第59話 心室細動2
迫り来る低位アンデッドの大群に、ユグドラシルの町はなかなか有効打を打てずにいた。
「レナ、ちょっと魔力を温存しとこう」
「でも…………」
「どちらにせよ、城壁にとりつかれるのは明らかだしね」
僕はメイスを取り出すとレナに魔力回復のポーションを手渡した。
衛兵隊や冒険者たちが組織立って反撃を開始したにもかかわらず、迫り来るアンデッドたちはその数を増やしていた。一匹一匹は弱い低位アンデッドは、むしろやられながらでも前へ前へと進み城壁に張り付こうとする。その心には恐怖という感情がないからだ。
単調な攻めに対してこちらは人間であり、感情に左右される。ちょっとしたためらいや失敗の度に、アンデッドたちはじわじわと距離を詰めてきて、やがては城壁の下にたどり着くものが出始めた。
一匹では城壁に対して無力な低位アンデッドであっても、自身の身体を踏み台に仲間を上に持ち上げることはできる。むしろ心のない低位アンデッドであるからこそできる芸当である。
「城壁を乗り越え出したら乱戦になる」
「その前に防いだ方がいいんじゃない?」
「ロンさんも他の冒険者たちもそっちにかかりきりになってしまうんだ。僕は奴が出て来るならそのタイミングだと思っている」
リッチは非常に狡猾だ。このくらいの策略はしてくるだろう。アンデッドを操るだけではなく、自分自身もかなりの実力を持つリッチが攻めに加わらないはずがない。周囲を低位アンデッドで固めた状態で魔法を使われたら防ぎにくいことこの上なく、乱戦はリッチにとってはやりやすい場面だろう。
だからこそ、絶対にそこで出てくる。僕はそう確信していた。
「先生」
呼ばれると後ろにコープスたちがいた。ダリア領の人間であるコープス達がこの戦いに参加する必要はないために少しだけ驚いた。
「このアンデッドたちにラッセン様が関係している可能性がある以上、俺たちも手伝う」
「意外にも律儀なんだな」
「半分は仕事だ」
まだアンデッドたちは城壁にとりついただけである。城門は土魔法で強化されているのか内側からでも開けそうにないし、城壁が壊されるような威力の攻撃をしてくる低位アンデッドはいないようだった。だが、その城壁に身を投げ出してとりつくアンデッドの数が徐々に増えて行く。
周囲ではまた騎馬隊が出ていってアンデッドに突撃を行っているが、集団の外側をかするように移動するだけで中まで貫くことはできそうにもなかった。それほどにアンデッドの数は増え続けていた。
「城壁を乗り越えられるぞっ!」
誰かが叫んだ。そっちの方面の城壁のすぐ下まで、アンデッドたちによる「坂」が出来上がっている。「坂」といっても体感的には梯子に近い角度であるのだが。そこに目がけてほとんどのアンデッドたちが群がった。こちらも、接近戦を用意していた衛兵と冒険者たちが応戦を開始する。上から石や物を落とすことで「坂」を作っていたアンデッドたちが崩れる。しかし、それは他の場所に次々と作られていった。
他の部分にも「坂」が出来上がりつつあった。すぐにでも城壁のどこからでも登ってこられるほどにアンデッドがひしめくのだろうとおもわれるほどの数だ。そして、そのアンデッドたちは闇の奥からまだまだ増え続けている。
「レナ、少し下がってて」
「シュージはどうするのよ?」
「僕はすこし手伝ってくる」
メイスを片手に僕は城壁の上を走った。ユグドラシルの町をぐるっと囲む城壁の上はかなりの広さがある。城壁自体がかなりの厚みがあるためにレナの魔法でも崩しきることはできないと思われるほどの堅牢さだった。全ては
そのために城壁の上で待機できる兵士の数は多い。戦っている後ろ側を走ってもすれ違うことは十分にできる。僕は手薄と思われる場所に向かって走ると、そこには先にコープスたちがいた。
「はっ!」
コープスたちは掌から「気」の力を放出することができる。武器も持っているが、基本的には無手で戦うことが可能なのだった。そのために武器を持ち込めない場所なんかでは役に立つらしい。さすがは何でも屋。
そして相手もたんなる低位アンデッドである。その動きは緩慢で、Bランク相当のコープスたちの相手になるわけがなかった。他のユグドラシルの衛兵隊も五人一組で陣を組み、冒険者たちもそれぞれのパーティーで応戦している。明らかにこちらの方が個々の力は強い。
それでも数の脅威というのはすさまじかった。僕もメイスを振るいながらアンデッドを倒していったけど、いくら倒しても沸いて来る。十匹を越えるくらいから数えるのをやめていたけど、そのうち体力が持たない者も出てくるだろう。
「先生、大丈夫か?」
「まだね。そっちは?」
「仲間の一人が噛みつかれた。すでに体力の限界であるし、交代で前に出るようにしている」
城の縁で戦っていた僕にコープスが話しかけてきた。すでにコープスの仲間は体力的にも戦えない者が出始めているらしい。後ろで休憩を取りながら交代すると言っていたけど、そうすると前線に出ている者の負担も増えるということだろう。それは僕への負担が増えることでもあり、それを伝えに来たのだろうと思う。本当に律儀なやつだった。
だけど、このままではそのうち数の力で押しつぶされてしまうだろう。まだ城壁の上を抜かれた場所はないようであるけど、一か所でも抜かれるとその周囲が一気に壊滅してしまいそうだった。
「くっそ、そろそろ出てきそうだな!」
「先生? 何が出てくるんだ?」
「え? リッチだよ。このタイミングで出てきてほしくないから、出てくるかもしれないんだ」
一か所だけ、兵士を倒してしまえばあとはなだれ込むだけである。そんなタイミングでリッチが出てこないはずがない。何せ、やつには
「コープス。ここは任せても大丈夫かい? 僕は一旦レナのところに戻るよ」
「ああ、大丈夫だ。安心しろ」
彼らの使う「気」の力というのは魔力とは違って使えば使うだけ体力を消耗する。それでもまだ戦い続けることは可能だとコープスは言った。僕はそれを信じてこの場所の守りを任せる。他の場所も交代で戦いながらもなんとかアンデッドたちが城壁の向こうへと行かないように防衛できているようだった。
理由としては攻めてくるのが低位アンデッドだからだろう。衛兵や冒険者たちに犠牲が少ないのも敵の一体一体がそれほど強くないからである。
「デュラハンが出たぞぉ!!」
「うぉぉぉ! 任せろ!」
しかし、激戦が行われている向こうではついに中位から高位のアンデッドが出始めたようだった。デュラハンという首なしの騎士に対抗して前にでたのはAランク冒険者のヴァンである。城壁に登ってくるために馬を乗り捨てたデュラハンならば十分対抗できるだろうし、さっさと倒して欲しいものだと思いながら僕は城壁の上を走ってレナのいる場所へと向かった。
***
「僕の予想が正しければそろそろ出てくるよ」
「たしかにこのタイミングは嫌らしいわね」
僕は戦っている時にも背負っていた背嚢の中からある魔道具を取り出していた。レナも準備をすると言って鞄から白い毛皮を取り出す。
「これがあれば、リッチの魔法なんて効きやしないわ」
「白のナインテイルズのマフラーか」
魔力増強だけではなくさまざまな身体能力をあげることのできるナインテイルズのマフラーは、かつて北の部族を助けた時に族長であるガルダからもらったものである。特にほとんどが黄色いナインテイルズの毛皮の中でも白い部分だけを厳選して作られているそれは、本来ならば族長にしか身に着けることは許されず、他は伝説の魔法使いだけがもっていたのではないかと言われていたほどのいわくつきの代物だった。
反面、それを使いこなすためには莫大な魔力が必要となる。ナインテイルズの隠れ里の住民はこれを使いこなすことにほぼ全ての魔力を注ぎ込む。彼らに比べると僕やレナはまだまだその能力を引き出しきっていないのであるけど、それでもこの毛皮は装備者に絶大な力をもたらしてくれる。
「思ったよりも押されているんだ。城壁が抜かれていないのが不思議なくらいにね」
「数は多いけど雑魚ばかりと聞いているわ」
「それが、さっきデュラハンが出てきてたよ。ヴァンが向かったから大丈夫だろうけど」
いつでも対処できる場所にいた方がいい。僕はレナを連れ出すと城壁の上へと戻った。
「シュージ! レナ!」
「アレン! 無事だったかい?」
「ああ、パーティーの他のメンバーもロンや父上たちもまだ無事だ」
城壁の上にはアレンがいた。アレンが指差す方向ではノイマンがアンデッドの集団にたいして善戦しているようで、そこだけ空間ができるほどだった。さすがはAランク冒険者。近くには他のメンバーだけではなくランスター領主やロンさんたちもいるようである。つまりはここがもっとも激戦であってアンデッドたちが一番群がっているところなのだろう。まさかのノイマン最前線。
「放っておくと突っ込みそうなのをなんとかミリヤが押さえているくらいだ」
苦笑いしながらアレンが続ける。ノイマンにそこまでの力があったことに驚きなのだけど、いつもの剣ではなくて片手で斧を持っているのが見えた。左手には小ぶりの盾である。いつもと全然違う装備に違和感を覚えているとアレンが説明してくれた。
「最初は剣で戦っていたんだがな、折れてしまったんだ。それで、近くの負傷した冒険者が持っていた武器を貸してもらったらしいんだが、それが意外にも使いやすかったようでな」
「盾も、普段はあまり使わないよね」
「あれはスケルトンから強奪していた。片手が空くから何か持っておきたいと。あれは本来は両手で使うタイプではないかと思うんだが」
少し柄が長めの斧と盾か。あまり恰好いいとは言えないけど、ノイマンのスタイルに合っていたのだろう。盾で攻撃を気にせずに接近した後に刃こぼれなどを気にせずに骨を砕きにいく。意外にも脳筋じゃないか、いや、それは意外じゃないな。
対してアレンは長剣を抜いてたまに加わったりしているが、ほとんどは兵士たちに任せているようだった。ロンが魔法使いを何人か率いて後続のアンデッドたちに攻撃を加えている。
ほとんどのアンデッドは城壁の上に到達すると同時に兵士たちによって倒されて城壁に下へと落とされていくようだった。
だが……。
「出たぞ!」
「リッチだ!」
城壁の下にいたアンデッドたちが一瞬で一か所に集まる。いままで梯子くらいに角度が付いていたアンデッドたちによる「坂」がかなりの厚みを帯びた形態になっていった。そして、その向こうにはあの黒衣の霊体が佇んでいたのである。
「魔法に気をつけろ!」
誰かがそう叫んだ。それと同時にアンデッドたちがリッチの前に出来上がった「坂」を駆け上がり始める。他の場所には目もくれずに、ほとんどのアンデッドたちがそこに集中した。
「させぬ!
それに応えたのがロンさんである。
その魔法の攻撃が弱いわけではなかった。しかし、それ以上にアンデッドたちは数がいて、そのほとんどが集中的に迫っていたのである。中には魔法に耐性のありそうなものもいた。徐々に、アンデッドたちが距離を縮めていくのが分かった。
「迎え撃て!」
ランスター領主の号令とともに、ノイマンを先頭とした接近戦部隊が攻撃を開始する。他の場所にはほとんどアンデッドが群がらなくなってきたため、ここが正念場だと誰しもが思っていた。
「ここは通さない!」
アマンダ婆さんの強化魔法がかかったノイマンが、アンデッドの先頭の集団に切り込む。それに続いて衛兵や冒険者たちも登ってくるアンデッドたちと戦闘を再開した。魔法使いたちは目標を後方から迫ってくるアンデッドたちに切り換えて魔法をうつようになった。
中位のアンデッドも混じっているようである。その鎧を被ったスケルトンソルジャーの首を刎ねたノイマンが次の目標へと向かおうとした。
ぞくりと、背筋が凍る感覚がした。
それを感じていたのは僕だけではない。周囲の冒険者の中でも確実にそれを感じ取って動きが一瞬だけだが止まった人たちがいた。
「……
いつの間にか、リッチが城壁の上にまで達していた。そして、その手から放たれた魔法の向かう先は……。
「ノイマン!!」
最初に気づいたのはミリヤだった。
「レナ!」
「
レナがリッチに向けて魔法を放つ間に、僕は倒れたノイマンへと向かって走り出した。
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