第37話


琴美はあれから私に自分を琴美と呼ぶように指示してから色々な事を話してきた。琴美は結同様に大企業の娘みたいで私を連れてきた部屋は琴美が遊ぶための専用の部屋みたいだった。


普段は色々な友達を呼んで遊んでいるみたいだけどこれからは私とだけ遊んでいくと言われて私は反応に困った。

結への恋心もバレてキスまでされて遊ぶと言われても訳が分からない。

琴美は私の事も聞いてきたけどあらかじめ調べていたのか全て知っているようだったし本当に何がしたいんだろう。



その日はベタベタくっついてくる琴美と話をして終わったけど次の日から私の生活に琴美が介入してくるようになった。

琴美は私の携帯に自分の連絡先を勝手に入れたみたいでいつも私に連絡をしてきた。


内容はおはようとか、何してる?とかお昼はどうする?とか普通な事なんだけど全て返さないとならない私には苦痛だった。



あんなよく分かんない脅してくるようなやつと何で連絡しないといけないんだと思うけど結の事があるから連絡しない訳にはいかない。結とはあれから話してもいないけど結が何かやられたら嫌だ。


私は授業の合間やバイト終わりに琴美とやり取りをしてお昼を食べる毎日を過ごし始めたけど、琴美は特に私に強要したり脅してくる事はなかった。本当に普通の友達のような関係を続けているけど私には基本的に拒否権はないから琴美が何かしたいと言ったら頷くしかない。


何か言われたら嫌だなと思っていたら今日も授業が終わってお昼の時間がやって来た。お昼は琴美がいつも誘ってくるから一緒に食べないとならない。私は荷物を持って約束しているいつものベンチに急いで向かった。


いつものベンチが見えてくると琴美はもうベンチに座って私を待っていた。

遠目で見ても琴美は結のように可憐で綺麗で私と仲良くしたいと言ってくる事が疑問だ。琴美は体は華奢で小さくて、顔は本当に整っていて笑っただけで魅力的に見える。それに長い黒髪はいろんな風に編み込みをしていて琴美の綺麗な黒髪がよく栄える。この子は一見すると品の良いお嬢様にしか見えないしとても見かけからは結に嫌がらせをしているようには見えない。琴美は私に気づくと嬉しそうに笑った。


「早かったね泉。早くご飯食べよう?」


「うん」


私は隣に座って自分のお弁当を開ける。琴美も自分のお弁当を開けると私にまた隣から密着してきた。何日か経験したから慣れたけどまだ内心この距離感に戸惑う。


「泉?泉の好きな食べ物はなに?」


にこにこ笑う琴美を見ていると結に何でそこまで嫌がらせをするのか分からない。この子はどういうつもりで結に嫌がらせをしていたんだろうか。本当に嫉妬だけであんな事をするのか?私は弁当を食べながら表情を特に作らずに普通に答えた。


「大体何でも好き」


「んー、じゃあ甘い物とか辛い物とか苦い物も好き?」


「うん」


「そっか、琴美と一緒。嬉しい」


こうして話す内容も携帯で話す内容も普通の友達のような感じなのにこの関係は脅されてできあがっているんだけど、一緒にいても全然琴美がしたい事が分からない。私と仲良くなりたいってどういう意味なんだろう。私が結を好きと分かってからその話題も出さないし琴美はいつもにこにこ機嫌良さそうに笑っている。裏があるのは確実なんだけど私にはまだ理解できない。


「泉何か話して?」


琴美は綺麗にご飯を食べながら言ってきた。私はこの子がよく分からないから良い機会だと思って聞いてみる事にした。


「琴美は何で結に嫌がらせするの?」


私の率直な質問に琴美は表情を変えずに笑って答えた。


「全部取られちゃうから」


「どういう事?」


「そのままだよ。琴美の友達も欲しいものも何もかも結に取られちゃうから悔しいの」


琴美が言った事は私にはやっぱり分からなかった。琴美は大企業の娘だし何もかも思う通りだろうに、嫉妬したって事だろうか。


「結は凄いでしょ?運動も勉強も習い事も全部できる。それに結は優しいから友達だって沢山いる。琴美はいつも結の隣にいたから全部結に取られてた。意味分かる?」


考えていた私に琴美は可愛らしく笑いながら訪ねてきたけど私は素直に答えた。


「分からない」


「ふふふ、そうだよね。泉も結の隣に長くいればその内分かると思うけど、皆結に取られちゃうよ?結にしか全部関心がいかなくなって、皆結の事ばっかり見てて結は望まなくても注目の的で憧れたり羨ましがられたりしてる。友達も琴美の家族も結に一目置いて結は結はって…琴美はいつも結のおまけみたいだったんだよ。いつも琴美は結のおこぼれもらってる感じだったからやめたの。琴美が頑張っても結の前だと意味がないし惨めで悔しくて嫌だったから結から離れて今までの鬱憤晴らしてやろうって思って。そしたら結はいきなり無視するようになって…本当にイラつく」


笑顔をやめて本当に嫌そうに言った琴美の事がようやく理解できた気がする。私に仲良くしようと言ったのは結に対する怒りからだけど、この子は思ったより悪い子じゃないみたいだ。

それに琴美が結に嫉妬していたと聡美は言っていたけど嫉妬だけじゃない。琴美はいつも結のおまけの存在として認識されて自分の目の前で何でもできて何でも手に入れていた結に色々感じて辛かったんだろう。

友達だけど、友達なのに目に見える格差は琴美からしたら大きくて琴美を悩ませた。才色兼備を地でいく結に悩んで苦しんだ末に琴美のどうしようもならない気持ちは今の琴美の言動に現れたんだ。


「いつも結ばっかり。……琴美はいつも上手くいかないのに結ばっかり何でも上手くいってる。だから文句も言って結に今までのイライラをぶつけてやったけど結は琴美何か相手にもしてないみたいな態度してきて……益々ムカつく」


琴美は怒りに変わってしまった結への気持ちのせいで結の気持ちが分かっていない。結は確かに凄いけど結だって上手くいかない事はある。


「結は悩んでたよ」


私は弁当をしまいながら言った。この二人はお互いに仲良くしたいと思っている気がする。琴美は今まで仲良かったんだし自分と結を比べて劣等感を抱いてそれが溢れて様々な感情に変わって止められなくなったんじゃないのか。私は更に続けた。


「結は琴美の事友達だと思ってるから悩んでるよ。皆に色々言われてるけど結は琴美を庇ってる」


「……嘘言わないで」


不快のように言った琴美に私は真面目に話した。


「嘘じゃないよ。結はたぶん琴美といがみ合うのはやめたいんじゃない?あんな事されても琴美の事が好きだと思うよ。それに、結はああ見えて友達についても、ピアノの事も色々考えて悩んでるみたいだったし。確かに結は凄いけど結だってただの女の子で私達と一緒だよ」


「……」


琴美は無言で私を見て目を逸らすと弁当をしまう。琴美の心の中は読めないけど琴美は寂しかったんじゃないのかなと何となく思った。要は結に注目がいって琴美はいつも蔑ろにされたと思っていたんだろう。

でもそれは違う。琴美の事はいつだってちゃんと結が認めていて友達だと思っているはずだ。他の人は違っても、現に今だって結は琴美を見捨てていない。


「周りは結に気持ちがいっちゃったかもしれないけど、結はちゃんと琴美を思ってくれてたよきっと。……でも、琴美の気持ちは分からなくはないよ。私も琴美だったらそうやって思うよ」


「なに?……琴美の何が分かるの?」


ムカついて言っているだろう琴美の気持ちは誰しも感じるものだ。それを抑えられるか抑えられないか、そこが違うだけだ。


「分かるよ。羨ましいとかさ、何で私はとかって思う事でしょ?まだ高校生だけどそんなの私も昔から感じてるよ。私は昔から友達ができにくいからいつも初日から友達ができてる子が羨ましかった。私よりも外見も何もかも良くて楽しそうで羨ましいし、自分ってダメだなって思い知るよ。しかもできてる相手との差って頑張ってもどうしようもないもんばっかじゃん?頑張っても足元にも及ばないし。だから嫉妬もするし惨めな思いも沢山するよ」


周りが自分と違うなんて当たり前だ。それは分かっているんだけど上手く解釈できない事なんて腐る程ある。でもそれでも毎日続いていくしどんだけ惨めで嫌な思いをしても自分と向き合って生きていかないとならない。生きてる限り自分から逃れられないし思考をやめるのができないから。

琴美は少し黙ってから私の肩に凭れてきたと思ったら手を握ってきた。


「……やっぱり泉の事好き。琴美、泉の事大好き」


琴美はなぜか嬉しそうにそう言うと私の顔を見てにっこり笑った。やっと少し分かったと思ったのに琴美はやっぱり分からない。


「……何でそうなんの?」


疑問に思ったから聞いたのに琴美はおもむろにキスをして至近距離で囁いた。


「だから泉が好きだからだよ」


いきなりキスをされたのもそうだけど艶っぽく言うそれにドキッとしてしまった。琴美は結同等に可愛いからかもしれないけどキスをしたり好きと言ったりこの子はよく分からない。私をからかっているのか?


「……意味分かんないから」


「ふふ、分かってるくせに。泉のおかげで結の事何となく分かったかも。ありがと」


琴美はそれだけ言って顔を離すとまた私の肩に凭れて両手で私の手を握って遊びだした。益々意味が分からない。追及してもたぶん分からないで終わりそうだから私はそれよりも気になった事を聞いた。


「結に謝ったの?」


あの体育祭の一件を忘れた訳じゃない。あんな暴力事件じみた事をしたし学校でも知れ渡っている。琴美はそれでも手を握って遊び続けていた。


「謝ってないよ?」


「……何で?謝らないとダメでしょ。何したか分かってるの?あんなの犯罪と一緒なんだよ」


琴美との付き合いは短いがこの子の事はそれなりに理解できてきている。琴美はまるで年下みたいに幼い部分があってスキンシップが大好きだ。結にはキレていたけど普段は基本的に温厚で素直、しかし機嫌に大きく左右される事がある。ただ結に関しては幼馴染みだけあってコンプレックスを感じているみたいだから結の前では抑えられないんだと思う。私の前では子供みたいだから。


「……うん、そのうち謝るよ……」


琴美は少し声のトーンが下がったけど私はちゃんと言った。


「そのうちじゃなくて早く謝って。して良い事と悪い事があるの分かるよね?」


最初は嫌いだったしムカついていたけど琴美の話を聞いて私はそこまでの嫌悪感を感じたりしなくなった。この子はたぶん幼いだけで大事な事は分かっていると思う。考えなくても分かる事が。


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