第85話



コンクール数日前、私はコンクールに出ないくせにそわそわして緊張していた。

だってもう週末にコンクールがあるのに結がいつも通りだからだ。



なぜ?といつも一緒にいて思っていたけど、結は昔からコンクールに数えきれないくらい出ていて賞を取っていたから今さら緊張とかないんだろう。だけど私はなんかもう緊張を通り越して心配で具合が悪くなりそうだった。


千秋に聞いた話じゃ凄いコンクールみたいでレベルの高い人しかいないらしい。結もレベルが高い人の部類に入っているから大丈夫だと思うけどどうしても落ち着けない。


私には結が出るコンクールを調べても凄さが分からないけどたぶんとっても凄い重要なコンクールだと思う。そんなのに結が出ちゃうって、

……分かってたけど大丈夫か不安で不安でもはや吐きそうだ。




私の頭の中はいつも結の事ばかりだけど更に結の事だらけで、バイトにも勉強にも集中できなかった。


「泉、最近様子がおかしい感じがするけどどうかしたの?」


コンクール前日に私は結に電話口で不審がられていた。最近の挙動は自分でもおかしいと思っていたから私はもう言ってしまった。


「だって、明日だよコンクール。なんかもう緊張するし心配で何かしたいけどできなくて、どうしたら良いか分からないんだよ」


自分でもなにがなんだか。とにかくそわそわしている事を伝えたら結はいつも通りのトーンで答えた。



「あんたはなにもしなくていいしあれだけ練習したんだから平気でしょ」


「うん。そう…だよね。そうだよ。うん。そうだね。なんか結がそう言ってくれて安心した」


迷いない強気な発言は一人でそわそわしていた時より私を落ち着かせてくれた。


「だいたい私がコンクールに出るのに何であんたが緊張してんの?」


「え?だって私今までコンクールとか無縁だったし、結が心配だし…」


「はぁ……あんなのただの発表会だから。ていうか、緊張する意味がよく分からないんだけど…」


呆れられてしまったけど結は本当に冷静というか、肝が据わっていて羨ましいくらいだ。私にこんな度胸はない。



「ごめんごめん。明日は見に行けないけど頑張ってね結」


私は改めて結を応援した。本当は見に行って応援してあげたかったけど二人でこの事は決めた。私は結のお母さんに言われた事を結に話してピアノには関わらないようにしたのだ。


私達の関係に繋がりそうな事は元から潰しておく。それにピアノに専念するなら私はピアノに一切関わらない方が良い。ピアノを練習する結のそばにはいるけど、それ以外は表立って一緒にいてはいけない。


「……分かってる」


少し納得していないような物言いに苦笑いしてしまった。結は最初反対してきていたのだ。ピアノを聴くくらいなら問題ないと。だが可能性は失くしておきたいし私はピアノをしている時はピアノだけに集中して私以外を考えてほしかった。この先ピアニストになったらきっと沢山の人が結のピアノを聴きに来る。その時は私よりファンを大切にしてほしい。それに結のお母さんは結がピアノをしている時は近くにいると思うから、煙たい私は姿を見せない方が良いと思った。


私と結の関係は結のおかげで成り立っているのだ。私達は祝福されるような関係じゃない。



そんな私の意見に結は渋々頷いてくれたのだ。


「電話でもメールでも良いから結果教えてね?待ってるから」


「うん……」


「それにしても明日かぁ。あっという間だったね」


「確かに。明日でようやく落ち着けるから私としてはほっとするけど」


「ふふふ、そっか。結っていつも冷静だね」


結はいつ緊張するのか気になる程落ち着いているから私は笑ってしまった。


「泉」


「ん?」


「あの、……先の話なんだけど」


先の話?私は結が何を言いたいのかさっぱり分からないなりに頷いてみた。ピアノと将来の話はしたけどそれなのか?


「うん。どうした?」


「あの、……十二月二十九日……暇?冬休み入って少しだと思うんだけど」


「え?あぁ、たぶん暇だよ。まだシフトも出てないし」


十二月二十九日って、考えても何もないけどなぜこの日をピンポイントに聞いてきたのだろう。分かりたいけど分からない。どういう意味だ?


「じゃあ、その日一日空けといて」


「うん、良いけど……どっか行くの?」


何を聞いたら良いのかもよく分からない私はそれらしい事を聞いてみた。でも結は曖昧に答えてきた。


「どうだろう。とりあえず絶対空けといて」


「うん、分かったよ」


結がこう言うなら特に予定はないから空けとくか。当日になれば自ずと何かしら分かると思うし深く聞かなくて良い。

私はその約束だけをして日にちについては触れずに電話を切った。



そしてコンクール当日。私は家でそわそわしながらとにかく時間が経つのを待った。今日はバイトに行きたかったけど生憎シフトが休みで何をしたら良いのか分からない。


とりあえずテレビを見たり携帯をいじったりしながら時間を潰していたが、コンクールはまだ終わらないのだろうか。

私は落ち着くように自分に言い聞かせて結の知らせを待っていたら携帯が鳴った。



やっと来たか。私は慌てて携帯をチェックしたら結じゃなくて琴美からの連絡だった。

若干落胆してしまうが琴美は結が頑張ってるよ、と言いながら結の写真を一緒に送ってくれた。


その写真は青っぽい色のドレスを着た結がピアノを弾いていた。いつも可愛くて綺麗だなと思っていたけど、いつもと違う華やかな衣装を着て美しくピアノを弾いているのは本当に素敵に見えた。


頑張ってて凄いけど衣装を着ると本当にお姫様みたいだ。私は写真の結に見惚れてしまっていた。

でも同時に元々なかった自信が更に失くなってしまった。



私はやっぱり釣り合っていない。

結と差がありすぎて私が頑張っても意味があるのか不安になる。琴美の言葉が頭を過った。

結の前だと頑張っても意味がない。あれは確かにそうかもしれない。


結は本当に凄いから頑張っても近付けないのだ。私はそれでなくても女だし堂々と交際もできない。これは普通の恋愛じゃない。

私は結をダメにしているのか?一緒にいたいと言ってくれたし約束したのに弱気になってしまう自分が嫌になる。


でも、信じないと。信じて自信を持った私を見せないと結が傷ついて泣いてしまう。私は結を泣かせたくないんだ。


私の中で気持ちがせめぎあっていた。

この先結といれば感じずにはいられない格差に向き合っていくのは吹っ切れるまで時間がかかりそうだ。考えて落ち込んでしまう自分をどうにかしたいけれど女々しい自分の嫌な考えは消えてくれない。


はぁ、落ち着け。結は私を必要としてくれているし好きでいてくれるんだ。ずっと一緒にいる約束だってした。

だから私は大丈夫なんだ。モヤモヤしてしまう自分に渇をいれた。


そうやって自分の気持ちを落ち着かせていたら今度は結から連絡が来た。


文面にはただ一言だけ書かれていた。


[優勝した]


結なら当然の結果だ。私は喜んで返事をした。

今の気持ちは絶対結には言わないし気づかせない。私は結の前だけでは結を安心させてあげられる人でいないといけないんだ。



結はそのあと、律儀にも電話をしてくれた。いつも通りな結は特に喜んでいる様子がなかったけれど、私は喜んで祝福をした。結はそれには少し照れていて可愛らしいなと思ったがこれからもコンクールは積極的に出るらしい。結は前よりも本格的にピアノに取り組んでいくようだ。



やっとコンクールが終わったのにこれからもっと忙しくなるのかと思うと寂しい気分だ。

それでも、私は結の彼女として結を応援しながらそばにいたい。




それから数日後、私は結と琴美と三人で休みの日にゲーセンに来ていた。

琴美はゲーセンについた途端にいつも以上にはしゃいでいるから結はウザそうに琴美をあしらっていた。


「わぁ!今日も楽しそう!ずっと行きたかったんだ琴美!琴美やりたいのいっぱいある!」


「分かったから大きな声出さないでくれる?」


「え?出してないよ?早く行こう!銃で撃つやつ楽しいからそれやろ!!」


珍しく私じゃなくて結の腕を引っ張る琴美に結は全く態度を変えないし動かない。


「泉とやればいいでしょ。私は見てるから」


「えーやだぁ!結もやろ?すっごい楽しいから!」


「だから二人でやればいいでしょ」


「やだ!結もやろうよ!」


「チッ……琴美ウザいんだけど」


何かいつも通り揉めてんなぁ。結はゲーセンに来るのが初めてだからよく分かんないんだろうが、ここは琴美の後押しをしよう。私は後ろから結の肩を押した。


「ほらほら楽しいからやろうよ?私教えてあげるから。二人用だけど途中で変われば三人でもできるよ」


「……私はこういうの苦手なの」


「苦手でも大丈夫だよ。ね?琴美」


ちょっとだけ動いてくれた結を更に進ませるように押しながら琴美に話を振る。琴美はにっこり笑って結を引っ張ってくれた。


「うん!大丈夫!琴美上手いから結の事助けてあげるよ!早くやろ!!」


「……簡単なのにしてよ」


結はそう言ってやっと歩き出した。琴美は以前やった二人用の銃で撃つゲーム機まで案内すると早速三人で中に入ってゲームを始める。結はそれを物珍しそうに眺めていたが結に銃の操作を任せて私は真ん中でゲームを見ている事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る