第19話 神電池入門④

 「いよいよ星願寺で妖魂を倒した武器を見せよう」

 埜口が取り回しのよさげな玩具の銃を二丁持ってきた。懐かしいデザインだ。

 「それは確か贖罪戦隊ツグナイザーの……」

 「違いますよ。鬼面ライダー道真の雷鳴ブラスターです」

 なんでこいつのほうが詳しいんだ?


 「よく知ってるね幽香ちゃんは。では、もう一丁は?」

 「観音さまから賜った甘露スナイパーです」

 「ご名答、二丁合わせて神仏習合ベストマッチって奴だね」

 「合体させることで単銃で使用するときの3倍以上の破壊力を発揮するんですよ!」

 「神電池バトルの講義を続けてくれないか?」

 「わかってる。じゃあ土蔵へ行こうか」

 埜口は玩具のレーザー銃を腰のホルスターに収めた。

 「神電池の基本的な理解はできたと思うし、妖魂との模擬戦をやってみたい」


 俺たちは離れを出て洋間へ来た。応接室とは反対側に薄暗い廊下が伸びて、その先に土蔵に通じる入口があるという。

 途中、流し台があるタイル張りの部屋を見かけた。トイレでも浴室でもなさそうなので埜口に聞いてみると、フィルムを現像するための暗室だと答えた。

 「曾祖父ひいおじいさんは新しい物好きだったそうだからね」

 廊下の突き当りで重々しい錠前がかけられた扉に行く手を塞がれた。


 「驚かないでくれよ」

 錠前に鍵を差し込みながら埜口が心の準備の勧告をする。

 「実はこの中に妖魂がいる」

 「……ウ~ン」

 「開ける前から卒倒してんじゃねえ」

 仰向けに倒れかかる幽香の背中を足で押し戻す。

 錠をはずす音がして扉が開かれ、ひんやりした空気が木材の匂いとともに流れてくる。中の様子を見て、俺は低く呻いた。

 改めて倒れそうになる女の襟首をつかみ、しゃんと立たせる。

 土蔵は魔物の水族館だった。


 「これ……おまえが捕まえたのか?」

 枕サイズの巨大な金魚が何匹も宙を漂っていた。そのすべてが人の顔を持ついわゆる人面魚なのだ。

 人面といっても純粋に人に近しい顔の個体は皆無である。鬼神か般若のごとく角を生やす者あり、虎狼ころう野猪やちょのごとく牙を剥き出す者ありで、鬼面魚もしくは獣面魚と呼ぶべきか。

 軽く眩暈を覚える。明り取りの小さな窓から差し込む光を、異形の魚群がリボンのような尾鰭をひらひらさせて横切る様は悪夢そのものの光景だ。


 「誘い込んだというのが正しいかな。おかげで妖魂退治の格好の練習場になってるよ」

 人面金魚の一匹が俺たちを視認した。嫌な笑いを浮かべる。

 「こっちへ来そうだぞ。般若心経でも唱えりゃいいのか」

 「根室くんには、これを渡そう」

 「ん、これは……」

 「冤罪戦隊オレジャンナインダーの必殺武器・逆転スクリューバルカンです」

 「いちいち先回りして蘊蓄披露しなくてもいいんだよ」

 対象年齢4~6歳だったはずだが、テレビでは五人がかりで運用していただけあって、ずっしりボリュームのある大きさだ。

 俺は片手両手と持ちかえて狙いを定めるポーズを取ってみる。


 「君は僕より体格がいいから持て余すこともないだろう」

 「うん、片手でも扱えそうだな」

 さっそく三光さまの神電池をグリップの底の蓋から装填、一瞬でスクリューバルカンは短筒のごとき武骨なデザインへ変化した。

 「その黄色い線より前へ出て」

 扉から一メートルばかりの範囲を黄色いテープが囲っている。

 「テープが護符の役割を果たしている。内側にいては奴らは襲ってこない」

 「射程圏まで入ってくるのを待ってるわけか」

 「ああ、だから撃ち損じても黄色い線の中へ逃げれば安全だ」


 鼓動が高鳴る。安全が確保されていても自分は今から死闘を経験するのだ。

 規制線をまたぎ三歩進むと、すでに人の匂いを嗅ぎつけていた妖霊が大口を開けて迫ってきた。

 「気をつけろ。精気を食われたら数カ月は廃人同然、体内に侵入されたら星願寺で見た化物みたいになってしまうぞ!」

 瘴気を浴びた霊魂がおぞましく笑う。悪意と捕食欲にまみれた容貌かおだった。しかし遅い。金魚のような見た目のせいで速く泳ぐのは苦手なようだ。

 上体を反らすだけで回避できた。空を噛ませたところを撃つ。

 針状の光弾が発射されて妖霊の厚い腹を貫く。

 悪しき魂は花火のように光の破片となって蒸発した。


 「重光ちゃん危ない!」

 勝利の余韻に浸る暇もなく新たな妖霊が二匹つづけて襲ってきた。

 噛みつこうとした一匹をかわし、側面から迫る一匹を横に跳んでかわす。

 「もう戻ってきて!」

 言われずとも、これ以上の数が迫ってきたら即結界へ退避だ。連射モードへ切り替え、回避不可能な距離まで引きつけてから撃った。

 銃身が回転し、振動が腕を駆け巡る。

 光針ニードルの雨が迸り、二匹まとめて粉砕した。


 「あざやか!」

 埜口が手を叩いた。俺も一息ついて額の汗をぬぐう。

 「命名しよう――君の武器は仏敵調伏ハンドガトリング・菩提銃ぼだいじゅうだ!」

 菩提銃か、悪くはないな。

 「祓へ給へ清め給へ」

 祓詞で穢れを落としてから規制線の内部へ戻って合掌した。

 「南無……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る