『言質遠聴』編

第20話 助手は猫が好き

 コルカ王国の東領。商業区画の最果てに有る一軒家。

 何の看板も立って居ないその建物だが、そこは『リビィの探偵事務所』と呼ばれ、悩みを持った人間がこっそりと足を運ぶ場所となって居る。

 そんな事務所の中で、今日もぼんやりと空を眺める男が一人。

 長谷川平、17歳(仮)。一応、この物語の主人公である。


「ふあああぁあぁ……」


 寝ぼけ眼を擦りながら、ミィケが淹れてくれたコーヒーを口に流し込む。

 時刻は既にお昼過ぎ。

 社会人が起きるには遅すぎる時間だ。


「今日も平和で何よりですなあ……」


 窓から外を眺めながら、もう一度アクビをする。

 今日は昨日解決した事件の報告書を書かなければいけないのだが、天気が良すぎてやる気が出ない。


「大体、書類整理を全部助手にやらせるとか、どうなのよ……」


 机の上にある大量の書類を見て、大きく溜め息を吐く。

 我が主、探偵官のリビィ=マーブル。

 最近は姉のリビィとタッグを組み、俺抜きで事件を解決して居るらしい。


(探偵が二人も居れば、助手なんて必要無いって事かね)


 二人の意図は分からないが、俺の力が必要無いのなら、それに越した事は無い。


(探偵タロットは、この世界ではチート過ぎるからなあ……)


 便利な物に慣れすぎると、それを失った時に苦労する。

 助手になった手間、こう言うのも難だが、二人には探偵タロットの力無しで頑張って頂きたいものだ。


「さてと……」


 いつもの一人会話が終わり、そろそろ仕事を始めようとする。

 そんな俺の視線の先。


(……猫だ)


 窓の向こうにある塀の上。

 シュッとした体に真っ黒な毛並み。うつ伏せの状態でジッとこちらを睨んで居る。


「……」


 ふと気が付き、口を開く。


「ねえ、ミィケ」


 事務所の反対側に居たミィケが、呼び声に答えて横に来る。


「どうかしましたか?」

「ああ、うん」


 猫を真っ直ぐに見詰める。


「例えばさ、何かを遠隔操作して、遠くを見る魔法とかある?」

「聞いた事はありますが、実際に見た事はありません」


 それを聞いて納得する。


「成程ねえ……」


 こちらを見ている猫の瞳。

 青と黄色のオッドアイ。


(……うん、見られてるわ)


 あんな猫、普通に居る筈が無い。


(しかし、俺らの事を監視する必要なんてあるか?)


 確かに俺は、この異世界に来てから、2つの大きな事件を解決した。

 しかし、この国には、俺以上に大きな事件を解決して居る人間が沢山居る。

 それを考えたら、わざわざ俺を監視する必要など無いはずだ。


(……よし)


 だから、俺は決めた。

 ここは敢えて、窓を開けてみよう!


「……」


 ゆっくりと立ち上がる猫。

 空を見ながらアクビをした後、ヒョイと飛んで事務所に入って来た。


「よろしいのですか?」


 含みのあるミィケの言葉。

 どうやら今の会話で、ミィケも猫の正体を察したようだ。


「良いよ。俺、猫好きだし」


 ニコリと微笑むミィケ。

 その表情は、リビィや女の客が来た時よりも、余程好意的だった。


「この子、何て言う名前でしょう?」

「分からないけど、多分正式な名前があるから、とりあえず猫と呼ぶ事にしよう」

「そのままですね」

「分かり安いでしょ?」


 その言葉にミィケが笑う。

 そう言う事で、只今を持って、この事務所にスパイが侵入しました。


「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

「うん、ありがとう」


 何事も無かったかのように会話をする。

 まあ、ここに侵入したからと言って、国に関わる重要な話をする事も無いし、放って置いても大丈夫だろう。

 ……等と、楽観視をして居たら。


「平君! 大変だよ!!」


 はい来ました。お決まりの展開。


「レイン帝国との交流会に! 私達が探偵として招待されちゃった!」


 他国との交流会か。これは間違いなく、国に関わる重要な案件ですわ。


「あ、でも、今回は探偵って言うのは秘密で、普通の招待客としての参加だよ」


 ウインクをするレビィ。

 ああ……凄く見てる。

 猫が真っ直ぐにレビィを見て居るよ。


「交流会って、お互いの親交を深める会の事だろ? わざわざ探偵を呼ぶ必要あるか?」

「甘い! 甘いよ平君!」


 レビィがビシュっと指差す。


「交流会なんて所詮表向きの言葉。本来の目的は、相手国の情報収集の場なんだから!」


 はあ、そうですか。

 そして等の本人は、既にそれが始まって居る事に、気が付いて居ないと。


「平君! ちゃんと話を聞いてる!?」

「うん、聞いてます」

「凄く重要な話なんだからね!」


 本当にそうですね。


「それで、今回は私達の他に、もう一人サポートとして探偵が付きます」


 よし、本当に困ったね。

 でも、どうしようも無いから、このまま話を進める事にしよう。


「それで、その探偵って言うのは?」

「うん、まだ見習いの探偵なんだけど……」

「こんにちはあ!」


 女性の大きな声と共に、入り口の扉が勢い良く開く。

 そこから現れたのは、篭一杯に入った野菜を持った、健康的な女性。


「よっこらしょっと」


 野菜篭を机の上に置き、満面の笑みでこちらを見る。


(背が大きい……)


 身長は俺とほぼ同じ。目はパチリとして居て活発的な印象。燃えるような赤い髪を肩の所で束ねて居て、服装はボディラインがクッキリと出る茶色の作業着だった。


「貴方が噂の長谷川君かい?」


 女性がコクリと首を傾げる。


「そうです。貴女は……」

「ルビー=マーブル。マーブルファイブの3女です」


 頭を下げるルビー。

 俺の目に映ったのは、茶色いチェックのシュシュ。

 成程、茶色のチェックは、マーブル姉妹のトレードマークなのか。


「ふぅん。成程ねえ……」


 窺うように俺の事を見るルビー。


「何か?」

「いやぁ、リビィ姉さんに聞いて居た印象と、少し違うから」

「どう違うんですか?」

「ちょっとオジサン臭いかな」


 うむ、的を得ている。


「本当に17歳なの?」

「どうでしょうね」

「ふぅん。まあ、良いけどさ」


 ふふっと笑い、机に腰かける。


「取り敢えず、挨拶がてらに私が育てた野菜を持って来た。良かったら食べて」

「ありがとうございます」

「はは、敬語なんて水臭いなあ。気にせずに気軽に話し掛けてよ」


 気さくに笑うルビー。

 その出で立ちはとても自然で、初めて会ったのに他人の感じがしなかった。


「それで、私の能力の事なんだけど……」

「あ、それは……」

「私の能力は『言質遠聴』って言って、遠くの音を感知出来るんだ」


 ……ああ、言ってしまった。

 これで完全に、こちらのアドバンテージは失われました。


「ほら。こうやって魔法鍵を掲げると……」


 ルビーが赤色の魔法鍵を掲げる。

 しかし、次の瞬間目を丸めて、机からストンと降りた。


「ああ!? 畑がカラシュに教われてる!」


 慌てた表情を見せるルビー。


「行かなきゃ! 長谷川君も手伝って!」

「え? でも、俺は書類を……」

「そんなの良いから!」


 俺の手を掴み、ルビーが強引に走り出す。

 俺が困った表情でレビィ達を見ると、レビィ達は苦笑いでこちらに手を振って居た。

 

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