第4話 ファンタジーの開幕

 例え同じ世界に住んで居たとしても、価値観や文明の違いから、相手に物事が上手く伝わらない事がある。

 ましてや、今俺が居る場所は異世界だ。俺の住んで居た場所とは、文明や価値観が違うのは当然の事。

 それなのに、俺はそれを完全に見逃していた。


「もう一度聞くが、そのナイフに付いている指紋が、どうして私の物だと言えるのだ?」


 レイモンドからの反撃。

 俺は小さく息を飲んだ後、必死に『この世界での』正しい答えを探す。


「それは、人間の指紋と言うのは、一人一人違う形をしていて……」

「はあ? 何を言ってるんだお前は?」


 レイモンドが余裕の表情に変わる。


「人間など腐る程居るのだ。同じ指紋を持つ者など、他にも居るに決まっているだろう」

「いや、それは違う……」

「大体何なのだ。先程からその魔法鍵を使って色々と説明はして居るが、それが正しいと言う根拠が無いではないか」


 それを言われて、思わず口走る。


「これは魔法鍵じゃ無くて道具……」


 途中で過ちに気付き、慌てて口を閉ざす。

 しかし、レイモンドがその隙を見逃す事は無かった。


「んん? 道具が何だって?」

「……いや、何でも無い」

「何でも無い訳が無いだろう。それが魔法鍵では無いと言うのなら……」

「とにかく!」


 大声で無理矢理話をねじ曲げる。


「今まで話した事柄から、アンタが犯人なのは間違いない!!」


 そう言って、俺はレイモンドをビシッと指差した。

 少しの静寂。

 やがて、群衆が小声で話し始める。

 

「……間違い無いか?」

「いや、どうだろう」

「少し無理が有る気がするが……」


 ご名答。

 今までの証言は、最後の指紋証拠が生きなければ成立しない。

 つまり、今俺は強引に、レイモンドを犯人にしようとして居るのだ。

 結果、レイモンドは……


「ふはははは!!」


 傲慢に笑い飛ばす。


「突然現れて偉そうな事を語り出したと思えば! 検討違いで私を陥れようとして居ただけか!」


 言った後、再びレイモンドは大声で笑い。

 笑い。

 そして。


「ふざけるな!!」


 怒号と共に俺を睨み付けた。


「東の4領主の一角であるこの私を! 妻殺しの犯人にしようとした大罪! 斬首だけでは済まされんぞ!!」


 権力者が持つ独特の威圧感。

 群衆もゴクリと息を飲み、俺の事を真っ直ぐに見詰めている。

 それに対して、肝心の俺は……


「……まあ、そうですよね」


 縮んだ。


(完全に失敗した!)


 心の中で頭を抱え、空に向かって叫ぶ。


(こんな事なら敬語使っとけば良かった! つか、何で逆らっちまったんだぁぁ!)


 表向きは苦笑いをして居るが、心の中では既に地面をゴロゴロと転がって居る。

 完全に調子に乗った。

 これで、俺の転落人生は確定。

 と言うか、俺は死ぬ。


(いや待て!)


 まだ終わった訳では無い!


「犯人は……レイモンドだ!」

「お前はまだそんな事を……」

「はっ!!」


 左手に持って居た探偵タロットを、レイモンドに向けてかざす。

 ビクリと体を震わせるレイモンド。

 その反応を見た俺は、素早くニヤリと微笑み、余裕の表情を作り直した。


「アンタの言う通り、俺の話して来た証言では、アンタを犯人だとは断定出来ない」


 タロットから適当な文字を出して、周囲の人間を威圧しながら続ける。


「だけど、俺にはまだやってない事がある」

「はあ? 今更何を……」

「現場検証だ」


 有無を言わさずに言葉を並べて、一度振り出しに戻す作戦。

 探偵タロットの能力はまだ看破されて居ないので、力技でペースを取り戻せるはずだ。


「今まで話した事は、ここで調べた事の結果だ。屋敷内を調べれば、アンタが犯人だと言う確実な証拠が見つかるはず」


 その言葉を聞き、レイモンドが焦りの表情を見せ始める。


「……わ、私は犯人では無いと、先程から言って居る。屋敷内を見ても同じだ」

「犯人で無いのなら、尚更屋敷内を調べさせて、身の潔白を証明するべきだろう」

「それも一理あるが、身分も分からぬ者を、私の屋敷に入れる訳にはいかず……」


 形勢が逆転し始める。

 このまま行けば、俺の処遇を先伸ばしに出来るかもしれない。


「アンタの妻を殺した犯人の事なんだぞ? しっかりと調べて、絶対的な犯人を断罪するべきじゃないのか?」

「そ、それは……」


 言い掛けて、首を横に振る。


「いや! 既に犯人は決まって居る! これ以上調べる必要は無い!!」


 開き直るレイモンド。


「犯人はそこに居るメイド! そして、お前はメイドの協力者だ! これで決定として、私はお前達を裁く!!」


 強引な方向転換。

 大人しく見て居た群衆も、これに対しては不満そうな表情を浮かべている。

 しかし、誰も進言はしない。


(……うーん、困ったぞ?)


 再び冷や汗が落ちる。

 こうなってしまえば、もう俺にはどうする事も出来ない。

 話を進める為に『わざと』やって居た高圧的な態度や挑発も、全て逆効果となってしまった。

 そんな俺に残された、最後の手段は……


「本当に……それで良いんだな?」


 そう言って、探偵タロットを見せつける。


「お前! 一体何を……!!」

「おっと? 迂闊に挑発して良いのか?」


 探偵タロットをヒラヒラと横に振る。


「残念ながら、俺の提案は強引に却下されてしまった。それなら、俺も強引な手段でこの場を凌ぐしかない」

「ぐっ……」

「まあ、俺は別にアンタをどうこうしたい訳じゃ無い。ここは大人しく真摯な態度を見せてくれれば、何もしないさ」


 レイモンドが苦悶の表情を見せる。

 魔法鍵の能力が分からない限り、安易な判断は死を招く可能性すら有り得る。

 自分の立場を重んじるレイモンドであれば、保身に走り俺を見逃すはずだ。


「わ、私は……」


 レイモンドが震える唇を開く。


「私は寛大な心を持って……」


 そうだ。

 言え。

 言ってしまえ!


「この男の事を……!!」


 貰った。

 そう思った矢先。


(……あれ?)


 天地反転。

 景色がグルリと回り、俺の頭が地面に打ち付けられる。


(これは……何だ?)


 意識が朦朧とする。

 左手から奪われる探偵タロット。

 そして、俺を上から見下ろす、茶色いチェック柄のマントを来た人影。


「間一髪だったね」


 女の声。

 笑って居る口元だけがハッキリと見える。


「おお! 貴女は……!!」

「挨拶は後で。今はとにかく、この失礼な男を拘束しましょう」

「そ、そうですな!!」


 レイモンドが叫び、二人の男が俺を掴んで持ち上げる。

 ズルズルと引きずられる俺。

 霞む視線の先に見えるのは、無実の罪を被せられてしまった、可哀想なメイド。


(これだから、異世界は……)


 遠退く意識の中、フンと鼻で笑う。


 正直、俺はもう疲れてしまった。

 これだけの事をしたのだし、この場で俺を殺す事は無いだろう。

 後は意識が戻った後で、どうするかゆっくりと考える事にしよう。

 



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