第7話 吐いた言葉は飲み込めない

 レビィが姿を消して、おおよそ10分。

 右奥に有る階段から足音が聞こえて、一人の男が現れる。

 服装は昼間に見た貴族風の衣装。

 東の4領主の一角、レイモンドだ。


「どうだ? 当家の牢獄の居心地は?」


 鉄柵の前で胡座を掻いている俺を、嬉しそうな表情で見下ろす。


「少しジメジメしてるけど、片付けをして居ない俺の部屋よりは快適かな」

「はっ、戯れ言を」


 鼻で笑った後、俺に背を向ける。


「お前も馬鹿な男だ。あの場に現れなければ、普通の生活が送れたものを」

「仕方ないさ。あれが真実だったんだから」

「真実ねえ……」


 やれやれと首を振った後、再びこちらに視線を向ける。


「しかし、お前の真実など、私の力を持ってすれば、虚実にしかならん」


 レイモンドが堂々と言い放つ。

 聞き方によっては自分が嘘を付いたと言って居る様なものだが、まだ作戦は始まって居ないので、黙って居る事にした。


「それよりもだ」


 視線を下に落とし、ズボンのポケットをまさぐるレイモンド。

 取り出したのは、青く光る一枚のカード。


「お前はこれを魔法鍵では無く、道具だと言ったな?」


 投獄された時に無くなって居た探偵タロット。どうやらレイモンドが隠し持って居た様だ。

 しかし、それならば話が早い。

 作戦スタートだ。


「何でアンタがそれを持ってるんだ?」

「そんな事はどうでも良い。それより……」


 レイモンドがニヤリと笑う。


「これが道具だと言うのならば、私にも使えると言う事だよな?」


 正解。

 そして、ここから心理操作の開始だ。


「……」


 レイモンドの質問に対して、俺はわざと何も答えず、苦い表情で舌打ちをして見せる。


「はっ! そうかそうか!」


 ゲラゲラと下品に笑うレイモンド。

 多分、投獄した奴に教える気は無い、などと勘違いを居るのだろう。

 そうなると、当然レイモンドはこう言う。


「分かった分かった。もしお前がこれの事を教えてくれるのなら、情状酌量の余地をやろうではないか」


 圧倒的優位から来る余裕の発言。

 情状酌量など本当はどうでも良いのだが、ここは敢えて反応をして見せる。


「……本当か?」

「ああ、信じて良い」


 レイモンドの口元がヒクつく。

 俺はその話に了承した振りをして、不機嫌そうに口を開いた。


「それは、探偵タロットと呼ばれる道具だ」

「ほう、タロットか」

「アンタの言う通り、道具だから魔力は必要無い。その代わり、俺以外が使うと能力が制限される」


 その答えに舌打ちが返って来る。


「私が何も分からぬと見て、嘘を言って居るのでは無いだろうな?」

「そう思うなら、そのタロットで確かめてみれば良い」


 ゆっくりと立ち上がり、レイモンドと対峙する。


「そのタロットで唯一誰でも使える能力、嘘の感知だ。タロットを目の前に据えて質問すれば、答えが嘘かどうか分かる」


 目を見開くレイモンド。

 俺は不機嫌な表情を保ったまま、レイモンドの事を眺めて居た。


「成程。では、試す事にしよう」


 言われるままにタロットを目の前に据えて、俺に向かって口を開く。


「質問だ。貴様の名前は何だ?」


 タロットでは無く、俺に対しての質問。

 俺が言った事の真意を確かめるのならば、間違っては居ない。

 しかし、面白味に欠けるので、少し不真面目に答える事にしよう。


「俺の名前は鯖野味噌汁だ」

「出身地は?」

「メソポタミア文明」

「年齢は?」

「10万24歳」

「好きな女のタイプは?」

「骨太」


 豪快に笑うレイモンド。

 少しの間笑い続けて居たが、やがて小さく咳き込み、言葉を放つ。


「私の事が憎いか?」


 ターニングポイント。

 俺は表情を隠さずに、素の怒りを込めて言い放った。


「……ああ、とても憎い」


 少しの沈黙。

 やがて、レイモンドがタロットを目から離す。


「成程。どうやら嘘では無いようだな」


 言った後、鼻で笑う。


「十分だ。この機能だけでも、私の活動には大いに役立つだろう」

「そうか。それは良かったな」


 素っ気ない返事を返すと、レイモンドが嬉しそうな表情で鉄柵に近付いて来た。


「しかし、弱者とは悲しい生き物だな。どんなに便利な道具を持って居ても、強者に搾取されて終わる」


 タロットをこちらに向けてヒラヒラする。

 俺が素早く手を伸ばすと、レイモンドも手を引っ込めてゲラゲラと笑った。


「どうせお前は直ぐに死ぬのだ! 持って居ても仕方ないだろう!」


 抵抗を楽しむレイモンド。

 どうやら、完全に勝った気になって居るようだ。


(それじゃあ……やるか)


 心理操作は終わった。

 後は流れに乗るだけだ。


「……滑稽だな。レイモンド」


 反撃の狼煙。

 レイモンドの笑顔が瞬時に固まる。


「そのタロットの性能が分かったのなら、お前が俺にされて居た事も分かっただろう?」


 そう言って、鼻で笑って見せる。


「門前での悲劇のヒーロー気取り。そのタロットに嘘と表示される度に、俺は呆れが止まらなかったよ」


 固まったままのレイモンド。

 やがて、視線だけをこちらに向けて来る。


「……そうか。見ていたのか」

「ああ、タロット越しに、しっかりとな」


 次の瞬間。

 レイモンドは鉄柵の間から腕を伸ばし、俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「あいつが悪いんだ!!」


 叫ぶ。


「私は努力をしてこの地位を得たのに! あいつはそれに便乗して! 民衆に媚びを売ってばかり居たのだぞ!!」


 裏表の無い心の叫び。


「それなのに! あいつは私の活動を否定した! あいつは……!」

「違います!!」


 その叫びに割って入る女性。

 それは、胸に手を当ててこちらを見て居たメイドだった。


「旦那様の活動は日に日に苛烈になって居ました! ですから! 奥様は旦那様のお身体を案じて……!」

「黙れ!!!!」


 メイドに向けて俺を突き飛ばす。


「あいつが優雅な生活を送れて居たのも! 全て私のお陰なのだぞ! 全てな!」

「それは分かっております!!」

「分かっておらぬ! だから! だから私がこの手で……!!」


 悪手。

 しかし、もう止まらない。



「この手で殺したのだ!!!!」



 はい、終わり。

 とても簡単な作戦でした。


「私は悪くない! 全ては! 全てはあいつが勝手な事を言うから……!」

「はい。もう良いでーす」


 音声拡張。

 牢獄に俺の声が鳴り響き、レイモンドが驚きで言葉を失う。


「いやいや。熱弁お疲れ様でした」

「お、お前……?」


 俺の口元に存在する青色のカード。

 お馴染み、探偵タロット。


「何故それを!?」

「言っただろ? 探偵タロットは『道具』なんだ。スペアがあっても不思議は無い」

「しかし! 投獄前に身なりの確認は……!」

「そんな事はどうでも良いんだよ。それより今は……」


 ゆっくりと立ち上がり、部屋の端に置かれて居るベッドを見る。

 ゴソゴソと音を立てるベッド。

 やがて、ベッドの下の隙間から一人の女性が現れる。


「あー狭かった」


 茶色いチェックのマント。

 作戦提案者、レビィ=マーブル。


「でもまあ、これで作戦完了だね」


 彼女はマントに付いた埃を払い、レイモンドを見てニコリと微笑んだ。

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