第100話 消化管穿孔1
白い男とリッチの最期というのは壮絶だったという。
自暴自棄にでもなったかというくらい無策に魔物たちは王都へと攻めてきたらしい。
当初、竜の作り出す風によって思うように魔職遮断水の含まれた霧が作れなかった王都軍であったが、王都にも冒険者たちは存在し、そこにいたSランクパーティーが竜を討伐し始めてからは瓦解が始まった。
狂乱状態に陥る獣や竜たちと、まったく動きを失ってしまったかのようなアンデッドたちに対して反撃にかかる王都軍に対して、リッチだけは戦意を失わずに先頭に立ったらしい。多くの兵士たちがリッチの魔法で倒されたという。
次々と風を操る竜に狙いを定めて討伐していた王都のSランクパーティーも、リッチが出てきたことで勢いをなくした。さすがに
ユグドラシル領軍が作り出す霧があたりを覆い尽くす前に、例の白と赤の男たちが魔法を行使する。その魔法は暴風雨を生み出すもので、それによって支配を取り戻した魔物たちと王都軍たちは乱戦になった。その白と赤の男をずっと守っていたのがリッチだった。
「先生の発案した魔道具、役に立ったらしいぜ。あの
「という事は、誰かがリッチの
「ああ、うちの領の騎士団長が王都のSランクパーティーをかばって受けた。一旦死んだけど生き返ったって、もう王都じゃ大騒ぎらしいぞ」
魔道具を装備していた騎士団長の働きもあって、王都のSランクパーティーたちはリッチを討伐した。そして、逃げる赤い男とは対象に茫然自失していた白い男も討ち取られたという。
その後、ダリア領から派遣されてきていた兵士がリッチが身につけていた腕輪がラッセンのものだと確認した。その報せも僕に届けて欲しいと伝言を預かっているとシグルドは言った。
リッチは、いや、ラッセンは最後の最期まで狂ったようにユグドラシルへの恨みを言い続けていたという。
「……そう、ハクは死んじゃったのね」
まだ、ヴェールは彼らの正体を話していない。もう少し待って欲しいということだった。僕らは無理に彼女から聞き出すことはしなくてもいいと思ったために、追求はしていない。しかし、そのうち被害が大きくなるというのであれば情報は聞き出しておきたいと誰もが思っているに違いない。
僕らのもとにいるというならば、いつかは聞かなくてはならない。
アンデッドのほとんどは討ち取られ。竜や獣の魔物たちももはや群れが形成できないほどに散り散りになったようだった。これでひとまずの王都襲撃は終わりだろうと思われている。大活躍だったユグドラシル領軍も帰路についたらしい。
まだ赤い男が残っているけど、それは王都軍と王都の冒険者たちがあとを追うそうだ。
「とりあえず、日常が戻ってきたのかな」
「そうね。そうだといいわね」
いろいろと大変だったけど、皆の力で乗り切れたということだろうと僕は思った。
***
「礼を言いたい。先生のおかげで命を拾った」
「その前に、貴方わざとリッチの前に出たでしょう。もう少し命を大切にしてください。あの魔道具が発動していなければどうなっていたか分かるでしょう?」
「いや、この魔道具のおかげで彼らを守ることが……」
「それは結果論であって、しかも貴方が貴方の命を大切にしているとうわけではないですよね」
オータム=ダンと名乗った騎士団長は
王都のSランクパーティーを身を挺して守り、彼も一躍有名人となって王様から褒賞されたとか。見上げた騎士道精神だとはおもうけど、僕は自分の命を大切にしないやつは職業柄嫌いなんだ。
わざわざ診療所まで来てくれた騎士様に態度が悪いとは思うけど、言いたいことは言っておかないといけないと僕は思う。
「助けるのも簡単じゃないんですからね。そうやって全員が全員ちやほやしてくれると思ったら大間違いですから」
「いや、そんなつもりは……」
「まあ、それでも貴方の命が助かったということは喜ばしいことです。僕も自分たちのために作ったとはいえ、あれだけ頭を悩ませて作ってもらった甲斐がありました」
ちょっとイライラしている。そんな時にやってきたこの騎士団長には申し訳なかったけど、最近僕は感情のコントロールがへたくそにもどっている。こんなのは日本にいた時以来だ。
「まあまあ、そんなに彼を責めないでやってください」
「これはジェラール様」
「実際にあの魔道具で命を救われたことに関して、オータムは先生に感謝しているのです。それに経緯はどうあれ、彼の救った王都の冒険者たちがリッチと白い男……ハクというのでしたか、それを討ち取り王都を救ったのは事実ですから」
外で待っていたのだろうか。僕が騎士団長に苦言を呈しているのを聞いていられなくなったのか、診療所にジェラール=レニアンが苦笑いで入ってきた。彼はこの度の王都救援の手柄で一躍有名人になっている。王都のSランクパーティーがハクとリッチを討ち取ったとはいえ、今回の勝利のほとんどはユグドラシル領軍の功績だと考えられていた。
というよりも、次期領主様を診療所の外に待たせてたのかよ、騎士団長。
「父上にお聞きしたが、本当に今回の戦いの褒美はいらないのですか?」
「ええ、ヴェールの助命と配慮だけで十分すぎるほどです」
「なにやら、こちらが申し訳ないと思うほどに今回の戦いではユグドラシルの名を挙げることができましたもので」
最強の領軍が存在するユグドラシル領はそれによる経済効果や、兵士になるために志願してくる若者のことなどを始めとして今回の戦いで得たものは莫大なのだという。一応、その功労の一番は僕なのだと言ってくれた。僕以外にもメルジュさんやルコルの力がなければ作戦は成功しなかっただろうし、そもそもレナの
「最大功労には正当な褒賞がなければならないと私は考えているのですが」
「ならば、正当でしょう。命というのはそんなに安いものだとは僕は思っていませんので」
「はは、これは。先生らしい」
ようやく僕を表彰するというのを諦めてくれたようだ。ランスター領主にも説明したけど、僕は目立ちたいわけじゃないし、無駄に目立ったところでいい事はない。この診療所をきちんと軌道にのせて後進を育成するまでは変な寄り道なんてしている場合ではないと思う。
「それはそうと、少し厄介なこともありましてね。先生にお願いがあってやってきました」
本当の目的は僕への礼ではなかったようだ。ジェラールは少しだけ神妙な顔つきになると言った。
「例の王都冒険者ギルドのSランクパーティーですが、ぜひとも我がユグドラシル領を視察したいと言っていましてね。その中の魔法使いが、あの魔道具を開発した人間に会わせてほしいと言っているのですよ」
「メルジュさんは、王都からまだ帰還されていないのでは?」
「ええ、すでにメルジュ殿とは面会をしていてですね。しかし、そのアイデアの着想をした人物というのが誰なのかをしつこく聞いたようです。メルジュ殿は頑なに言わなかったと」
「そうですか」
「わがユグドラシル領としては技術の流出、特にシュージ先生の引き抜きは避けたいところ。ですので、もしそのSランクパーティーが何かを聞きにきても何も知らないふりをしていただけませんか? これは領を代表してのお願いです」
ジェラールが急に頭を下げた。次期領主が頭を下げるなんてこと、めったにない。特に僕のような平民というか診療所の治癒師のような存在にそれをすることは皆無に近いだろう。
「ど、どうされたのですか? ユグドラシル領として、禁止すればいいだけの話では?」
「いや、それがそうもいかない相手で……。そのSランクパーティーの魔法使い、宮廷魔術師の弟子で……」
宮廷魔術師の弟子……、僕はなんだか嫌な予感がしてきた。
「弟子だけではなく、王族の一員なのです」
王族が冒険者をしている。王族の一員で、しかもSランクパーティーの魔法使いをしている人物。そんな人物が無名なわけがない。
「あー、そうですか。多分、大丈夫だと思いますよ」
「えっ?」
ジェラールには悪いが僕はここで詳しい話をしたくはない。
だって、そいつに僕は出会ったことがあるのだ。こっちに転移してきてすぐの頃に。
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