第140話 エピローグ
「ローガン医師! ローガン医師!」
ユグドラシル領には大陸全土から優秀な治癒士たちが医者となるべく集まっていた。そのほとんどが目指す建物がある。その屋上で昼寝をしていた男のもとに事務員がかけよっていたところだった。
「ローガン医師! 探しましたよ! 急患の依頼です」
「……状況は?」
ここには医学というものをこの世界にもたらした伝説の医者が作ったと言われる「病院」が存在した。医学が普及するまでは回復魔法による自己治癒力の上昇のみが人々を救う唯一の方法だったのである。
「こちらに報告書が」
「ええと……急性大動脈解離? 本気で言っているのか?」
「ええ、凄腕の黒魔術師さんが
「
そのユグドラシル病院の中でも伝説の医者から直接医学をたたき込まれ、大陸全土の医者の育成を担う医者がいた。彼の名はローガン。まだ若いと言われる彼だったが、医学を学びだしたのは他の誰よりも早く、十歳のころにはすでにかの伝説の医者に弟子入りしていたというベテランであり、その伝説の医者を覗いて唯一「白衣」を着ることを許されている存在だった。
「ええと、診眼担当者の名前は……」
「診眼認定も受けていないやつの診断なんてあてにならない事も多いからな。本当に大動脈解離だったら緊急手術が必要だし、それに魔法工学士はヴェールさんに声かけないといけないぞ。普通のやつじゃあ対処できないだろう」
「ええと、……あ、認定士ではないようですね」
「ほら見ろ。来てから手術の準備をする方針にするか」
「ええと、……あ、この方ですね」
事務員が出した書類のサインを見て、一瞬ローガンの顔が凍り付いた。すぐに叫び出す。
「馬鹿野郎! 先に言え!
様々な素材から魔力を含めた治療に使える成分を抽出する魔法薬学とそれを駆使する魔法薬剤師、人体の生命活動を一時的に補助する医療魔道具とそれを使用する臨床魔道具師、そしてかつては「呪い」とまで言われていたさまざまな「病気」を診断する診眼鑑定学を施行する診眼鑑定師、「病気」と戦う患者たちを看護する看護師。それらは一人の医者によってこの世界に普及され、医学と呼ばれた。
そしてそれらの学問を駆使し、さらには回復魔法や薬だけでは治すことのできない「病気」を治してしまう魔法外科学の医師。ローガンはその第一人者として世界に認識されている。
「え? そんな信頼できる方なんですか?」
「自分が働いているところの創設者の名前くらい覚えとけ!」
「え!? じゃあ、あの!?」
ローガンが走るところなどあまり見たことはないという人が病院には多い。古参の魔法薬剤師長ベルホルト=ロハスなどは「あれはくそガキだ」などと言うが、ほとんどの職員からすれば彼は憧れそのものだった。
そのローガン医師が興奮した顔つきで手術準備室へと走って行く。
「ああ、そうか。もう三年以上帰ってきてないものねえ」
臨床魔道具師長のヴェールがつぶやいた。いつまで経っても年をとらないと噂される魔道具師長はローガンの様子を見ただけで誰が帰ってくるかが分かったようだった。もちろん、彼女自身もうれしくなっている。
十年以上前にあの大変な手術を成功されたあと、その男はこのユグドラシルの町に医者を養成する学校を作り上げたと思ったら、ふらっとどこかへと旅に出てしまった。しれっとついて行こうとしたヴェールを周囲の人間が総出で止め、その筆頭だったのがローガンであったのを未だにヴェールは根に持っている。もちろん、もう一人のハーフエルフの魔法使いはその彼について行った。
「おい、くそガキがはしゃいでる。今日の世界樹の雫を取りに行くやつは多めに取ってこいと伝えておけ」
魔法薬剤師長ベルホルト=ロハスは部下にそう命じて製薬室へと戻っていった。病院中でローガン医師のはしゃぎようが噂になっていた。
ベルホルトの親友とも言うべき男は急性大動脈解離の手術が終わると驚異的な回復力を見せた。その一翼を担ったのはベルホルトの
ちなみにその手術で九死に一生を拾った男はいまだに大陸最高の冒険者として「勇者」を名乗り、十年以上たった今でも活動を続けている。
ローガンが走っていく先は手術準備室である。常日頃より緊急手術が可能であるユグドラシルホスピタルの中核といっても良い部屋であるとともに、普段からの待機手術においても忙しく動き回る職員たちがいるところである。
すでに現役を引退して後進の育成に力を注いでいるサーシャが、ローガンのあわってっぷりを注意していた。ローガンにこのように注意できる人間というのはユグドラシルホスピタルにも少ないが、サーシャはその中の一人である。
「
そのローガンの後ろから声がかかった。すでにローガンより先に手術準備室の中にいたのだろう。懐かしいその声にローガンの心が踊る。いつまでたっても彼らの前では見習いの少年に戻ってしまうのが逆にうれしかった。よく見るとノイマンやミリヤまでもがそこに集合していた。自分が昼寝をしている間に昔話でもしていたのだろうかとローガンは思う。
「レ、レナさ……」
「フォンはきちんと仕事してる? あの子、意外と抜けてるところあるから心配なのよね」
「え、ええ。もちろん診眼認定士のトップとして……」
「ローガン」
その後ろの男がローガンへと声をかけた。いつも聞いてたあの優しい声のままだった。
「せ、先生……」
「感動の再会は後だ。前に立ってやるから、……手術、できるな?」
「はいっ!」
大陸の東部に位置するユグドラシル領。そこには大陸全土から優秀な治癒士たちが医者となるべく集まっていた。そのほとんどが目指す建物がある。名を「ユグドラシルホスピタル」といい、そこでは魔法薬学とそれを駆使する魔法薬剤師、医療魔道具とそれを使用する臨床魔道具師、診眼鑑定学を施行する診眼鑑定師、患者たちを看護する看護師、そしてそれらの学問を駆使し、さらには回復魔法や薬だけでは治すことのできない「病気」を治してしまう魔法外科学の医師たちがいた。
それらは一人の医者から始まったと言われている。そして彼はユグドラシル領に病院を設立した後は、いまでは大陸全土で使用可能となった抗生剤の栽培方法を広め、一人でも多くの「呪い」ではなく「病気」にかかった患者の命を救うことを使命とし旅を続けていた。
「僕はシュージ=ミヤギ、医者だ」
常に白い衣を着ていたとされる彼は、訪れる土地でそう名乗ったという。
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ごきげんよう、紬です。
お待たせいたしましたが、「異世界に転移した僕は魔法で手術を行う病院を建てるんです。」の最終回となります。
かなり時間がかかってしまいましたが、なんとか最後まで書ききることができました。
資料集めなどに非常に時間がかかったこの作品、それだけではなく作者の環境の変化などもかなりあったために数年かけての投稿になりました。大変だったー。
途中、なんども挫折しそうになりながらも論文を読んだのが嘘のようなひどい仕上がり(苦笑)になってしまっておりますが、架空の物語ということもあり、現実の医療との整合性は保証できませんのであしからず。だって、見たことないのを想像で書いてますんで。
それではまたどこかで。紬でした。
異世界に転移した僕は魔法で手術を行う病院を建てるんです。 本田紬 @tsumugi-honda
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