第54話
「え?いや、あの、そういうんじゃないけど」
いきなりどうしたんだろう。私は困惑していた。結と比べた訳じゃないし私は結が大好きだから世界で一番結が可愛いと思っているけど意図が読めなかった。
結は少し黙っていたけどそのままの表情で私を見つめる。
「……いつも琴美に優しくしてんのに?それに鞄にお揃いでキーホルダー付けてるじゃん。あれは何なの?」
「あれは琴美と前遊んだ時に一緒に付けようって買ってくれたやつで私に似てるから欲しかったんだって」
「……そんなに頻繁に遊んでるの?」
「え?いや、頻繁には遊んでないけど…」
何か結の表情が暗くて言い方も不満そうで私は内心焦って動揺していた。言えば言うだけ不穏な空気になっている気がするけど結が何でこんなに聞いてくるのか分からない。ていうかお揃いを知っていたのがびっくりだ。今まで何も言わなかったのに。
「……結……どうしたの?そんな事聞いて」
よく分からないけど黙っているよりは聞いた方がましだ。琴美絡みだとよく怒っているから殴られるかキレられるかなと冷や冷やしていたら、結は私を不貞腐れたように睨んだ。
「……私だって……お揃いの物とか欲しいんだけど」
「え?そんなの欲しいの?」
「私にはそんなのじゃないから」
予想外だったそれは私を逆に驚かせた。睨まれた時点でキレられると思ったけどお揃いの物ってそんな欲しいの?しかもあの結が?私は頭が混乱してよく分からないけど結の顔はちょっと怒っていた。
「私の方が泉と早く友達になったのに琴美に見せつけられてるみたいで腹が立つの。それに私……お揃いとか持った事ないし……ずっと羨ましいって思ってたの!泉は本当に琴美に甘すぎだから!」
最後には食って掛かる勢いでキレてきた結に私はたじろいだ。キレられたのが怖かったのもあるけど結が羨ましいとか思うのが私は心底驚いた。
あの何でもできる結が羨ましいって些細な事なのに、だから琴美にもあんなにキレていたのだろうか。
いつも大人びていて正論をキツい言い方ではっきり言うのにこんな幼い事を言う結を見ていたら可愛らしくてどうしようもなくて、私は思わず抱き締めてしまった。
「もー!結可愛すぎ!そんな怒んないで?」
「はぁ?!いきなり何なの?ウザいから」
私の腕の中でキレている結は暴れはしないけどまだキレている。顔を覗き込むと耳を赤くしてるくせに私を睨む結が可愛くて私はもっと笑ってしまった。
「はいはい落ち着いてよ。テスト終わったら二人で出掛けて何か買いに行こうよ?」
可愛いらしい結を誘ってみる。私も結とお揃いは欲しい。至近距離で笑いながら見つめていたら結は気に入らなさそうに私を見つめる。それすらも私には愛しく感じた。
「……忘れたら殴るから」
「うんうん、分かってるから平気。何か適当に雑貨屋さん行って見てみよう?」
「……うん」
「ふふ、楽しみだね結」
「……それなりにね…」
私は笑いながらそのまま結にキスをすると結は私に抱きついてきた。本当に可愛いらしい結に背中に腕を回して応えてあげる。ちょっとした嫉妬も混じったような結の気持ちは私を幸せにする。結はそういう気持ちに気づいていないかもしれないけど私を好きになってきているのは確かだ。
「結」
「……」
呼び掛けると結は返事をしない代わりに抱きつくのをやめて私を間近で見つめた。目で問いかけてくるような結に私はまたしてもキスをしてしまう。結のせいで気分は高まってしまっていて最高だ。
何度も何度もキスをしてから唇を離して結を見つめる。結はキスだけで火照ったような顔をして私を熱く見つめてくれた。
その表情にドキッとしてしまうけど、何とか落ち着きながら私は至近距離で話しかけた。
「…羨ましいって思うんだね結も。私とキスまでしてるのに」
可愛い表情の結は耳も顔も赤くしながら眉間にシワを寄せる。
「……そんなの普通に思うから」
「勉強も運動も、ピアノもあんなに凄いのに?」
「あんなのやってれば誰だって分かるしできるようになるから。……でも、人の気持ちは分からないし、操作もできないでしょ。自分とは違う事を考えてるなんて当たり前だし……言わないと分かんないし……」
結は私の気持ちを聞いても不安なんだろうか、それとも私が琴美の方が好きだと感じたのか。
結は何でもできるのに中身は本当に繊細で女の子なんだなぁと聞いていて実感する。気持ちを押し付ける事もしなくて、ただ相手の事を考えて不安に思ったりしているのかと思うと結の不安を失くしてあげたくなる。
「でも、私の気持ちは分かるでしょ?」
私はもっと私の気持ちが伝わるように結の頬に手を添えてキスをする。私の気持ちは全部結に伝えたつもりだ。結は私の手を掴むと指を絡めるように手を繋いできた。
「分かるけど、全部じゃないし……目に見えないから……」
切なそうに伝えてくれた結の気持ちは私を苦しくさせる。こうやって考えてしまうのはキスも付き合おうと考えるのも初めてだからなのか、私が悩ませてしまっているようだった。
私は不安そうな顔をする結に優しくキスをした。
繊細な結は心配なんだろう。今もキスをして愛情を伝えたのに今でさえ不安そうな顔をするのはそのせいだ。私は大好きな結を見つめた。
「結聞いて?私は結が好きだよ。結が一番好き。結と一番仲良くなりたいって思ってる。結とキスするのは結のためだけど、それ以上に結が好きだから沢山キスしたくなるし私の気持ちが伝わるようにしてる。結以外にこんな気持ちはないし私は結が何よりも本当に好き。可愛くて優しくて、素直じゃない結が大好きだよ」
「……そんなの……知ってるし……」
一通り私の気持ちを結に伝えると結は本当に顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。さっきは不安そうだったのに可愛い反応をするものだ。私は結と繋いでいた手を握り返して笑った。
「うん、でも伝えたくなっちゃったから言っちゃった。…結が言ってる事は分かるよ。気持ちが目に見えないのは確かだよ。だから悩んだりとかするのは誰だって当たり前。それでも私の気持ちは結に知っててほしいから結にこれから教えるね。ちゃんと言うようにして、態度とか行動とかでも伝える。だから結ともっと一緒にいたいし抱き締めたり触ったりしたいんだけど……いい?」
結が目に見えた方が悩まなくて済むなら私はそれをするだけだ。私の結に対する気持ちは一番だし、変な誤解は招きたくない。私はお揃いくらいで羨ましいなんて思わせないくらい気持ちを伝えたかった。
「……そうしたいならすれば良いでしょ。現に今だって私に触ってるし……」
良いと言ってくれているだろう結は少し不愉快そうに言った。でも強く手を握ってくるし顔の赤みは引かない。照れているのが直に伝わって胸が暖かくなる。
「うん、分かった。あとね、結が何か気になったり悩んだりしたらさっきみたいに言ってね?私がどうにかするから」
「……そのうちね……」
たぶんこれは分かった、で合っていると思うけどここは大事なところだから私はしっかり結の口から聞きたかった。結は聞かないと言わない時がある。体育祭の時の教訓を忘れた訳じゃない。
「そのうちじゃなくて、ちゃんと溜め込んだりしないで言ってよ?私、あんまり結を悩ませたりとかしたくないからこれだけは絶対言ってね?」
結を大切に扱うのはもう結を好きな時点で使命みたいなものだと思っている。結は素直じゃなくて良いけど今は結のためにも素直になってもらう。私は真剣に結を見つめていたら結は堪えきれなくなったみたいに私に抱きついて顔を隠した。
「分かってる。ちゃんと言うから……。泉がそう言うなら……恥ずかしくても、言いづらくても……言うから。私の気持ちも……知ってほしいし…」
「うん。私も結の気持ち知りたいから何でも言ってね」
恥ずかしげに言った結の頭を優しく撫でる。そのうちの中にこれだけの気持ちを隠していたのかと思うと結が本当に愛しく感じる。素直じゃないのにそんなに思ってくれる結に胸が熱くなって好きが溢れそうだ。結は無言で小さく頷いて強く抱きついてきたから私も抱き締めてあげた。
「好きだよ結。大好きだよ」
「……」
何も言わない結の頭を撫でながら結の顔に顔を寄せる。もっと好きになってしまうような事を言われて結が欲しくなってしまった。
「こっち向いて?結」
結はまたしてもなにも言わない。だけど抱きつく力を緩めておずおずと私に顔を向けてくれた。眉間にシワを寄せて不満そうな表情をしているけど顔がほんのり赤い。隠せていない結に私は顔を更に近づけた。
「可愛い。もっとキスしていい?」
「……したいならしたら?」
素直になってくれたのにもう素直じゃなくなった結に私は吸い寄せられるように何度もキスをした。
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