れ】と【悪い流れ】の間を行ったり来たりするようにできてる」


「・・・・何の話」


脈絡なく話す内容についていけず太陽は怪訝な顔をする。


「全てよ。世界の法則と言われるものだもの。それこそ自然や動物、環境、人間にも当て嵌まるものよ」


「運みたいなもの」


「そうね。厳密に言うともっと漠然とした大きな力だけどね」


「それが俺とどう関係あるの?」


大きな力と言われれば自分と全く関係ないことのように感じる。

話が全く見えてこないことにただただ困惑するしかない。


「本来、流れは良いものと悪いものの間を行き来するんだけど、たまにそこから抜け出せなくなる流れが生じることがあるの・・・」


ツクモの声は流れの話を切り出した時と変わっていないはずだ。

それなのにどうして心臓の鼓動はどんどん早くなっていくのだろう?


「それは良い流れがずっと続くってこと?」


「そう。・・・逆に悪い流れが延々と続く場合もあるわ」


「・・・・そうなるとどうなるの?」


話に引き込まれ太陽はあぐらで土間に座った重心をを前方に傾ける。

聞き逃してはいけない気がした。


「悪い流れの場合は【死】に近づいていくわ。環境などの場合は【破壊】と呼べるわね」

「・・・死に近づく・・・・」


太陽はふと手に持っている干し肉が付いていた荒縄に縄に目がいった。

そこから目が離せなくなった。

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