第6話 ごり押しの異世界
「とりあえず互いに自己紹介!!」
「長谷川平です」
「レビィ=マーブル!」
互いに名前を言い合い、鉄柵の合間から握手をする。
「平君は何歳なの?」
「秘密です」
「じゃあ17歳って事で! 私は18歳だから平君より年上だね!」
「あ、はい。そうですね」
適当に答えを返す。
満足げな表情をして居るレビィ。
何が楽しいのかは分からないが、これから色々と教えてくれる様なので、黙って見守る事にしよう。
「それじゃあ、平君の疑問に答えるね!」
レビィがビシッと人差し指を立てる。
「まず! この国で起こる事件の犯人を特定する方法ですが!!」
言った後、間を開けるレビィ。
俺はゴクリと息を飲み、答えを待つ。
「事件が起こって! こいつが犯人だと皆が思ったら! そいつが犯人です!!」
牢獄に響くレビィの声。
そして、少々の沈黙。
「……え?」
「要するに、その時の状況とか皆の証言から、犯人を特定するって事」
再び沈黙。
しかし、黙って居る訳にも行かず、思った事を口にした。
「無理矢理だな」
「そう。無理矢理なんだよね」
レビィがクスリと笑う。
「でもさ、誰も見ていない所で事件が起きたとして、どうやって犯人を特定する?」
その言葉を聞いて、思わず黙る。
「平君は捕まる前に指紋? みたいな事を言ってたけど、この国では平君が住んで居た場所の様に、特定の人物を定める証拠ってのが存在して無いの」
そこまで言われて、やっと納得する。
それならば、レビィの言うように、状況証拠や証言から犯人を『決める』しか無い。
(しかし……)
苦い表情で唇を噛む。
この国のルールがそうで有るのならば、ここに居る俺もそれに従うしかない。
しかし、俺は探偵タロットのおかげで、皆が分からない『真犯人』を特定出来てしまう。
つまりそれは、無実の罪を着せられた人間を、黙って見過ごす事に繋がるのだ。
(そう、彼女の様に……)
部屋の端で静かに立って居るメイド。
彼女は俺達の会話を聞いて、何を思って居るのだろうか。
「どうやら平君は、メイドさんの事が気になって仕方が無い様だね」
図星を突かれてドキリとする。
俺を見てニヤニヤと笑って居るレビィ。
そして、俺の心を分かって居るかの様に言い放った。
「私も彼女が犯人では無いと思う」
目を見開く俺。
「でも、あの殺人は『彼女にも出来る』。だから、どんなに不確定要素があったとしても、『この国では』彼女が犯人になる」
ハッキリと言い切るレビィ。
それに対して、俺は。
「……そんな事は、もう分かってるんだよ」
吐き出す。
「だけどな!」
吐き出す!
「アイツは自分の妻が死んだってのに! わざわざ一張羅に着替えて! 堂々と大衆の前に現れたんだぞ!!」
吐き出す! 吐き出す!
「それが気に入らなくて調べて見たら! 髪に妻の血痕は残ってるし! ナイフに指紋も残ってるし……!」
吐き出す! 吐き出す! 吐き出す!
「そんな状況で偉そうにしてる奴を! 黙って見過ごせる筈が無いだろ!!」
吐き出す!!!!
「だから……!!」
途中まで言いかけて、唇を強く噛む。
分かって居るんだ。
自分の言って居る言葉が、この国では意味を持たないと言う事は。
「だから、俺は……」
言葉を溢して項垂れる。
どうして、こんな事になったんだ?
こんな事になるのならば、事件に首を突っ込むべきでは無かった。
黙って『大抵の人間』で居れば良かった。
言葉だけが牢獄に響き、心が沈んで行く。
もう、疲れた。
何も考えたく無い。
(……)
そんな時。
「……貴方は、優しい人です」
後ろから聞こえて来る、声。
「だから、気にしないで下さい」
ゆっくりと振り返る。
そこには、少しだけ首を傾けて、こちらに微笑み掛けて居る女性。
「この事件は私が犯人。それで良いんです」
そんな女性の頬に。
ポツリと、雫が落ちる。
「それで……良いんです」
落ちる。
「……」
俺は一体何をやって居たのだろう。
レイモンドの行為に腹が立ったとか、本当はどうでも良かったんだ。
(俺は……)
そう、俺は。
(彼女が真に悲しんで居たから、助けたいと思ったんだ)
忘れて居た。
それこそが、真実。
この異世界のルールなど関係無い、俺自身の真実だ。
「……うん、良く分かった」
ふっと鼻で笑い、メイドに微笑みかける。
「やっぱり俺は、アンタを犯人にする事は出来ない」
目を丸めるメイド。
そんな彼女を無視して、俺はレビィに視線を戻す。
「なあ、レビィ」
相変わらず微笑んで居るレビィ。
とても無垢な笑顔。
だけど、俺は最初から分かって居た。
「俺とレビィが協力すれば、レイモンドを犯人に『出来る』んじゃないか?」
内容すっ飛ばしの会話。
だけど、彼女はそれでも分かる。
何故ならば、彼女も『大抵の人間』から外れた人間なのだから。
「ふ、ふふふ……」
俯いて笑いを堪えて居るレビィ。
しかし、もう我慢出来ない。
「やっぱり平君は面白いね」
そう言って、素早く顔を上げる。
無邪気な笑顔。
しかし、もう『無垢』では無い。
「だけど、やっぱり私の見立て通りの人だったよ」
嬉しそうなレビィ。その視線を見て俺は恥ずかしくなり、横目に頬を掻く。
「アイツ本当にムカつくよね。でも私も事件現場を見た訳じゃないから、どうするか迷って居たんだ」
「そしたら、俺が飛び出して行った訳だ」
「そうだね。平君最高。凄く面白かった」
レビィが声を出して笑い、俺は鼻で笑う。
「さてと、そろそろ時間だね」
そう言いながら、レビィが腰にぶら下げた懐中時計を確認する。
「あと10分位したら、レイモンドがここに来る。自分を馬鹿にした平君を罵りにね」
「だろうなあ」
「そしたら、平君はこれをやって欲しいの」
レビィが俺に手招きをする。
俺がレビィに近付くと、レビィは耳を引っ張り、小声で指令を伝えて来た。
「……そんな事で良いのか?」
「うん。簡単でしょ?」
レイモンドの性格を考えると、この指令は簡単に達成出来るだろう。
しかし、問題はそれを達成した後だ。
この作戦でレイモンドを犯人には出来るだろうが、それでこの事件は終わらない。
そして、流石のレビィも、そこまでは思考が到達して居ない様だ。
(……まあ、良いか)
そんな事を思い、黙って頷く。
楽しそうに笑って居るレビィ。
それに対して、小さく息を吐く俺。
この異世界では、科学証拠が使えない。
だけど、それによって真犯人は分かる。
それならば、この異世界のルールに従った上で、『力技』で犯人を捕まえる事にしよう。
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