第92話
「マフラーは毎年使うし……マフラーなら同じ色でもお揃いに見えないでしょ」
結は前もお揃いのものを欲しがっていた。でも、マフラーなら大丈夫だろう。ちょっと恋人らしい感じがして顔が笑ってしまった。つっけんどんなくせに乙女な結は可愛らしい。
「うん。じゃあ、マフラー買うね。何色が良い?」
「……茶色」
「オッケー茶色ね。どこのマフラーが良いとかある?」
「……私が好きなブランドがあるんだけどそこが良い。泉の分は私が買うから」
「ありがと。それ詳しく教えて?」
ちょっと恥ずかしがってる結に私は詳しく教えてもらった。結とお揃いのマフラーをつけれるのは私自身も嬉しいから買うのが楽しみだ。
私達はお昼ご飯を食べてから別れた。
結とは二十九日まで会えないけれどそれまでにマフラーを買ってお泊まりデートに備えつつ色々頑張らないと。冬休みが始まってから私は意気込んでいた。
学校見学をして塾に行ってバイトをする。その日々はなんだか充実していた。
大変に感じるし勉強は分からないところも多いが結を考えると頑張れる。私の中では結の存在が益々大きくなるようだった。
しかし今日のバイトは本当に疲れた。
冬休みになるとファミレスなだけあって学生が多く来るし混みやすい。今日はほとんど満席が続いて終わった頃には更衣室で壁に凭れていた。
「あー、疲れましたね柳瀬さん」
今日は田村さんと一緒で二人で終わってから更衣室でだれていた。ちょっと疲れすぎてまだ立ち上がれない。
「本当だね。……もう私は歩けない」
「私もです。てか、柳瀬さんもう今年も終わりですね」
「だねぇ~。今年も早かったね~」
「本当ですね。今年も濃い一年でしたね」
一切動かないまま私達は壁に凭れて会話を続ける。今年は結と出会って本当に充実していた。私の人生で一番濃い一年だった気がする。
「本当にそれ。ていうか新しい人全然入んなかったね……」
「それ。こんなにちゃんと働かないやつがいるのに驚きました私」
「いや、今時こんなもんだよ」
うちのバイト先では新しい人が全く続かなかった。ていうか今時の人って真面目な人というか普通な人が少ない。私もバイトして分かったけど初出勤日に来なかったり一回出勤して来なくなったりなんて事はよくある。しかも連絡しても連絡はつかず常識的にすごいなぁと実感する。
相当ヤバイ職場に当たってそういう事するならまだ分かるけどうちは皆優しいし基本怒らないから仕事内容が想像と現実は違った、という事なのか?バイトの皆も新しい人には辞めてほしくないから優しくするのに予想外な辞め方をする人が多い。
「これが現実ってやつですね。こないだ新しく入った木村さんも体調が悪いから休むって言ったっきり来なくなっちゃいましたもんね。まだ高校生なのにガンにでもなったのかな……」
「あぁ、木村さんねぇ……。なんかやだったんじゃない?あの子期待の星だったのにね。遠藤さんすごい悲しんでたよね」
田村さんが言った木村さんは一ヶ月前に入った高校生の女の子だ。ホールに救世主が現れたと思ったらつい最近休みの連絡をして音信不通になった。休みの連絡をしたきり来なくなってしまった木村さんに私達は遠藤さんを筆頭に嘆いていたのだ。
「遠藤さん木村さん好きそうでしたしね。本当切ねぇ……。私優しくしてたのに。私がダメだったのか店長がキモかったからダメだったのか……こうやって辞められると自分?ってなりません?」
「んー、私もう何回もあったから夢見てたんだなくらいに思ってる」
「柳瀬さん……。夢見てたとかなかった事になってる。本当柳瀬さんたまに面白い事ぶちこんできますよね」
よくある事に長々と何かを思ってなんていられない。それにあっちからしたらたぶん私達はどうでもいい人だ。
「いやもうなんか思ったりするのをやめただけだよ。あっちからしたら私達は気にもならない人だし」
「そうですね。私もそうします。なんか毎回フラれてるみたいで苦しいし」
「そんなに悲しんでたの?田村さん情移りすぎだよ」
「だって長く働いてほしかったんですもん。私健気だなぁ」
田村さんの呟きに少し二人で笑っていたら更衣室のドアが開いた。入ってきたのは渡辺さんだった。
「あ、泉ちゃんとたむちゃんお疲れ」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです。渡辺さん遠藤さんみたいに私の事呼ばないでくださいよ」
最近渡辺さんは遠藤さんのように田村さんを呼んでいる。渡辺さんは着替えながら笑った。
「だって遠藤がたむちゃんって呼ぶから移っちゃって。ハムスターみたいで可愛いじゃんたむちゃん」
「そんな呼ばれ方した事ないですよ私今まで」
「まぁ、遠藤変わってるから気にすんなよ」
「それもそうですね」
田村さんは疲れたように呟いて少し体を起こして携帯をいじった。ていうかもうそろそろ帰らないと。私も壁に凭れるのをやめたら渡辺さんは荷物を整理しながら話しかけてきた。
「皆今日はこのあと暇?私今日車で来てるからご飯でも食べ行かない?」
「え?行く!行きたいです!柳瀬さんも行きますよね?」
即答した田村さんはさっきまで死んでいたのに精気が戻ったみたいだった。現金だな田村さん。私もだけど。
「うん、私も行きたい」
「よし、じゃあハンバーグでも食べ行く?今日激混みで疲れたし肉食べよう肉。皆早く準備して」
渡辺さんに言われてから荷物を持って帰る準備をする。今日は疲れたからラッキーだったなぁ。田村さん同様にテンションが上がる。
私達は荷物を持ってハンバーグ屋さんに渡辺さんに連れて行ってもらった。夕方時だから少し待ったけど席に案内されて注文したハンバーグが来ると今日の疲れが癒された。
「うまこれ!渡辺さん生き返りました。ありがとうございます」
田村さんは肉汁が溢れる美味しそうなハンバーグを食べながら渡辺さんに感謝していた。
「全然いいよ。今日ホールも大変だったでしょ?てか、こっちのミスもあったし本当にごめんね」
渡辺さんは食べながら謝った。今日は混んで大変だったがキッチンの調理が足らなくてそれでクレームが来たのだった。
「あぁ、あれあの佐伯さんですよね?渡辺さん悪くないのに全然いいですよ。謝ったら大丈夫でしたし」
本当に大丈夫だったから良かったが、中まで火が通っていなかった料理を出してしまったのだ。渡辺さんはそんなミスを今まで一回もしてないし、その料理を出してきたのは佐伯さんと言う挨拶もしなければ謝りもしないよく分からないやつだ。佐伯さんは腹立たしいが渡辺さんは違う。
「泉ちゃん優しい。本当にありがとう。佐伯ありえないよねあのミス。あいつ使えないから私がほとんどやってたのにあんなミスして私がやり直したのに謝んないの。どういう神経してんだよってキレそうだったわ」
渡辺さんもそれは同じみたいで珍しく怒っていた。ホールにも渡辺さんが謝ってきたし普通にありえないと思う。田村さんも怒りながら話に混じってきた。
「てか、佐伯さんって普段からなんかありえないですよね?挨拶しないしトロいし、仕事で話しかけてんのに返事しないし。殴りたいです私」
「分かる!教えてた時から何かおかしかったんだけど謝んないのが本当にウザい。仲良くないしむしろ嫌いだからミスをカバーとかもしたくないのにホール可哀想だからやってたけどさぁ。何であんな常識ないのアイツ」
仕事もできないのに普通のコミュニケーションもできなくて謝らないとなるとこう言われるのは当然の事で関わる人の気持ちを考えてほしいものだ。
「あれで日常生活を送れているのか謎ですよね」
私はハンバーグを食べながら呟いた。ああいう人は一生理解できないと思うけどなぜそうしているのか不思議でしょうがない。渡辺さんは気持ち悪そうな顔をした。
「え、絶対普通の生活とか無理でしょ。ここで無理なんだから学校とかでも言われてんでしょ。あんなやつと私友達になれないよ。しかも謝れないって超マイナスじゃない?友達でも関わっててウザい思いしかしないよ」
「正論ですね~。もう頷くしかないですそれ。ていうかファミレスで働くのが間違いですよね。個人プレーできるとこで働くべきああいう人は。回りの人が苦しむ事になりますよ」
なんか良いところがあれば擁護したりできるんだけど皆正論だなぁとしか思えない。渡辺さんは盛大にため息をついた。
「もうあいつの話やめよ。イライラが止まらなくなっちゃう。忘れようもう。ユカちゃんの話しよう」
「え?またユカちゃんですか」
いきなら変わる話の内容はいつも通りだ。渡辺さんは明るく話し出した。
「うん。こないだユカちゃんが可愛すぎてチェキ撮る時にどもりまくって引かれた話してあげる」
「え、なにそれ。安定の気持ち悪さ。渡辺さん何してんですか?是非詳しく聞きたいです」
田村さんは笑いながら渡辺さんに催促したが私もその話は気になった。
そして渡辺さんはその後面白い話をしてくれて今日の疲れやイライラが失くなるくらい笑えた。
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