第38話



「じゃあ、謝ったらご褒美ちょうだい?」


琴美は遊ぶのをやめるとぎゅっと手を握りながら言った。この子は本当に私に何を求めているのだろうか。ご褒美を用意する事ではないし仮に用意したとしても自分で用意した方が私が用意するより良い物だろう。


「……何で?自分で用意すれば?」


誰だって思いそうな事を言ったら琴美は笑顔だった。


「やだ。琴美のお願い聞いて?じゃないとまた結に嫌がらせするよ?」


「……高額な物とかは無理だからね」


脅されている以上言う事は聞かないとならない。私はとりあえず頷いた。すると琴美は笑っていたけどいきなり暗い顔をして顔を下げてしまった。


「大丈夫だよ。それより……あの日は泉の事も殴っちゃってごめんね。それに……やり過ぎたって琴美も反省してる。あれは……泉の言う通りしちゃいけない事だった」


私を脅しているくせに謝ってきた琴美は本当に反省しているようだった。私はその想像もしていなかった出来事に面食らった。

結を人質に取っているように私を脅しているのにあの事を謝るなんてどういう心境なんだろう。私に声をかけたのは結と仲良くしてるから腹が立ってちょっかい掛けてやろうって魂胆だと思ったけどこうやって謝られるともう訳が分からない。


「……私は別にいいけど、結に言わなきゃならない事でしょそれは」


「それはそうだけど……琴美は泉が好きだから泉にはちゃんと謝らないとって思ったし、泉とこれから仲良くしたいから……だから本当にごめんなさい。絶対もうしない、約束する。本当に本当にごめんなさい」


琴美は顔を上げて私を見つめながら本当に申し訳なさそうな顔をして謝るから私は反応に困った。これが本心なのかよく分からないし私が好きで仲良くしたいって本当にどういう意味なの?私をもてあそびたいって事?私の気持ちも知ってるだろうに何がしたいんだろう。この子が読めなくて私はどうしたら良いのか何て言えば良いのか分からない。


「……琴美は何がしたいの?脅されて謝られてもよく分かんないんだけど」


私は困りかねて聞いてしまった。最初から仲良くしたいとは言っていたけど信用がそもそもないから疑いの気持ちしかない私に琴美は不思議そうな顔をして笑った。


「琴美は泉が好きだから仲良くしようと思ってるだけだよ?最初は興味本意だったけど今は凄く好き。琴美の物にしたいくらい」


「……意味分かんないんだけど」


「え?なんで?」


首を傾げた琴美に頭が痛くなる。好きだから仲良くするのに脅してきたの?もっとやり方があるだろうし他にも遊ぶ友達がいるだろうに答えてもらったけど理解に苦しむ。私は疑わしいから質問した。


「……結と私が友達だから結に嫌がらせするために私にちょっかいかけたんじゃなくて?」


「んー、最初はそれもあったんだけど今は気が変わったからする気はないよ?泉が言う事聞かないならするかもしれないけど、今は結よりも泉に興味があるし」


「じゃあ私と仲良くして何したいの?」


一番気になるよく分からない事に琴美は照れたように答えた。


「泉に琴美を好きになってほしいの。それで泉を琴美の物にしたい……かな?さっき言った通りだよ。とにかく琴美は泉が好きだから仲良くしたいの」


恋をする乙女のような顔をした琴美が言った事は嘘じゃなさそうだった。だけどいきなりこんな事を言われても困るし冷静に考えてやっぱりよく分かんなくなる。私は何か持ってる訳じゃないし良い家柄でもないし本当になに?無言になってしまった私に琴美は握っていた手を強弱をつけるように握りながら私を見つめる。


「琴美は嘘は言ってないよ?本当に泉が好きなの。泉は結が好きみたいだけど関係ない。結が恋愛事になびく訳がないし、琴美は泉がレズでも泉なら良い。それにこんなに欲しくなったものないから。だから泉を琴美の物にしたいの。泉の心も体も全部ね」


琴美は私の顔を嬉しそうに笑いながら撫でてきた。私は今琴美に告白されているみたいだけど困惑していた。


「……私の何が好きなの?大悟君が好きだったんじゃないの?私は何か凄くできる訳じゃないし家も普通だし琴美に何かした訳じゃない」


琴美はそれに私の頬にキスをしてから答えた。


「泉は分かってないんだね?鈍感で可愛い。琴美ね、大悟君なんかどうでも良くなっちゃったよ泉のせいで。琴美に意見したでしょ?それだけで充分だよ。何かグッときちゃったの。琴美に堂々と意見するやつ何てあんまりいないから。それに泉は他のやつとは違う。琴美は本気だからね」


本当に本心で言ったであろう琴美に私はすぐに言葉がでなかった。スキンシップもキスも私が本当に好きだからやっていた事実にただ驚きしかないし、確かに意見を言っただけなのに琴美の気持ちにブレは全く感じない。ようやく理解できたが琴美には悪いけど私は断ろうと思った。私では叶わないけど私には好きな人がいる。


「気持ちは分かったけど、私は結が好きだから琴美の気持ちには応えられないよ」


私は結が好きだからはっきり断った。なのに琴美は動じてもいなくてただ笑っていた。


「ふふ、今はね。いつでも琴美を好きになって良いからね泉。結は応えてくれないと思うけど琴美は応えてあげられるから。それに、泉が欲しい物は何でもあげる。琴美は泉を捨てたりしないから将来だって保証してあげるし琴美の事も好きにして良いんだよ?」


「だから私は…」


「泉、琴美は泉の事諦めるつもりはないから。泉が一番欲しくて好きだから琴美を絶対好きにさせてあげる。それで琴美が一生可愛がって大切にしてあげる。琴美は泉に飽きる事は絶対ないから覚悟してて?」


琴美は私を絶対に振り向かせるつもりらしい。琴美の気持ちには正直戸惑ってまだ困惑しているけどこの子は本気で私を自分の物にしようとしているみたいだ。

気が変わる何て事もなさそうな言いように私は動揺していた。女の子に告白された事はないし私はそもそも付き合った事もない。それに断ったのにこう言われては何を言ったら良いのだ。内心悩んでいたら琴美はいきなり立ち上がって私の腕を引いた。


「泉そろそろ帰らないと時間だよ」


「え?…あぁ、うん」


「今日はバイト?」


さっきの事なんてなかったみたいに普通に話すから私はそれにも戸惑いながら鞄を持って立ち上がった。


「バイトだよ」


「そっか、頑張ってね?また連絡するからちゃんと返信してね?」


「…うん、分かった」


「ふふ、泉大好き」


琴美は私の腕に抱きつきながら言った。一々反応に困るけどまだ完全に信用してる訳じゃないし何するか分かんないからこれを振り払うのは私には不利益だ。私は琴美をそのままにして教室に帰った。琴美は途中で離れてくれたけど終始にこにこしていて嬉しそうだった。



私はそれから授業を受けながら琴美について考えていた。

今日分かった事を整理してみるとあの子は私を好きで単純に仲良くしたいみたいだけど結には進んで嫌がらせをする気がないらしい。だけど私がちゃんと言う事を聞かないと何かする可能性はある、という事だ。

あぁ、全く面倒な事になった。あの告白は本気みたいだけどどうしたら良いんだろう。私は完全に不利だし琴美には従わないとならないのは変わらない。好きとか言われても私よりいい人は沢山いるだろう。ていうか、ご褒美って何を要求されるんだろう。琴美の事を考えるだけで私は頭がパンクしそうだった。



でも丁度良いのかもしれないなと心のどこかで思った。だって、この報われない結への恋心を失くせるかもしれない。キスをされても私は結が好きだけど結を諦められるチャンスかもしれない。私は前の方に座っている結の背中を見ながら考えた。


まだあれから会話もしてないけど謝らないとならないのは分かっている。今は琴美の事もあって関わりづらいけどあんな事を言ってしまったし私から謝らないと絶対にダメだ。



私はその日のバイト終わりに結に携帯で連絡をした。

次の休みに会って話したい事があると。すると結はそれにすぐに返信してくれて私は次の土曜日に結と会う事になった。といっても明後日の話だが。


結は特に何も言ってこなかったけどこうやって連絡をしてくれるだけ結は大人だ。私はその日にしっかり謝まるつもりだ。謝って許してくれるかは分からないけどあんなの八つ当たりだし結と疎遠になりたくない。もしかしたらキレて私と関わりたくないと言われてしまうかもしれないけど私は覚悟を決めた。



そして次の日、支度をして学校に向かおうと家を出たら家の前に見ただけで分かる高級車が停まっていて車の横には琴美が立っていた。

何で?私は頭が痛かった。昨日携帯で話していた時は言ってなかったのに何しに来たんだろう。私に気づいた琴美は嬉しそうに私の元に来ると手を繋いできた。


「泉おはよう。一緒に学校行こう?」


「……おはよう。あの、私別に迎えに来いとか一緒に行こうとか言ってないよね?」


私を引っ張る琴美に一応確認したけど琴美は当たり前みたいに頷いて答えた。


「うん。言ってないよ?今日は泉を驚かそうと思って琴美が勝手に来たの。ビックリした?」


「ビックリしたって言うか……ちょっとよく分かんないわ…」


予想外の出来事に正直な感想を述べると琴美は嬉しそうにはしゃいでいた。


「じゃあ驚いたんだね?やった!琴美大成功だ!嬉しい!」


「あぁ、……うん。良かったね琴美」


私は苦笑いしてしまった。よく考えると琴美は私の事とか全部知ってそうだから気にしてたら負けだと思う。琴美は私の予想を越える事をこれからこうやってしてくるんだろうか、対応に困るけどきっと止めても無駄な気がする。


「琴美ラッキーガールだね!今日は良い事ありそう!それより泉早く行こう?遅れちゃうよ」


「え、うん、そうだね」


琴美が手を引くから私は琴美の車に乗り込んだ。こういう高級車に乗るのは慣れなくて緊張してしまう。だけど琴美は私の隣でにこにこ笑いながら私の手を離さないでこちらをずっと見てきた。前を向いていても分かる視線に私は居心地が悪くて琴美に話しかけた。


「…………なに?」


なぜこんなに私を見てくるのかよく分からない琴美は嬉しそうに笑う。



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