『傭兵』と『冒険者』を例とした言葉の使い分け論。

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本論。

「傭兵」と「冒険者」について。


1:言葉は、意味が違うから複数存在する。


 人間は、日常的に言葉を使用しています。この言葉というものは、この世の中に沢山溢れています。それこそ、一生懸けても覚えきれない程に。

 そんな数の多い言葉には、1つ1つちゃんと意味があります。より正確には、当事者にとって意味があるから言葉なのです(この『意味があるから言葉がある』は、哲学的に議論しても良いですが、それは本論の趣旨とズレるためこのまま進めます)。意味のないもの(若しくは知識が無くてわからないもの)は、単なる文字情報でしかありません。例えば、「あかさたな」は意味のない文字情報ですし、「Большой」も、ロシア語であると知り且つ言葉の意味を知らなければ文字情報でしかありません。

 人間は、意味を1つ1つ理解して、文字情報を『言葉』として使っているのです。

 そして、意味が違えば言葉も違います。勿論、複数の意味を保有する言葉もありますし、殆ど同じような意味で使われる複数の言葉もあります。しかし、『こういった意味を表す言葉を造りたい』ということが、歴史上の一時点で起きたからこそ、言葉というものは生み出されている筈です。

 もし『こういった意味』というものを、既存の言葉で言い表せるのならば、その既存の言葉に意味が追加されるでしょう。しかし、もし『こういった意味』に該当する言葉がなければ(或いは、既存の言葉で言い表せないと判断されれば)、新たに言葉が創造されるのです。

 例えば、『十分』と『充分』の2つの言葉。使い分けていない方もいらっしゃるかもしれませんが、これらには明確な意味の違いがあります。『十分』とは『量的に不足感の無い状態』を指す言葉です。一方『充分』とは『感覚・感情的に不足感のない状態(=充ち足りた状態)』を指す言葉なのです。もし、『量的にであれ、感情的にであれ、不足感の無い状態は「十分(又は充分)」だけで言い表せる』と思えば言葉は1つしかなかったでしょう。しかし、そう思わなかった人がいたからこそ、『十分』と『充分』という、2つの言葉が生み出されているのです。

 こうした経緯を辿って、言葉はこの世の中に氾濫する程大量に存在すると言えるでしょう。



2:『傭兵』と『冒険者』について。

 では、前置きは以上にして本題です。


 『傭兵』と『冒険者』は違うのか?


 答えは、『違う』です。『十分』と『充分』の例を出しましたが、その例以上に、明確な違いがあるのです。

 少しずつ考えていくことにしましょう。


 まずは『傭兵』。歴史を紐解けば古代ギリシアの時代からあった、この職業を言い表す言葉は、『雇用関係にある兵士』の意味です。特定の使用者(雇い主)と、『ある戦闘という仕事をして欲しい、その仕事をすればこれだけの(金銭的)対価を与えよう』という契約を結び、戦闘をして対価を得る労働者、と言って良いでしょう。

 一方の『冒険者』。これは、その言葉通り、『冒険をする者』の意味です。『冒険』にはバリエーションが多数あり、例えば『財宝を探す』、『未開の地を切り拓きに行く』、『魔物討伐をする』などが挙げられるでしょう。ですので、『冒険をする者』を更に言い換えれば、『特定の目的のため、定住地を離れて行動する者』ということになるでしょう。

 こうして並べて見ると、『傭兵』と『冒険者』とは、大分意味が違う言葉だと分かります。


 この2つを明確に分けるために、幾つかの場合を考えてみるのもよいでしょう。

 例えば、『冒険者ギルド・・・・・・』に所属する所謂『冒険者』は、『傭兵』か『冒険者』か、を考えてみましょう。

 『ギルド』という組合に加入するという契約を経て、仕事をし対価を得る、という点で見れば『傭兵』ではないかとも思えるでしょう。

 私の意見としては、『ギルド加入した者』は、基本的には『冒険者』という括りだと思っています。『傭兵』は、言葉通り『士』です。『兵士』とは、或る組織が別の組織と戦う際、その組織の戦闘員として構成される者、と考えています。

 ですので、『或るギルドが別のギルドと戦争になった時、戦闘員として雇っている存在』がいるとすれば、それは間違いなく『傭兵』です。しかし、『或るギルドに所属し、そのギルドが請け負っている依頼を受け、その依頼を達成する目的で遠隔地に行く者』という『ギルドに加入した者』は、『冒険者』と呼ぶのが適切です。



3:言葉を使うためには、知らなければならないか?

 ということで、『傭兵』と『冒険者』は全く異なる言葉です。意味によって使い分けなければなりません。

 ところで、『使い分ける』ためには何が必要でしょうか。

 その答えは、『知ること』。そもそも、意味を知らなければ言葉として認識することもありません。『傭兵』という言葉を知らず、『冒険者』という言葉しか知らなければ、『傭兵』と『冒険者』の使い分けなど出来る筈もありません。

 しかし、ここで留意してほしいのは、全てを知る必要はないということです。よりはっきり言いますと、『傭兵』なんて言葉を知らなくても、『傭兵』と『冒険者』の使い分けは可能です。

 例えば、あなたが『冒険者』という言葉しか知らなかったとしましょう。生まれてこの方、『傭兵』なんて言葉を見聞きしたことがない、と。それでも、『冒険者』という言葉を知っています。

 ここで『冒険者』とは何か、ということを2項目の定義のようにきちんと考えれば、使い分けることは可能です。

 『A国に入って、B国と戦うための人になった』であれば、『冒険者』ではないな、と判断できる筈なのです。

 なら、どういう言葉を使わなければならないか。インターネットで調べて『傭兵』と言う言葉をそこで初めて知るかもしれませんし、調べずに自分で『雇兵』という言葉を生み出すかもしれません。そんなものは、どちらでも良いのです。


 知ることは、勿論必要です。言葉の意味だろうとルールだろうと、知らなければ調べたり人に訊いたりすれば良いでしょう。

 しかし、人間という生き物には、論理的に物事を考える力が大なり小なり備わっています。まして小説家というものは、アマチュアであれプロであれ、基本的には文字の力で人の心を動かさなくてはなりません。

 折角持った考える力を使わずに、『取り敢えず「冒険者」って言葉があるし、それを使ってしまおう』としてしまうのは、文字を扱う者としてはあまりにも投げ槍です。それは、知っている・知っていない以前の問題だと私は思います。

 広大な語彙の砂漠から、適切な言葉という砂を選別し、使用する。そんな、自分の使う言葉にこだわるということも、必要なのです。

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『傭兵』と『冒険者』を例とした言葉の使い分け論。 n00ne @noone_novel

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