第57話


琴美と恋人ごっこを始めても琴美との関係はそこまで変わらなかった。

琴美は距離が近いから私はいつもくっつかれているし琴美は私によく好きだと気持ちを表現してくる。これは前から変わらない。しかし、ここにプラスされたのは私の気持ちをもっと言う事だった。



琴美はデート内容を考えている時に私に言った。

琴美に泉の気持ちをもっと教えてほしいと。前から私は伝えていたけど不安になって考えすぎていた琴美を思うとそうすべきだなと感じる。琴美は私がどんな風に何を考えているのか知りたいんだろうが、それを言うのに戸惑いはなかった。


琴美が無理して笑うような事はもうさせない。私にはそんな気遣いはさせたくないし、琴美が苦しくなるような事はなるべくしないようにしたい。


でも、私は結が好きだからこの先結と付き合う事になったら琴美を傷つけてしまうのは薄々気づいていた。琴美の気持ちに負けて恋人ごっこをしているけど、私は琴美に結のような恋い焦がれる感じもなければ胸が苦しくなる事もない。


琴美は好きだけどその好きじゃないと心の中で感じているのだ。

そう考えると私は琴美に残酷な事をしているんだと思うけど琴美を傷つけられなかった。



後になればなるだけ傷が大きくなってしまうのは目に見えていた。でも、私は琴美に嬉しそうに笑っていてほしかった。あんな気持ちを殺したような気を使う顔をさせたくないし、見たくない。

時が来れば恋人ごっこも終わって琴美を傷つける。その未来が分かっていても、それでも今の期間だけは琴美を幸せにしたかった。全て私のエゴだとしても。




夏休み目前に迫ってテストも返却されて通知表も渡された。テストは前回と同等に良い評価で成績も良くなっていた。結のおかげだなと思っていたら結は変わらずに張り出された学年順位表で一位だった。うちの学校は点数まで表示されるから点数を見ても、結はほぼ満点でテストを通過したみたいで凄いとしか言いようがなかった。


テスト前の休みは私のために勉強を教えてくれたのにいつ勉強をしているんだろう。結の事だからしっかり予習復習もしてそうだけど元々が違いすぎる。


そして学年二位には琴美の名前があって、琴美も結と僅かな点数の差だった。あの二人は本当に何でもできるみたいで私はただただ感心していた。



「泉、行こう?」


夏休み前の学校最終日、私は結と約束したお揃いの物を買いに行く予定だった。結は鞄を持って私の元にやって来ると外面モードで話しかけてきた。


「あぁ、うん、行こう。今日はどこでお昼食べる?」


「どこでも良いけど、それより…」


「泉~!結~!!迎えにきたよー!」


結が言いかけた所で琴美がやって来て大きな声で私達を呼んだ。今日は最初は二人で行こうとしていたけど琴美が結にねだりまくったみたいで三人で遊ぶ事になっている。一応琴美には秘密で何か買おうとは結と話しているけど買えるだろうか。


「琴美、うるさい」


結は穏やかに琴美を注意するけど琴美はにこにこしているだけだった。


「楽しみだったからわくわくしちゃって!早く行こーよ?早く行きたい琴美!」


「まだどこに行くかも決まってないでしょ」


「行きたいとこに行けば良いんだよ!琴美が考えるから早く早く!」


待ちきれない琴美の元に結と向かうと琴美は楽しそうに私の腕にいつも通りくっついてきた。結はため息をついているけどこれはもう変わりそうにない。


「じゃあ、とりあえず……琴美は今日パスタ食べたいからパスタ食べ行こうよ?」


「パスタ?まぁ何でも良いけど」


歩きながら話すが、結が言った通りまだ何も決まっていない。


「うん!じゃあ、こないだ泉と遊んだ時に行ったフードコートでパスタ食べよう!」


なるほど、琴美の提案はとても良かった。それなら雑貨屋さんも近くにある。私はすぐに同意した。


「あぁ、あそこのか。良いね、またあそこの近くの雑貨屋さん行こうか」


「うん!あそこ楽しかったから琴美楽しみだなぁ!今日は何買おうかなー?」


「それいつの話?」


結は外面モードだけど若干いつもみたいな強めな口調で聞いてきた。こないだの事だから琴美が言ってると思ったのに、この感じは言っていないようだ。これは何だかまずい予感がする。


「テスト前だよ?泉とサボって遊んだ日の事。泉がいろんなとこ連れてってくれて楽しかったんだ~!」


嬉しそうに話す琴美に対して結の顔は笑ってるけど目は笑っていない。秘密にしていた訳じゃないけどちょっと気まずく感じる。


「…ふーん…あっそう。……じゃあ、さっさと行こう」


「うん!琴美なんのパスタ食べようかな~?泉はなに食べたい?」


「私は……まぁ、何でも良いからパスタかな?特に食べたい物ないし」


「そっか!じゃあ、琴美の車で早く行こう!」


琴美が嬉しそうにしている中、結は私をにこやかに見てきたけど何か思っていそうなのは確かだった。改めてあとで謝ろうかな、私はそう考えながら琴美の車に乗り込んだ。




琴美の車に乗って駅近くの大型ショッピングモールの中にあるフードコートに来るとまず席を確保した。結はフードコートにいろんな店があるから感心していたけど琴美は楽しそうにはしゃぎだした。


「琴美どうしよう!パスタ食べたかったけどハンバーガーも良いし、オムライスとかもありだし~……決められないなぁ~」


「私はパスタにするわ」


悩む琴美を置いて結はすぐにパスタを買いに行ってしまった。結は本当に冷めているというか、なんというか。琴美と結は見かけは似ている部分があるのに中身は全く正反対なところがある。


「泉はやっぱりパスタにするの?」


置いてかれた琴美は私の腕を引きながら聞いてきた。私は何でもいいからパスタで変わらない。


「うん、私はパスタで良いよ」


「えー?……じゃあやっぱり琴美もパスタにする!」


悩んでいたくせに、狙っていたのかと思うくらいすぐに言ってきた琴美に思わず笑った。琴美らしい。


「はいはい。じゃあ、買ってきな?私席とっとくから」


「うん!すぐ帰ってくるね!」


少し走っていった琴美を見送って私はボックス席に座りながら二人を待った。

先に帰ってきたのは結だったけど結はパスタを二つ持ってきた。


「あんたパスタで良いんでしょ?どっちがいい?」


結は種類の違うパスタをテーブルに置くと私の隣に座る。当たり前みたいに言ってきたけど私の分も買ってきてくれたみたいだった。


「どっちでも良いけど買ってきてくれたんだ?ありがとう。いくらだった?」


気が利く結にとりあえずお財布を出しながら聞いた。だけど結は私の前にシーフードの美味しそうなパスタを置いた。


「別にこのくらい良いから。あんたはシーフードね。早く食べないと冷めるから食べたら?」


「え?いや、でも悪いし……。じゃあとりあえず千五百円くらい払うから貰っといてよ」


奢ろうとしてくる結に悪いから財布からお金を取り出そうとしたら結は強めな口調で止めてきた。



「いいから。これは……いつものお礼とか、そういうのもあるから。……だからいいの」


だから買ってきたのか。私の方がお世話になっているからお礼をしたいけど結なりに思う事があるんだろう。ちょっと照れている結は目線を合わせずに言うのが可愛くて私は琴美がまだ来ないのを確認すると結の手を軽く握った。


「うん。…ありがとね、結」


「……お礼なんか……いいし」


顔を覗き込むように近づけてお礼を言っただけで結は耳を赤くしてさっきよりも照れていた。本当に可愛らしい反応にキスをしたくなるのを抑えて結から手を離そうとしたら結は離さないように手を強く握ってきた。


「………今日はお揃いの……絶対欲しいから、……絶対買うからね?」


「分かってるよ。私も欲しいから……あっ、じゃあ、私が選んでも良い?パスタのお礼って事で」


照れている結の手を握り返しながら聞いてみた。今回の期末テストのお礼も兼ねて私もお礼をしたい。でも結は少し不満そうな顔をする。


「…それは……」


「嫌だった?」


「嫌じゃないけど……」


これはもしかして悪いとかそういう類いの事を思っているのだろうか。私の勘違いでもここは結が断れないようにすれば良いだけだ。私はちょっと考えてから言った。


「結が喜んでくれるように、サプライズも込めて私が買いたいんだけどダメ?」


「……な、何言ってんの本当に…。いきなり意味分かんないから。ただのキーホルダーなのに……勝手にすれば…」


動揺したように慌てている結は私の手を若干強く握ってくる。少し困ったような顔をしているけどこれはつまり良いという事だろう。


「うん、じゃあ勝手にするね。あっ、琴美も来たからそろそろ食べよう」


「うん……」


丁度琴美がやって来るのが見えて私達は自然に手を離した。結はまだ耳を赤くしているけど大丈夫だろう。ちょっと分かりづらい反応はまだまだ理解していくのに時間がかかりそうだけど、こうやって汲み取れば良い事だ。


私達はその後三人で雑談しながらお昼ご飯を食べた。

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