第5話 再スタートは獄中で

 意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。

 最初に目に映ったのは、湿気を帯びた石造りの天井。

 次に背中が濡れて居る事に気が付き、冷たさから素早く起き上がる。


(ここは……)


 朦朧とする意識の中で周囲を伺う。

 見えたのは、汚れた石壁と錆びた鉄柵。

 ……ああ、そうか。

 どうやら俺は、レイモンドに捕まり、牢獄に閉じ込められてしまった様だ。


(やれやれ……)


 小さくため息を吐きながら、濡れてしまった背中を覗き込む。

 お気に入りだった灰色シャツ。

 紺色のズボンも所々濡れていて、肌寒く感じる。


(まあ、牢獄何てこんなもんか……)


 そんな事を考えながら、視線を上げたその先。

 部屋の端で姿勢良く立って居たのは、エプロンが血塗れのメイド。


「おあっ!?」


 突然の不意打ちに、変な声が出てしまう。


「な、何でここに……!?」


 言った後、改めて納得する。

 良く考えて見たら、あのメイドは妻殺しの犯人にされてしまったのだ。

 俺と同じく牢獄に入れられた所で、何の不思議も無い。


(とは言え……)


 直立不動のまま、静かに目を閉じて居るメイド。

 ハッキリ言って、気まずい。


(……声を掛けるべきだろうか)


 胡座をかいたまま、メイドの事を眺める。

 紫色のショートカットに長いまつ毛。背は低いがスレンダーで、一般的に見ても可愛いと言える部類の人間だろう。

 しかし、正直俺は可愛い女が苦手だ。


(女と絡む事なんて、あまり無かったからな)


 前の世界で働いて居た場所は、男ばかりの詰まらない職場だった。

 休日も家に引き籠って居たので、女と遊ぶ事など皆無。

 ましてや、メイドは異世界の女性なので、何を話せば良いすら分からない。


(だがしかし!!)


 狭い部屋で女性と二人きり。

 お互いに死地が迫って居る為、状況は正にロミオとジュリエット状態。


(ワンチャンあるんじゃない!?)


 モテたい。

 それは、異世界問わず全ての男の願い。

 例えどんな状況でも、行けると踏んだら行かなければ、後で後悔する。

 つまり! ここは勝負の時だ!!


「あ、あの……」

「うーん、とても邪な念を感じるね」


 勇気を持って踏み込もうとしたのに、後ろから言葉を被せられる。

 誰だ! 俺のワンチャンを邪魔するのは!


「うわあ! 凄い睨まれた!」


 鉄柵の奥で俺を見下ろしながら、無邪気に笑う女性。

 透き通るような薄桜色の髪に、パチリとした瞳。服は白いシャツに黄色いスカート。

 そして、それらの服を半分だけ覆っている、茶色いチェックのマント。


「俺を投げ飛ばした奴!!」

「正解!」


 両手で丸を作り、ふふっと笑う。

 見た目は高校生位なのだが、動作の一つ一つが滑らかで、清楚な印象を受ける。

 しかしこいつは、自分より一回り大きい俺の事を、軽く投げ飛ばした女だ。


(……武術の達人とか?)


 そんな事を思いながら眺めていると、女が笑うのを止めて話し掛けて来た。


「さっきはゴメンね。何か面倒事が起きそうだったから、投げ飛ばしちゃった」


 女がエヘヘと頭を掻く。

 俺は上位者に逆らったのだから、捕まるのは当然だろう。


「でも、惜しかったね」


 淡々と言葉を続ける女。

 そして、放つ。


「もう少しで、レイモンドを『犯人にする事』が出来たのに」


 少しの沈黙。

 やがて、俺の凍った時間が溶ける。


「はい?」

「だから、もう少しでレイモンドを犯人にする事が出来たのにね」


 女が言った言葉を、頭で理解する事は出来る。

 だけど、何故その様な言い方をして居るのかが分からない。


「……いやいや、犯人は元からレイモンドだから」

「え? 何で?」

「俺がきちんと証拠を示したじゃないか」

「あれで?」


 女が首を傾げる。


「良く分からないけど、君が提示した証拠は、不十分で受理されなかったよね?」


 ……

 そう言えば、そうでしたね。


「私からすれば、君は色々とでっち上げて、レイモンドを無理矢理犯人にしようとして居た様に見えたけど?」


 はい、その通りです。

 特に後半は、科学証拠が無効だと分かり、ごり押しで何とかしようとしました。

 しかしですよ?


「一つ、聞きたい事があるんだけど」

「ん? 何かな?」

「この世界って、どうやって事件の犯人を特定して居るんだ?」


 何気無く言ったその質問。

 それに対して、目の前に居る女は。


「この世界?」


 そこを強調して、静かに微笑んだ。


(しまった……)


 微笑む女を見て、苦笑いが出そうになる。

 だけど、ここでその表情は駄目だ。

 ここは知らない振りをして、黙って女の答えを待つのが最適解。


「この世界って、何なのかなー」


 当然のように、違和感のあった場所を突いて来る女。

 俺は黙ったまま、彼女を見詰め続ける。


「うーん。まあ、良いかあ」


 無邪気に言った後、女が小さく笑う。

 それを見て、俺は心の中でほっとした。


「それじゃあ仕方無いから、無知な君に色々と教えてあげようかな」


 女が腕を組んで鼻を鳴らす。

 俺はそれに微笑みを返した後、ゆっくりと立ち上がり、鉄柵越しに彼女に近付いた。

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