第134話 急性大動脈解離12

 うっすらと、朝日が森の中にさしてくるのが分かる。それ以外に竜人ドラゴニュートの放ったブレスが木々を焼き、そのパチパチという音を伴った光がレグスとヴェールを照らしていた。


土壁ストーンウォール!!」


 ヴェールがコクへと声をかけようとする前に、竜人ドラゴニュートからまたしても黒炎が飛ぶ。それをレグスが土の魔法で作った壁ではじいた。剣で払わなかったのは、高温で火傷を負うとベルホルトがおらず回復がかからないのと、ヴェールがまったく動けていない状況であったためである。


「ぼうっとするな!」

「……ええ、ごめんなさいね」


 そう答えたものの、ヴェールの反応は鈍い。あのコクが自分を殺そうとするという事を、頭では分かっていたはずだが心のどこかではそんな事はないと思っていたのだ。しかし、あの黒炎は確実に自分に向けられたものだった。


「逃げるか? 戦うか?」

「……そうね。逃げるなんて、もっての他だわ」


 自ら作り上げた土の壁に体を預けたレグスが叫んだ。その言葉を聞いて、ヴェールは逃げるという選択肢を反射的に拒んだ。


速度上昇スピードアップ!」


 それに、いままで悩んできた自分に対して話し合うこともせずに黒炎を吐いたコクに対しての怒りが時間差的に湧き上がっていた。確かに彼らを裏切ったのは事実だが、その前にヴェールを拘束して作戦に参加させなかったのも彼らである。

 半分は逆恨みのような気もするがヴェールの思考はまとまってきた。少なくとも、今の竜人ドラゴニュートはコクで間違いないし、コクは話を聞くような状態ではない。


「当代随一の冒険者である勇者様がいれば、あんなやつぶっ飛ばして説教することも可能よね!?」

「待て、今まで倒すこともできなかった相手なんだぞ!」

「さあ、反撃よ!」

「話を聞け! なんなんだ、この領地の女たちは!」


 誰かと一緒にされたな、と思ったヴェールだったが、ふとレナが着いてきている可能性に思い当たる。少なくともレグスはここに自分が来ていることをレナに聞いたと言っていた。まあ、あれと一緒にされるのは甚だ心外だと思いつつ、さらにはレグス自身も話を聞かないタイプではなかったのではないかと思うも、ヴェールはレグスに聞く。


「レナは?」

「ああ、森の入り口で俺が先行した。後から来るだろう」

「じゃあ、すぐに追いつくわね」


 今までの情報と、今の状況を考えてヴェールは判断をする。少なくともレグスの近くを離れるべきではない。あの黒炎は自分だけでは対処できないだろうと思う。


「いつまでもこの壁の後ろにいるわけにもいかないわ。それにレナとベルホルト……あいつも来てるわよね? 二人にはあの黒炎をなんとかする手段がないじゃない」

「ああ、その通りだがどうするんだ?」

「まずは飛べないようにする。次に冷やしてしまうのよ」

「冷やす?」

「前にシュージ先生が言ってたわ。多分、竜族は低温に弱いって。多分だけど、たしかにトカゲの魔物は氷に弱いやつが多いわ」

「あれはトカゲではないが」

「空飛ぶトカゲよ」


 レグスとヴェールは土壁ストーンウォールでできた壁を飛び出し、右側へと走った。まずは竜人ドラゴニュートの飛行能力をどうにかしなければ、氷の魔法は当たらないだろう。後方の木々に黒炎が当たり燃え上がる音がするが、後ろはレグスに任せて走る。

 その間に竜人ドラゴニュートは空中を旋回しつつ、こちらに向けて何度か黒炎を吐いた。常に同じ位置には滞空せずに、魔法を撃っても当たらないように旋回を続けている。


「どうするんだ!? あれを引きずり下ろすのは難しいぞ!」

「大丈夫! それをするのは私じゃないわ!」


 いつでも氷柱アイシクルを全力で撃てるように準備しつつ、ヴェールはその時を待つ。逃げる方向は一方向ではなく、ジグザグに、曲がりくねるように逃げ続ける。たまに当たりそうになる黒炎はレグスが剣や魔法ではじいた。


雷撃サンダーボルト!」


 その時、竜人ドラゴニュートの後方から雷撃サンダーボルトが光った。それは言うまでもなくレナが放ったものであり、まったく認識していなかった方角から撃たれた竜人ドラゴニュートは背にそれを受けたことで全身が硬直した。墜落していく竜人ドラゴニュートを確認し、ヴェールは振り向いて全力で魔法を放つ。完全に計算通りだという顔で叫ぶ。


氷柱アイシクル!」


 周囲もろとも、数メートルの大きな氷塊ができあがるほどの氷柱アイシクルの魔法は確実に竜人ドラゴニュートの動きを拘束した。ヴェールの魔力をつぎ込んだそれは、他の魔法使いの使うものよりも数倍の威力を発揮する。


「よしっ、今だ!」

「待って、油断しちゃだめ!」


 動けなくなった竜人ドラゴニュートへと斬りかかろうとするレグスを制する。嫌な予感がしたというのは間違いなかった。実際に思った通りに事は運んだが、氷塊の中の竜人ドラゴニュートは赤く光っているように見える。

 氷の中で、口が開いた。


「避けて!」


 ヴェールはレグスを倒すかたちで倒れ込んだ。黒炎がさっきまでいた所を通り過ぎ、かなりの熱風が二人の髪を焦がす。

 バキンと氷が砕ける音がし、中から竜人ドラゴニュートが飛び出した。


「グオォォォォォ!!」


 竜人ドラゴニュートはヴェールに向かって襲いかかると、爪を振り上げた。


「させるか!」


 レグスはその腕に向かって剣を下から振り上げる。しかし、その剣は竜人ドラゴニュートの爪で防がれた。代わりにヴェールへの攻撃も止まる。


「グオォォォォォ!!」


 だが、竜人ドラゴニュートは勇者の剣とレグスの腕をつかみ上げると、レグスの腕に噛みついた。痛みで剣を取り落とすレグスをつかんだまま、上空へと飛び上がる。


「死ネ」


 急降下すると、レグスを地面にたたきつけ、そのまま自身の体重を乗せてレグスの胸部に膝を突き刺した。


「ぐはっ!」

「レグスッ!!」

氷柱アイシクル!」


 鎧が砕け、レグスに覆い被さるようになった竜人ドラゴニュートの顔面に、ヴェールの放った氷柱アイシクルが激突した。たまらず避けようとした隙にレナが魔法を放つ。


雷撃サンダーボルト!!」


 雷撃を受けて吹き飛んだ竜人ドラゴニュートは、さきほど破った氷塊の所で止まった。


「レグスッ! レグスッ! くそっ、回復ヒール!」

「撤退するわよ! ヴェール! こっち!」


 一瞬だけ迷ったヴェールであったが、すぐにレナたちのもとへとかけよる。


「オリバー、……ごめんなさい」


 レグスが取り落とした勇者の剣を拾い、レナの手を取ると転移テレポートでユグドラシルの町へと帰った。

 



 ***




「これは……」


 森の中が燃えていた。僕はおそらく間に合うことができず、レナやヴェールたちと竜人ドラゴニュートの戦いがあったのだろう。竜人ドラゴニュートの黒炎で焼き払われたのか、木々は一瞬で燃えてしまって周囲は大きく開けた状態になっていた。川の近くということもあって、これ以上の延焼はなさそうなのが幸いなだけの状態である。

 戦っているような音は聞こえない。もう戦闘は終了したのだろうか。僕は嫌な想像をしつつも、燃え上がった中心地に向かって行く。消し炭になった木を踏むと、バキンと音をたてて崩れた。


「レナ!? ヴェール!? ベルホルト!?」


 誰かが残っているのならば、と声をかけるが期待した反応は全くない。もしや、やられてしまったのかと、またも嫌な想像がめぐる。

 すでに朝日は昇ってしまっている。ある程度遠くにいたとしても何か動きがあれば分かるはずだった。


「誰も、いないのか」


 すでにやられてしまったのならば死体が残るはずである。木が残っているということは、形だけでもあるはずだが、それすら見当たらなかった。ならばやられておらず、撤退したかもしれない。レナの転移テレポートならばと自分に言い聞かせる。


 その時、ゴトリと後方から音がした。ずいぶんと向こうの方に、黒色の何かが動いたように見える。


「な、なんだ?」


 地面にうずくまっていたような格好のソレは、ゆっくりと起き上がり、こちらを向いた。


「人間カ……」

竜人ドラゴニュート……」


 ここにこいつがいるということは、レナたちはやられたか撤退したに違いない。まだそれが確定していない状況で逃げるというのはしたくはなかった。ここで僕が逃げたことでレナを救えなかったなんて事態だけはごめんである。


「言葉を、話せるんだね? 聞きたいことがあるんだけど」

「貴様ニ、……興味ハナイ」

「君にはなくても、僕にはあるんだよ」


 よく見ると竜人ドラゴニュートはボロボロである。翼はただれたようになっており、とてもではないが飛べるようには見えなかった。そして周囲は燃え上がっていたというのに、竜人ドラゴニュートの周囲は何故か地面が濡れている。

 フラフラとしながらも竜人ドラゴニュートは立ち去ろうとしたが、その足取りはおぼつかなかった。


「ここで冒険者たちと戦ったんでしょ? 彼らはどうなったのかな?」

「貴様、奴ラの仲間カ?」

「……ああ、そうだよ。一人は違うけど、二人は友人だし、もう一人はとても大事な人なんだ」

「セイ……ガ、大事ナ人か?」

「……ヴェール、君のいうセイは僕の友達だよ」


 竜人ドラゴニュートは、コクの使役する魔物ではなかったのか。しかも、この竜人ドラゴニュートはセイと言った。それはつまり、セイの事を知っているということだし、なにより使役されている魔物には到底見えない。僕はいろいろと事態が腑に落ちた気がした。


「君は、……コクだね? ここにはセイを追ってきたのかい?」


 息も絶え絶えなコクは地面に膝を着いた。若干見えた背中にはかなりのダメージを負っているようだった。あの傷跡は、雷撃サンダーボルトによってできたものだろう。これだけのダメージを負っている上にレナたちがここにいないというのは、転移テレポートで撤退したに違いない。ベルホルトがいれば死人はでないだろうが、心配ではあった。



「殺セ」


 コクは僕の目を見てそう言った。

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