第23話 バセドウ病3

 僕らはユグドラシルの町から東にある湿原に来ていた。本日は薬の素材集めである。


「なあ、先生。ゴブリンだったら他の場所の方が数がいるぜ?」

「ゴブリンだけじゃないからね。オークも、オーガも必要だよ」

「薬の材料って思うと、どれも嫌ね」

「ははは……」


 レナとノイマンとミリヤの四人に加えて斥候としてソアラを臨時で雇っている。破傷風の騒動の時の事はあまり覚えていないらしいけど、退院までは診療所にいたから僕らはすでに気心が知れた仲になっていた。


「このメンバーの中で、僕だけがDランクって……」

「ほとんど新人なのにDまで上がってるのは優秀ってことだよ」

「Sランクのお墨付きだ、良かったな」


 委縮してしまったソアラに対して僕とノイマンがフォローに回るのだけれども、あまり効果はなさそうだった。


「まあ、大丈夫でしょ。ゴブリンたちの集落が近いわけでもないし」

「いやいや、オーガの目撃情報があったからここを選んだのは先生ですからね」


 オーガはAランク相当である。個体によってはSランクかもしれない。東の湿原に現れたというのは冒険者ギルドの中でちょっとした噂になっており、せっかくなので討伐に名乗り出たのだ。


「とれる量が少なかったら一匹じゃ足りないかもしれないしね」

「うう、やっぱり本気なんですね。Dランクの僕がオーガなんて……」


 その薬の素材というのがオーガであり、オークであり、ゴブリンである。人型の魔物の臓器から取り出される内分泌ホルモンの中で人体に使えそうなものを取りにきたのだ。特に甲状腺ホルモンをどうにかしなければ、エリエルにやるかどうかは別としても、バセドウ病に対して甲状腺全摘術を行うことはできない。


 それに僕の製薬魔法が完璧ではないというのは分かっている。どうしても抽出する成分が少なくなっている気がするのだ。製薬魔法を極めた人がやればもっともっと多くの物を抽出できるに違いないけど、Sランクに上がったくらいから僕の魔力量はそこまで上昇していないのである。こればっかりは才能とかもありそうなので将来のローガンに期待だ。ちなみに本日、ローガン少年はさすがに留守番である。


「何よ、直接戦うわけないじゃない。しっかりしなさい。良い経験よ」


 レナがソアラの肩を叩いていった。しかし、そうもいかないかもしれない。僕は依頼を受けた当初はレナがいるから楽勝だと思っていたけれど、よくよく考えると違うのだ。


「えっとね、レナ」

「なに?」

「臓器が壊れないように、焼いたり通電させたりはなしでお願いね」

「……氷漬けにするのは?」

「それなら大丈夫」


 明らかにパーティー内の空気が一瞬だけ固まったけど、氷漬けがよいと聞いて皆の緊張がゆるんだ。レナが魔法を使えないならばゴブリンとオークはまだいいとしてもオーガに勝てるはずがない。


「ノイマンがなんとかしてくれてもいいんだよ」

「無理だぜ、先生! オーガの首なんて刃が通らねえ!」

「あ、首はだめだよ。甲状腺が欲しいんだから」

「あーー! そうなんだけど、そうじゃねえ!」


 一応荷車は持ってきたけど、解体というか解剖はどうしようかなと悩んでいると、遠くに何かが見えた。


「ゴブリンです」


 ソアラが望遠魔法をつかって確認する。初期魔法であるけど、斥候には必須の魔法である。


「おっしゃ、ゴブリンなら俺でもなんとかできるぜ」

「もうノイマン、格好悪い」


 ミリヤが不満そうな顔をして言った。それでも彼女はノイマンがオーガの前に立つのはまだ早いと思っていて止めるつもりなんだろうと僕は思っている。

 僕もメイスを取り出した。


「え? 先生も戦うんですか?」

「ソアラ、多分先生は俺と同じくらい強い。お前じゃ勝てないぞ」

「えええぇぇぇぇ!? ノイマンさんと同じ!?」


 一応Sランクだったからある程度の身のこなしくらいならできるんだけど、そんなに驚くことなのかな。


「いや、さすがにノイマンと同じくらいってのは言い過ぎだよ」


 僕は治癒師だった頃に魔物の攻撃をかわしまくる必要があっただけで、力が強いわけじゃない。もしオーガが無防備な姿を僕の前にさらしていても倒すことなんてできないのだ。


「そこまでよ。さすがにゴブリンたちもこっちに気づいたわ」


 レナが氷魔法を詠唱する準備に入る。

 レナの魔法触媒は指環である。ロンさんやアマンダ婆さんは一般的な杖が魔法触媒となって魔法を繰り出すのだけれども、レナの場合は最大十個の魔法を同時に行使する荒業までできるのだ。更にはその十個の魔法を全て組み合わせて「雷撃サンダーボルト」のような超高度な魔法を重ねて撃つ。指輪はそれぞれに超高度に圧縮された魔石が取り付けられているのだけども、かなり薄いものとはいえ普段は二つくらいしかつけていなかった。今も二つしかつけていない。


氷結アイシクル!」


 その綺麗な指から氷の魔法が飛ぶ。先頭を走ってきていたゴブリンに着弾した魔法はそのままゴブリンの頭部を氷漬けにし、低温のためか窒息のためか動きがなくなったゴブリンはそのまま倒れた。


「あとは任せたわよ」

「分かったぜ。ソアラも行くぞ」

「えっ、僕もですか!?」

「当たり前だ!」


 ノイマンとソアラが残ったゴブリンを迎え撃った。数で言うとゴブリンたちは十匹。レナが一匹仕留めたからあと九匹である。ミリヤの護衛はレナに任せて、僕もメイスを振りかぶった。




 ***




 ゴブリンたちと戦っているとついでにジャイアントトードがやってきたためにそれも一匹討伐した。僕は先にジャイアントトードの耳下腺をはぎ取って瓶に入れておいた。


「さて、やりますか」

「本当にやるんですね……」

「そんなこと言ってないで、ミリヤも手伝ってよ」


 地面に横にされているのはレナに氷漬けにされていたゴブリンである。外傷らしき外傷は全く見えないのはレナがさすがだからだろう。ついでに水の魔法でゴブリンの全身は綺麗に流され、さらには浄化ウォッシュまでかけた。切る部分には消毒用のアルコールを持って来ているから、それをかけることにする。


「とりあえずは甲状腺を取るよ」

「あ、なんか手術の練習みたいね」

「そうか、そう考えればいいんですね」

「…………まあ、不謹慎だけどそんな感じだね」


 レナの一言で逆にミリヤが興味を持ったみたいだった。人ではないもので練習できるというのは意外と嬉しいという気持ちは僕にも分かる。医者になりたての頃に豚の臓器を使って手術の練習をさせてもらったことがあったけど、あれは本当にいい経験となった。

 解体用に持ってきた少ない器具で、僕はまずゴブリンの首の部分の皮膚を切って甲状腺を取りだすことにした。


「これが、甲状腺だよ。ちょっと分かりにくいけど、人間のはもっと分かりにくいんだ。あまり筋肉との境界線がなくてね」

「へえ、そうなんですね」

「ここを通っているのが総頚動脈そうけいどうみゃく、こっちが内頚静脈ないけいじょうみゃくだね。それで、この甲状腺の裏には反回神経はんかいしんけいっていう声を出したり物を飲み込むときに使う神経があって……」


 ゴブリンの首の構造も人とだいたい同じであった。まるで手術をするかのように一つ一つの臓器や血管、神経を傷つけないように分けていく。最後に甲状腺に繋がる血管や神経を切り取って、僕はゴブリンの甲状腺を取りだした。実は甲状腺の裏には副甲状腺という小さな臓器があって、これもホルモンを出している。副甲状腺は上皮正体じょうひしょうたいとも呼ばれて血液の中のカルシウムの濃度を調節している。そのためにその副甲状腺も分けて小さな瓶へと入れた。

 

「製薬魔法を使うのは帰ってからローガンと一緒にやるよ」

「分かりました」

「それじゃ、他にもホルモンを出す部分の臓器を取り出しておこうか」


 僕はその後もゴブリンの腹部を切り裂いて副腎ふくじんだとか膵臓すいぞうを摘出したのだった。




 ***




「見ていて気持ちのいいものじゃないわね」

「でしょ、だからあんまりやりたくはなかったんだけど」


 その後、オークにも遭遇してこれを討伐し、解体が終わった。オークの臓器も人とあまり変わったところはない。しいて言うなら消化管がやけに分厚く、消化液の量が多かったから何でも食べることができるのだろう。

 

 レナだけではなくパーティーの他のメンバーも人型の魔物から薬をとってくると言うのは少し抵抗があるようだった。

 とはいっても魔物の皮を剥いで装備品の素材にするのとあまり変わらないのではないかとも思う。ただ、それが人型の魔物というわけだ。そして、そこが重要でもある。人型の魔物は食用にもならない。オークは偏食家の中に好んで食す人がいると聞いたことがあるけど、ほとんど流通なんてしないのである。


「まあ、でも薬なら受け入れられるんじゃないかと思いますよ。飲むときは液体になってて分からないし」


 いままで意見を聞いていなかったソアラもそう言ってくれた。作る工程を知っていると抵抗感があるかもしれないけど、材料をばらさなければいいのではないかと言っている。材料をばらさずに薬として処方してもいいのか? と、一瞬思ったけどここは法整備もあまりされていない異世界であるし、それもまあいいかと思ってしまった。僕もこっちにずいぶんと馴染んだものである。


「さあ、後はオーガだぜ」

「うん、その依頼料を目当てでついてきたんでしょ?」

「うっ、なんでそれを」


 ノイマンとミリヤはAランク相当であるオーガの討伐料目当てで僕らに同行したのが見え見えである。手術の度に手伝ってくれている二人にお返しするという意味も込めて誘ったのだ。それにノイマンがいればちょっとした力仕事もやってくれる。

 そんなノイマンとミリヤが若手を連れて行きたいと言ったのはアマンダ婆さんの影響だろうか。ソアラはオーガの討伐料でパーティーのメンバーたちと一緒に装備品を新しくしたいらしい。


「じゃあ、ソアラ。索敵は頼むよ」

「はいっ」


 オーガの目撃情報があった地点へと向かう頃には湿地に到着してから二時間くらい経っていたのではないだろうか。あとちょっとで日が暮れてしまうから、これ以上の探索をしようとおもうと明日となる。診療が終わってから依頼に出たのが時間がない原因ではあるのだけども、こればかりはどうしようもない。


 と、そんな時である。


「いました! オーガです。それも三体」


 湿地帯の向こうにちょっとした丘があった。僕らはそこを目指していたのである。そしてその丘は現在はオーガの巣になっているようだった。そこで三体のオーガが何かの肉を食らっているのが遠くからでも見える。


「妙だよね。オーガはこの辺にはいなかったはずなのに、急に現れてしかも巣まで作ってしまっている。もともとはどこにいた種族だろうか」

「厄介な事が起こってなければいいけど」


 レナは僕にそう答えると、パキパキと指を鳴らした。すでにその指には雷撃サンダーボルトが溜まっている。


「ねえ、デカいから一体でいいわよね」

「え? ああ、うん。討伐部位は角だよね、残るよね?」



 レナが急にやる気になった理由が僕にはなんとなく分かった。あれは、オーガが焼いてた何かの肉を見てお腹が空いたんだろうな。そう思った僕は解体をものすごく急いでやって、ユグドラシルの町には転移テレポートで帰ろうと提案することにしたのである。

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