第47話 包虫症3

「シュージさんが紹介してくれたあの人、凄いですよ!」


 ギルドの受付に依頼を出しに来ていると、受付嬢からそんな声をかけられた。


「Fランクからのスタートだったっていうのに、いきないブラックグリズリーを討伐してきちゃったんです」


 ギルドには依頼の他に魔物の買い取りも行うシステムがある。依頼の途中などで魔物に遭遇した場合に討伐証明部位を持ってくるとある程度の金額を払ってくれるというものだった。さらには魔物の素材を卸すことができればもっと金額は上がる。


「それはすごいね」


 ガルダはスノウラビットを綺麗なかたちで狩るほどの狩人であり、もしかしたらAランク以上の実力はあるのではと思っていたけど、ブラックグリズリーはまぎれもなくAランクの魔物である。


「ガルダさん、いままで何をしてきた人なんですかね」

「僕もたまたまガルダと知り合ったというだけで、どんな人なのかはよく分からないんだけど」


 そう言えば、ガルダはユグドラシルの町に何をしにきたのだろうと思ってしまう。毛皮を売りに来ただけなら冒険者ギルドに所属する必要はないのだけど、ここである程度の期間の生計をたてるために冒険者ギルドに所属するつもりなのだと聞いている。


 もちろん事情を詮索するつもりはないのだけど、これだけ目立っているならば誰かが聞いているかもしれない。噂くらい流れてきてもいいと思うけど、受付嬢もそれは知らないようだった。


「ちょっと近寄りがたい雰囲気ありますからね」

「あ、そうなんだ。僕は酔った勢いで普通に話しかけちゃったね」

「いかにも狩人って感じの毛皮を身に着けてますよね。冒険者の装備とは少し違いますよ」


 いつも冒険者しか相手にしないギルドの受付嬢は、むしろ一般人の方が話しにくいのかもしれない。そんな事を思いつつ、僕は依頼の提出が終わったので酒場のスペースへと移ろうとした。まだレナが帰ってきていないから、ここでご飯を食べていかないと家には何もないのである。


「まだレナさん帰ってきてないんですか?」

「ああ、そうなんだよ」

「寂しいですね。奥さんが帰省中の旦那さんって」

「なんでだよ。僕とレナは夫婦じゃないって」


 なぜかふふふと笑ってそれ以上返事をしてくれない受付嬢と別れて酒場のテーブルへとつく。簡単な食事を注文して料理を待っていると声をかけられた。


「シュージ」


 そこにいたのは黄色い毛皮を羽織り弓を携えた狩人であるガルダだった。噂をすればなんとやら、であるけどちょうどいい。差し障りがなければガルダの事情にも興味がある。僕はその黒髪の長髪をみたこともないように編み込んだ男に座るように促した。


「狩りの帰りかい?」

「ああ、ランクが低いために依頼を受けることができないから代わりにロックバードを狩ってきた」

「それはすごい。ロックバードはBランクの魔物だったね」

「このくらいは当然だ」


 ガルダはお酒を注文した。今日はもう狩りに出るつもりはないらしい。他にも簡単な料理を追加で注文する。その内容は他の冒険者と違って質素なものだった。


「平地の酒はうまい」


 ウエイトレスが持ってきたエールをぐいと飲んでガルダは機嫌よくそう言った。


「ユグドラシルが平地ってことは故郷は山の上なのかい?」


 実際にユグドラシルの町は近くに世界樹があることもあって平地かと言われるとそうでもない。南に向かって草原は広がっているものの東はすぐに山脈になるし西は湿地帯だった。


「ああ、私はここからずいぶんと北の出身だ」

「それは寒そうだ」


 彼の来ている毛皮はこの辺りでは見ない魔物のものだった。かなり暖かそうなそれは冒険者はあまり着ないようなデザインであり、寒い地方出身というのは頷ける。

 この流れでユグドラシルの町に来た理由を聞いてもいいのだろうかと僕は思ってしまう。軽い感じで聞いたら教えてくれるような気もしないでもないし、聞くのはルール違反だという気もする。


 だから僕は詮索はしてないけど問題ないなら教えてくれるような問いをすることにした。


「この町で目的は果たせそうかい?」


 答えたくなければ、ああとかいやとか言えばいいだけである。この質問ならば許されるだろう。


「まだ分からない。もう少しいるつもりだ」

「そうか。何かあったら助けになるよ」

「ああ。ありがとう」

 

 なんとも言えないと問いに対してなんとも言えない回答をもらってしまった。



 その後、他愛もない世間話をして食事は終わった。残りのエールを名残惜しそうに飲むガルダを見て、僕は診療所に残してきた仕事を思い出してしまう。薬の調合を途中で中断したままだったのだ。残りの魔力で作業を終わらせておいたほうが明日の診療に響かなくていい。


「僕は一旦診療所へと帰るよ」

「そうか」


 僕は隣の診療所の建物を指差してからガルダと別れようとした。ガルダのジョッキにはまだ少しエールが残っている。


「シュージは診療所の治癒師だったな。冒険にはでないのか?」

「診療所が忙しくてね、今はあまり出てないかな」


 僕は胸元のSランクプレートを取り出してみせるとガルダの表情が変わった。


「Sランクだったか。どうりでその身のこなしは治癒師だとは思えなかった」

「身のこなしって、僕は冒険者としてはただの治癒師だよ」

「冒険者として、とは?」

「ああ、僕はほとんど冒険者は引退してそこの診療所で医者をやっているんだ」

「すまないがイシャというものを私は知らんのだ」


 自己紹介を含めて僕の職業を知ってもらうのもいいかもしれない。


「僕は一般的に呪いと言われているものの中でも治すことができる病気を見極めて、治療することを職業としているんだよ」

「……呪いだと?」

「ああ、回復ヒールが効かなくても治るものがあるんだ」


 初対面の人にこの話をすると、何を馬鹿なという顔をされることが多い。それはこの世界においての常識からすると当たり前の事だけど、すこしずつでいいから意識を改革させていかないとならないと僕は思っていた。


「もちろん呪いの全てというわけにはいかないけど、適切な知識があって適切な治療が行えれば救える命があるんだ」


 ガルダはそれを真剣な表情で聞いていた。少なくとも僕の話を聞く価値があると思ってくれている顔である。なにやら少しだけ考えこんだガルダは、口を開いた。


「シュージ、体が黄色くなっていく呪いを知っているか?」


 多分、それは黄疸おうだんである。この前もイーネさんがなった症状であり、肝臓から胆汁の分泌が障害されるとビリルビンという黄色い物質が体中に蓄積してしまうためになる症状だった。


「ああ、知っているよ」


 僕がそう答えると、ガルダは立ち上がった。




 ***




 今年の冬は特に寒い、と誰かが言った。そのために普段はユグドラシル近郊にいないような魔物が目撃されているという。

 特に北から降りてくる魔物は寒さに影響されるとか。冒険者ギルドにも普段は持ち込まれないような魔物の討伐依頼が増えるようになった。


「暖かくなったら北に?」

「そうなんだよ、そのスノウラビットを狩ってきたガルダからの依頼でね」


 帰ってきたレナに枕をプレゼントしたらそれはもう喜んでくれた。それもそのはずでスノウラビットの毛皮の手触りと言うのは他の魔物に比べると格段に良いのである。貴族階級にも人気があり、ほとんどは王都にむけて運ばれてしまうような代物だった。


「確かに、今年の冬は寒いって言うもんね。私たちにはあまり分からないけど」

「まあ、まだ一年経ってないから冬を過ごしてないものね」


 ユグドラシルの町の寒さがどのくらいなのかはよく分かっていない。冬に向けて支度をした方がいいとは言われて、家の壁の補強だとか暖房魔道具の購入だとかはやっているけど、レーヴァンテインとどちらが寒いのだろうか。

 もともとは粗末な小屋だった家も、少しずつ修理が進んでいるために隙間風だとかはほとんどなくなっている。レナの土魔法で壁の修復をやったところも多いのだ。


「この町はそうでもないけど、世界樹より北は結構な量の雪が降るらしいよ」

「レーヴァンテインにはめったに雪が降らないものね」

「冬の間に向かうことになれば、その雪の対策をしなくちゃならないんだよ」


 だからガルダは春を待って、集落に来て欲しいと言ったのだった。その間の診療をどうするかなどの問題はあるけど、もともと採取などで遠出することもあるし何とかなると思う。


 同じ北の地方でもマグマスライムを採りに行ったティゴニア火山地帯とは違って雪と樹々に覆われた山地であるという。あまり人がいないその地方には狩りをしながら生計をたてている集落が点在しているだけで、大自然とともに生きるような人たちなのだとか。たまに山々の中に開けた平原や窪地があり、その周辺に集落を作っては狩りをしているとガルダは言った。


「なにか新しい薬の材料になるものがあればいいな」


 春になるまではガルダもこのユグドラシルの町に滞在するという。呪いを解くことのできる治癒師を探していたのに加えて、見聞を広めるというのも目的の一つだと彼は語った。集落に戻れば正式に族長になるのだということも。


「それで、その病気が何なのか見当はついたの?」

「いや、それがよく分からないんだよ。だから診察に行かないとね」


 ガルダの集落では呪いが蔓延しているという。その症状は程度の差こそあれど、全身が黄色くなってさまざまな症状が出た後に衰弱して死んでいくというものだった。

 おそらくは黄疸が出ているのだと思うけど、集落の人の多くが同じような症状を抱えているということは遺伝か感染症なのだろう。だけど、感染症だったとしたらとっくの昔に集落の全員がかかっていてもおかしくないはずなのに、発症するのは年間に一人か二人、しかし確実にその数は増えてきている。


 老人に多いかと言われると、そうでもないらしい。だけど幼児のうちに病気になるものは極端に少ない。


「思い当たる病気はあまりないんだけど、何かが起こっているのは間違いなさそうだ」

「本当に呪いかもよ」

「僕は本当の呪いをみたことは一度もないよ」


 助からない病気というのはたしかにあって、僕はそれを呪いと呼ぶこともあるけど、あくまでも病気だった。もっと早くに見つけていれば助かったかもしれないと思うものや、地球でも治療法が見つかっていないようなものである。原因不明の難病に苦しむ人は地球だろうが異世界だろうがいるのである。



「ところでレーヴァンテインはどうだった? レイヴンは元気だったかい?」

「ええ、殺しても死にそうになかったわ」


 うんざりしたかのような表情でレナは言った。勝手に僕についてきたことを怒られたようである。だけど、久々のレーヴァンテインの話をレナは語ってくれた。僕はその話を聞きながらその日は遅くまでレナとお酒を飲んでいた。



 翌日、ユグドラシル冒険者ギルドに一人の男が訪れていた。その体はガルダと同じ毛皮のコートに包まれていた。

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