第16話
それからすぐに九条さんがやって来て私に下着諸々服をくれた。サイズとかは言ったらすぐ出してくれて何かすんごい高そうなやつをくれた。しかも貸すんじゃなくてくれるらしい。貰えないと凄んだら結にキレられたから貰ったけどこんなブランド物だと思われる物を泊まっただけでくれるなんて金持ちにも程がないか。
そして、そのあとの夕飯も驚いた。
何かよく分かんないけどコースの料理みたいに前菜から色々出て来て最後にデザートみたいな感じだった。私は全く食べた事もないような料理名を言われてよく分からなかったけど美味しく頂いた。本当にすっごく美味しかったんだけどテーブルマナーの知識がほとんどない私は結に教えられながら食事をしていて心が休まらなくて頭が疲れた。こんな食器をいっぱい出してご飯を食べた事がなかった私はテーブルマナーの奥深さに勉強よりも疲労を感じた。
スープの掬い方もそうだけど、どれからフォークを使うとかこんな事きっちり守って食事をしているお嬢様達は凄いと思う。庶民は皆ほぼ箸で食ってるだろうに。私はこんなん毎日やってたら頭で皿を割りそうだわ。結って本当にヤバイと思う、引くほど美しく綺麗に食べるしマジ敵わない。
「今日の夕飯は美味しかったね。蟹がいつもと違ったわ」
結は食後の紅茶を飲みながら言った。蟹ってあんまり食べないから分からないけど結は違ったらしい。全部美味かった私からすると全くよく分からなかったけどとりあえず私も紅茶を飲みながら頷いた。
「……うん。全部美味しかった」
「口に合ったみたいで良かった。それより、あんたがテーブルマナーをほとんど知らないのが私には驚きだったんだけど…」
「こんな風に食べた事なかったからさ……」
あぁ、何この知らぬが恥感。結に言われると心が悲しくなると言うか…。結はマジで驚いていた。まともに飯も食えないって思われたよね、惨めだけど間違ってはない。
「食べた事ないなら仕方ないけど。あんた家でいつも何食べてんの?」
「ん?いつも適当だよ」
バイトがある日は家にご飯はないし夜ご飯はあっても普通の一般家庭と同じだと思うけど結は怪訝な顔をした。
「適当ってなに?」
「え、だから普通の一般家庭と一緒。うちは両親共働きで家にあんまりいないから一人でチャーハンとか作ったり、お母さんいたら作ってくれるけどバイトある時はないよ」
「チャーハンだけなの?しかもないってどういう事?」
結は益々顔をしかめてくる。何かまずったのか私。普通だと思うんだけど庶民代表としては。私は結の顔色におやおやしながらまた答えた。
「……自分でやるから面倒臭いからチャーハンだけだよ。たまに買うけど。バイトの時は大体十時までバイトだから帰ってくると遅い時間だしなくていいって話しになってんの。バイト先でご飯食べたりしてるから」
「……ふーん。あんたバイトしてんだね」
「一応ね。お小遣いないし携帯代も自分持ちだし遊びに行ったりとかできないから」
「ふーん。……バイト何か楽しいの?」
結はまだ若干顔を歪めているけど最近はこれが普通なのかなと思うようになった。結はよく眉間にシワを寄せたりするけど可愛いからこういう事されるとメンタルに響くから気にしないようにしようとしている。私は笑って答えた。
「超楽しいよ。バイトは大変な時はあるけど友達できたしバイト終わりに皆でご飯食べたり休みに皆で出掛けたりさ。学校より楽しいよ」
悲しい事に私の青春はバイト先の皆のおかげで謳歌させてもらっている。高校に入ってから中学の友達とは自動的に疎遠になって友達ができなくて撃沈していたけどバイト先の皆と仲良くなって本当に楽しくいられている。学校では一人だけど。
結は私が言い終わってからなぜか真顔になって少し黙った。
「………………」
「……なんか……キモかった?」
この沈黙なに?どうしたら良いの?結って本当に掴めない。ていうか、こういう友達初めてでおやおやが止まらない。何か言おうか考えていたら結は急に笑った。
「別に。楽しそうで良いじゃん」
「え、あぁ、そうだね」
笑った結に内心動揺したけど結は少しつまんなそうに視線を逸らした。
「私も友達とは出掛けるけど……そこまで楽しい事を共有できてるとは思えないっつーか、いつも言い出すのが私だからかなぁ…。家の関係もあるけど相手が楽しんでるのか分からなくなって、泉みたいに心底笑ったりするのができなくなった気がする」
悩んでいるかのように言った結の言葉は何だか深くて何となく言いたい事が分かったような気がする。結はたぶん本音と建前が苦手なんだろう。まぁ、あんな心理戦みたいな事をしているのは日本人だけで態度や顔色からある程度察しないと空気が読めないウザいやつになる。
多少はできないと困るけど人によっては分かりづらい事に変わりはないし、こればっかりは皆やってるけど難しい話だ。
「いつも結が言うの?」
私は聞いてみた。結の事はよく分からないけど結の人に対する姿勢はとても良いと思うし何を考えているのか知りたいと思った。
「そうかな。楽しそうに笑ったり話したりするのを見て誘ってみたりするけど自分が誘われるのは少ないし、毎回やってるとこれは私の独り善がりなのかな?って思う時がある。私は何でもはっきりさせたいから嫌なら言って良いんだけどね、あぁそうなんだって思うだけだから。それだから、態度か言葉ではっきりさせてほしいけど、それもよく分からないし」
「なるほどねぇ…。それは人によるんじゃない?結は積極的で何でもちゃんと言うけど皆がそうじゃないじゃん。できない人は必ずいるし、そういうのって性格みたいなもんだから直すの難しそうだし」
人間関係の悩みは尽きないけど生きていくのに一生考える事な気がする。結は真面目だから普通の人よりはるかに考えて悩んでいるのかもしれない。結は私の思った通り真面目に答えてきた。
「……確かにね。じゃあ、適当に合わせてやって行けば良いのかなって思うけど、私はちゃんとやりたいから悩むの。私はずっと友達でいたいけど友達なんかいつまで友達か分からないし、私じゃなくて私の家の会社に興味があるから一緒にいるのかもしれないし、考えると頭が痛くなるわ。……私の家に興味があるやつとか、体に興味があるやつは見分けられるようになったと思うんだけど……相手が女だと情が生まれる事があって鈍るの。仲良くしたいのかも分からなくなって、好かれてるのか、好きなのかもどうなのかなって思うし……私もまだまだガキだから仕方ないけどさ」
話を聞いて何かあったのかなと思うと切なくなるけど結のこの誠実な人柄に私は応えたいと思った。
「だったらさ、私と一緒にどっか遊びに行っていっぱい思い出作ろうよ」
「……はぁ?」
私は結に意味分からなそうな顔をされたけど本当に思った事を言った。
結は真面目だから簡単に考えたり軽く考えたりできないのは分かったけど友達と仲良くするって単純な事だと思う。だって楽しいから遊ぶんだし、その中には好きだから、話が合うから、食べ物の好みが一緒だからって沢山の理由があるけどまずは率直な自分の気持ちに従えば良いんじゃないのかな。一から順に数学みたいに式を立てて考えるのは良いけど人が仲良くなるってそういう事じゃないと思うから。
「だからね、私は結が好きだし仲良くしたいからこれからいっぱい遊んで思い出作ったら良いと思うんだよ、千秋とかも誘ってさ。そしたらさ、そんな事考えられない位楽しくいられるよ絶対。結が真面目に考えちゃうのは分かるけど、友達になるのってちょっと話してみたら楽しかったから仲良くする、的な感じで良いと思うんだよね。軽いかもしれないけど結局は気持ちじゃん」
「……何か自信満々だけど、あんたと仲良くして楽しくなれるの?」
結は鼻で笑ってから呆れたように言ったけどピアノがあんなに楽しかったし私達は何だかんだ合っている気がしていたから私は笑って頷いた。
「もちろん。学校では友達いなかったけどいろんなとこに遊びに行ったりしてるから色々教えてあげられるよ。結も私の事好きみたいだから絶対楽しくなれると思うし」
少しさっきの事を掘り返してやったら大きくため息をつかれたけど結はにっこり笑った。
「この私にそんな事言うなんてバカなくせに生意気。だけど、楽しそうだから泉に付き合ってあげる」
「うん!絶対楽しいよ」
「ふふ、泉ってバカなのに明るくて笑えるわ」
上品に口許に手をやって笑う結は本当に楽しそうで私は嬉しくなった。結との関係は浅いけど私は結に楽しくいてほしい。結はあんまり楽しそうに笑ったりしないけど私はもっとこうやって笑ってほしいと思った。
「バカだけど明るさが取り柄なんです!」
笑う結に抗議するように言うと結は更に笑った。
「普段すんごい仏頂面だけどね」
「……ねぇ、それ言わないで?傷口に塩を塗らないでマジで…」
「何回でも言ってやるっつーの。でも、あんたの仏頂面は笑えて私は好きだわ」
「笑えて好きって……ネタじゃんそれ!!」
痛い所を突いてきた結は本当に楽しそうな顔をした。私はふざけてしまったけど、また結に胸が高鳴ってしまった。
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