第36話 緊張性気胸4
「さあ!」
「さあ! じゃないですよ! 安静にしていてください!」
「むっ、お前はその自己の過小評価をやめるべきだ。見ろ! もう完全回復だ!」
「自分の過大評価をやめて下さい!」
入れていた胸腔ドレーンからはまったく空気の漏れもなかったし、
愛剣「オリオン」を抜き放ち、鎧も着ずに城壁方向へと駆けだそうとするその人を兵士たちとともに押さえつける。しかし、四人がかりで抑えていたにもかかわらず、ランスター領主はそれをものともしないで走って行ってしまう。その背中を見て色々と諦めた。もういい、何かあっても自己責任というやつだ。多分、大丈夫だろう。
「何をしているのだ!? 行くぞ、シュージ!」
「僕も!?」
「お前の治癒能力を必要としている者はここにはもういない! 城壁の上へ! そして城壁の外へ!」
一度振り返ってこっちへ戻ってきたランスター領主は、兵士たちをなぎ倒すと僕を小脇に抱えて走り出した。
「ちょっ!」
「急いで戻るぞ!」
キャラが変わり過ぎだろ! ランスター領主は僕を抱えたままで城壁を登り切った。後ろの治癒所からカジャルさんの声が聞こえたような気もしないでもないけど、僕にはどうすることもできなかった。あっと言う間に城壁の上に着くと、ランスター領主はようやく僕を解放した。
「戦況はどうなっている!?」
良く響く声で叫ぶ。自分が負傷したという事がどれだけここの士気を落としてしまったのかというのをよく分かっているのだろう。それを吹き飛ばすように、兵士たちに自分の姿を見せているのだ。
「まったく……どいつもこいつも」
「シュージ、お疲れ様」
「レナも大変だったみたいだね」
レナは魔力がほとんど尽きかけている。それでも気丈に振る舞っていた。こっそりと休むためにこちらに来たのだろうか。
「シュージ、レナを治癒所に連れて行ってやってくれ」
「アマンダ婆さん」
「まだ大丈夫よ」
「いや、魔力がもうほとんどないんさ。ランスターが復帰したから、ここいらの兵士たちは大丈夫さね」
たしかに、魔力を回復させるポーションも飲みすぎると効き目がなくなってくるし、限界を超えて魔法を使わせるわけにもいかない。
「分かった。レナ、行くよ」
「大丈夫なのに」
「じゃあ、一旦休んでからもうひと働きしてもらおうかな」
レナを支えて肩を貸してあげると、もはや抵抗する元気もないのかふらついた足取りでレナは歩き出した。やっぱり虚勢を張っていたのだろう。だけど、レナのおかげで城壁の上の兵士たちは取り乱すことなく戦えていたとアマンダ婆さんは言った。あとはランスター領主とロンさんたちに頑張ってもらうことにしよう。
兵士たちから見えなくなった時点で、レナは歩けないと言い出したので僕は彼女を背負って城壁を降りた。
***
「むっ、シュージはどこだ!?」
「おいランスター。身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ! むしろ前よりも動きがよくなっておるわ!」
復帰したランスターは若干ハイテンションになりすぎているとロンは呆れていた。兵士が持っていた槍を奪ったかと思うと、東の空にそれを投げつける。それが刺さり地に落ちていく魔物が見えるが、もしかするとあれはさっきランスターが死闘を演じたのと同じストームバードではないかと思いつつも、距離があるからはっきりとは分からない。
「肩がな、ここから先に上げるのも痛かったのだが、今では何の痛みもないのだ」
「そんな状態で剣を振るっていたのか……」
それに呼吸が明らかに良くなっている。たまに咳をしていたと思われたランスターは、シュージを抱えて城壁の上まで走ってきていても息が切れていなかった。まるで現役の頃のようである。そう言えば、アマンダもシュージの治療を受けてから別人のように元気になった。いまでは現役そのものである。
「あの治癒師は良いぜ。いや、医者だったな」
「全く、心配させやがって」
自然とお互いに口調が現役の頃に戻ってしまう。世界樹を登り続けていた頃を思い出して、ロンはサンライズを握り直した。
自分一人でこの城壁を護り切ることはできなかっただろう。レナが手伝ってくれてようやく兵士たちは落ち着きを取り戻したくらいだ。しかし、ランスターが帰ってきたことで兵士たちは落ち着くどころか士気を上げている。これならば、まだまだ魔物たちを城壁にとりつかせるなんてことはないだろう。
その魔物たちは文字通りに死体の山を築きながら城壁へと迫っている。
「そろそろ、魔物の数にも限界が見えるはずだ」
「前回の時の二倍はすでに倒しているからな」
「数が減り始めたら討って出るぞ」
「おい、まさか。やめろ、下はアレンに任せておけ。誰かこの領主を止めろ!」
ランスターが突撃の部隊に混ざろうとするのを阻止し、ほっと一息ついたロンは周囲を見渡した。いつの間にかシュージもレナもいない事に気づく。レナはとっくに限界が来ていたのだろう。
「アマンダ、まだ行けるかい?」
「ひっひっひ、大丈夫さね。まだまだ若いもんには負けんよ」
「そろそろ負けてもいい年齢だと思っているんだがね」
確かに現役の頃を思い出して血がたぎる。これが終わったら、少し仕事を減らさせてもらってたまには自分も世界樹に登ろうかとロンは思った。
***
「そろそろ突撃の頃合いだ」
ランスター領主が復帰したという情報が入ってきて、城門前に控えていた部隊の中でアレンは大きくため息をついた。
「たいしたことなかったようで、何よりだな」
「いや、分からんぞ。死にそうだったのをシュージが治したのかもしれん」
「う……確かに、その可能性は否定できない」
ノイマンの見解に楽観視の可能性があると指摘し、それでも父親の負傷が治ったというのは喜ばしいことだと思った。アレンはもう一度大きく呼吸すると、入ってきた情報を整理して突撃の準備をすることにした。
城壁から見える魔物の数はようやく減少してきたというところらしい。城門が破られるような動きはないが、それでも城壁にはりつく魔物が見られるようになってきたとのこと。このままだと城壁の真下に死体が積み上がり、魔物の侵入を許してしまう可能性がある。
「さて、出番がきたようだ」
冒険者たちを集めてアレンは言った。
「合図とともに城門を開け、討って出る!」
先ほどのように冷静さを欠いた行動ではない。城門が開くと数百の兵と冒険者たちを従えて、アレンは長剣を抜きはらって走った。その後ろにはぴったりとノイマンが付いて来ている。魔物を叩くならばできるだけ城門から離れた場所にしたい。その方が離脱にも好都合だった。
「突撃!」
「「「うおぉぉぉぉおおおお!!!!」」」
城壁から援護の魔法と矢が放たれた。目の前の魔物の群れにそれは着弾し、その半数を死体に変える。そこにアレンたちは突撃した。
まだ魔物は数千は残っていたのではないだろうか。それでも集団として機能していない魔物たちに対して、兵士たちと冒険者たちはできるだけ密集する形で突っ込んだ。巨体を誇る魔物ですら、数十人規模の人間に一斉に攻撃されれば、なす術ないはずである。
初撃は成功したと言っていい。だが、徐々に密集隊形が崩れ、そこに魔物が突っ込み、援護射撃の外にまで戦いが広がると乱戦の様相を呈しだした。
「よし! 一旦撤収するぞ!」
被害が少ない時点での撤退が必須である。城門にまで追ってくる魔物たちに対して、城壁からの援護を受けつつアレンは最小の被害で部隊を撤退させたのだった。
***
「急に負傷者が増えだしたな」
「城門から突撃した部隊の援護のために、飛行系の魔物への対処が遅れたようです」
治癒所も混乱してきていた。徐々に運び込まれる人数が増えるが、魔力が尽きる治癒師も出てきたのだ。
「カジャルさん、城壁の上や城門の前に何人か派遣しましょう。ここにまで運んでこられない人がいると思います」
「そうだな、では二人ほど連れて城壁の上に行ってもらえるか? ミリヤは城門の前に行ってくれ」
僕はその場にいた治癒師を二人つれて城壁の上へと戻った。そこでは鳥形の魔物の死体が散乱し、今も二体の魔物が兵士たちに襲いかかっているところだった。
「ふんっ!」
「
それぞれ、ランスター領主とロンさんが迎撃した。数名の負傷者が出たようだけど、死亡者はいないようだった。
「負傷者の中で、すぐに治療が必要な人にだけ
「分かりました」
僕についてきてくれた治癒師の人と一緒に手分けして救助にあたる。その時に城壁の向こう側が見えた。下では突撃した部隊の人たちが戦っている。おそらくは二回目の突撃なのだろう。そこに援護の魔法が飛んだ。その分、こちらの城壁に来る魔物への対処が少なくなってしまっているのだろう。
それでも、先程来た時に比べて城壁の上の兵士たちの士気は明らかに高まっていた。
それもそのはずである。
「魔物の数が、少なくなっている?」
迫ってきている魔物の数が、減ってきていた。おそらくは
討って出た部隊がもう一度帰ってくるようだった。犠牲が少なければいいけど、ここからではあまり減っているようには見えない。その部隊を追ってくる魔物に対して、またしても城壁の上から援護の魔法が飛ぶ。あれがあるから、城門の中に魔物を侵入させずに済んでいるのだろう。
「おお、シュージか。あと少しであるな」
「領主様、体は大丈夫ですか?」
「はっはっは、絶好調だ」
満身創痍とは言わないが、ランスター領主はそれでも体のいたるところに切り傷を増やしていた。いつの間にか予備の鎧をつけてはいるが、その鎧もすでにぼろぼろである。常に城壁の上に出現する魔物と戦い続けていたのだろう。領主自ら最前線で戦うために、ここの士気は落ちることはない。
「さて、あと一息だ! 弓を放て!」
城壁の下にとりついた魔物たちが死んでいく。
そして、城門が開いたのは三度目だった。そこからアレンが率いる部隊がまたしても討って出る。しかし、今回は前回とは違って撤退は考えていないような突撃の仕方だった。それだけ、魔物の数は減ってきていた。
「なんとかなったな」
気づくとランスター領主が近くまで来ていた。ロンさんもアマンダ婆さんもいる。城壁から攻撃の届く範囲に魔物はほとんどいなくなっていた。今は地上部隊が魔物を追い駆けているところである。
ダリア領のダンジョンから出てきた魔物のほとんどはここユグドラシルの町の近郊に向けて移動していた。そしてそのほとんどが町の城壁に阻まれて、ここで死体となっている。他の地方の被害はほとんどないようである。これで
僕は直接戦闘に加わったわけではなかったけど、かなり消耗した気分だった。レナも魔力量限界まで頑張ってくれたし、他の人も必死だった。
犠牲者が出なかったわけではないけども、この魔物の数からすればかなり少ないと思えるだろう。少なくとも、僕の知り合いが死亡したという報せは聞かなかった。冒険者の多くは死なずに済んだようである。地上部隊に組み込まれていた傭兵の中で死亡率が高かった部隊があったようだけど、彼らは傭兵であり仕方がないことなのかもしれない。
アレンが率いる地上の部隊が帰ってきたころにはユグドラシルの町は歓喜に包まれていた。これから傭兵たちや商人たちが魔物の素材を解体して商売を始めるはずである。ユグドラシルの町としてもそれの管理をしなくてはならず、扱う魔物の素材に対してどのくらいの税をかけるかなどの検討が始まっているようだった。
冒険者ギルドでも、今回の
治癒所は、そのまま治療が継続されるようだったけど、後はカジャルさんたちに任せた。
僕はレナを背負うと、皆が騒いでいる間に家に帰った。
「ねえ、シュージ。皆と一緒にいなくて良かったの?」
「いいんだよ。なんか疲れたから」
帰ると二人とも死んだように眠った。
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