第133話 急性大動脈解離11
状況を整理しようと思う。
僕はレナには追いつけると思ったけど、ヴェールにはどうだろうかと思案する。そもそもアレンの話ではヴェールは一人で出て行こうとしたという事だった。詳しい話は聞いていないからその理由というのは分からないし、多分だけど聞いても分からないだろう。
それならば予想するしかないのだけども、昨日の話では
だから、ヴェールの行動から考えるとベルホルトの言った
ヴェールはその
深夜のあまり月明かりの明るくない夜である。ランタンや魔法で歩いたとしても速度はでないだろう。門番にばれないように出るためには馬も使えないに違いない。
何かを探しながら歩くのと、追いかけるのでは速度が違う。ましてやヴェールやレナは女性であり、僕よりは走るのが遅いはずだった。そもそも僕は走るつもりで、彼女たちは歩いているかもしれない。
「さあて、行きますか」
西門の門番でレナたちが通った事を確認すると僕は走り出した。
***
「やっと見つけたわ。あんたたちのおかげね」
「ああ、手遅れになる前で良かった。最悪の状況が回避できそうだし、俺からも礼がいいたいくらいだ」
「本当に周りの迷惑を考えろと言いたいところだが、俺たちが言える立場ではないな」
西の森の入り口付近でレナたちには前を歩くヴェールのランタンの明かりが見えた。もうすぐ日の出であり、そろそろ明かりをつけなくてもなんとか歩く事ができるようになっていたところだった。ヴェールが使う明かりがなければ、目印なく森の中を探さなければならなくなるところだった。
「しかし、本当にやつの目的はヴェールだったんだな」
「ベルホルトの言う通りだったな」
「そんな事はどうでもいいのよ。問題はあの子が一人で解決しようとしているって事に対して文句を言ってやらないと気が済まないわ。7割増しで」
やけに機嫌の悪いレナがつぶやく。ヴェールは相当長い年月を生きているというのを知らされているベルホルトからすると「あの子」という表現はどうなのだろうかとも思うが、なんとなくレナがそう言うのを否定する気にもならなかった。
「仲間、というやつだな。信頼をしろと伝えたいと」
「いえ、そんなんじゃないわ。私の至福の時間を奪ったというのが主な理由」
「至福とは?」
「あんたたちに言うつもりはないわ」
これもなんとなくではあるが、詳細は聞かないほうが身のためだとベルホルトは思った。レグスは空気を読まずにそこを追求しようとしたりする。やり過ぎる前に止める役、と自分に言い聞かせる。
「それよりも森に入っていくぞ。ここから大声を上げて逃げられてもまずいから、急いで追いつくことにしよう」
まだ森までは距離がある。レグスを先頭にして
「ベルホルト、やつは出てくると思うか?」
「夜間に行動するという事を今までやってこなかっただろう。魔物には夜間だろうが活動するやつは多いが、まるで人間のような活動時間だ」
「まるで人間……ね」
ふと、ある可能性がレナの頭に浮かぶがあまりにも荒唐無稽でもあるために即座に否定する。それでもどこかでそんな話を聞いたことがあるような気がしていた。
「できるだけ音を立てずに走ろう。やつに気づかれるのも嫌だからな」
「それより、レグスが先行するというのはどうだ? 俺とレナは後方を塞ぐ形で追いかける」
「それ、いいな。じゃあ、行ってくる」
そう言うとレグスは駆けだした。身体能力はおそらく大陸一である。あっと言う間に森の中に消えて行った。
「さあ、俺たちも行こう。速度を上げるぞ」
「あんたたちみたいな化け物と一緒にしないでよ。足も痛いしこれ以上は無理よ」
「俺もあんな速さは無理だ……。
「……ええ」
「どうした?」
「あんた、
「……まあな、シュージを見ているとそんな事は言えなくなる」
すっと目をそらしてベルホルトは言った。レナはそれを見てニヤリとする。
「ふぅん?」
「さっきまでずいぶんと機嫌が悪かったくせに旦那が褒められると機嫌が治るんだな」
「だ、誰が旦那よ!」
レナが叫ぼうとすると同時に、森の中で何かが光った。
「やつだ!」
ベルホルトにはそれが
***
この森に彼がいる。ヴェールはそう思うと、やるせなくなった。
自分だけ、前を向いて生きていくことに対する罪悪感があるのは間違いなかった。しかし、彼らに復讐をやめさせるという勇気もなく、できなかった。
「逃げていたのね。そう、私は逃げていたのよ」
ユグドラシルの町に来てからシュージの診療所を手伝い、人の助けをする事が多くなった。直接治したわけじゃないのに、感謝の言葉を述べられることも。サーシャやマインと共に住み、かつての幸せだった頃の自分の生活を思い出すことも多かった。だからこそ、自分のしてきた事が許されるものではないというのを実感してしまった。
本当ならばすぐにでも彼らのところに行って説得をするのが自分の役割だったはずだった。しかし、自分の弱さのためにできなかった。
「追いついたっ!」
そんな時に急に後方から声が聞こえた。影が自分の頭上を飛び越え、進行方向へと着地する。
「あ、あなた……」
「止めに来た。というよりも、止めるのを手伝ったと言った方が正確かな」
「なんで、ここに? アレンに聞いたのかしら?」
「アレン? いや、俺が一緒に来たのはレナだよ。あと、ベルホルトも一緒だ。後ろの方にいる」
勇者という肩書は伊達ではないらしい。この暗闇で自分の事を追ってきたのだ。あの時にアレンがまだ意識があったとして、レナに伝えて勇者たちとここに来るまでにはかなりの時間がかかるはずである。ヴェール自身が南門のところで時間がかかったのはあっても、暗闇の中を走らなければ追いつけないだろう。目の前の人物はそれをやってのけたのだ。
「さあ、帰ろう。君一人で解決することを皆は望んでいない。それに、なにかあれば悲しむ人たちがいる」
先ほど、自分自身で考えたことだった。しかし、他人に言われると反発してしまう。
「そんな人、いないわ」
「いるから、俺がここに来ているんだ」
「それに、これは私の義務なのよ。彼らを説得して、これ以上の復讐を止めさせるのが……。もう、逃げないと決めたのよ」
「君は……」
レグスが何かを言おうとした。ヴェールにはそれも分からないままに、何かが光り、急にレグスに抱えられて後ろへと飛ぶことになる。黒色がかった光の塊が、さっきまで自分たちがいた地面に当たってはじけた。周囲の樹々が燃え始める。
「
「……見ツケタ」
光に照らされたそこには黒色の翼の生えた人型の魔物がいた。
「オリバー……あなた、なのね?」
それは人間ではなかった。しかし、かつてコクと名乗った男に間違いなかった。
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