『言質収集』編

第2話 探偵気取りは最初だけ

 他人に意見するという行為は、時に大きな覚悟を必要とする。

 ましてや、相手が自分より格上の場合、意見する事自体に立場を危うくする可能性がある為、意見する事を諦める者が多いだろう。

 当然ながら、俺もそんな人間の一人である。



 ……そう、少し前までは。



「何だ? 貴様は?」


 見上げる程の大豪邸。そこに繋がる大きな入り口扉の前。

 群衆に囲まれながら、俺とレイモンドが対峙する。


「私に意見するとは、一体どこの出自……」

「俺が誰かなんて、どうでも良いんだよ」


 レイモンドの質問に対して、高圧的な言葉を被せる。


「本当は黙って居るつもりだったけど、アンタの言動があまりにも滑稽過ぎて、見るに堪えなくなった」

「なっ……!」


 先程までとは違う『怒り』の表情を見せるレイモンド。

 見た目格下の若僧が意見して来たのだ。本気で怒るのも当然だろう。

 そして、真に怒ったレイモンドは、問答無用でこう叫ぶのだ。


「衛兵! 衛兵はおらぬか!!」


 レイモンドの声に反応して、扉の左右に居た衛兵が近付いて来る。

 ここまでは、完全に予測通り。


(さてと……)


 ここからは、ある意味で賭けだ。

 このまま行けば、俺は何をする事も無く、衛兵に捕まってしまうだろう。

 しかし、俺はこの異世界に来て、先んじて確認した情報がある。


「……!?」


 胸ポケットから取り出したのは、探偵タロット。

 その青色に輝くカードを見て、衛兵達が目を丸める。


「青色の魔法鍵(スペルキー)……!?」

「レイモンド様! 下がって下さい!!」


 咄嗟にレイモンドの前に入る衛兵達。レイモンドも息を飲んで後ろに下がる。

 どうやら、賭けは俺の勝ちの様だ。


「何でお前がそんな物を持って居る!?」

「アンタには関係無い」

「そんな訳あるか! 特級魔法鍵だぞ!?」


 やはりこの世界では、色の付いたカードが『魔法』を使う鍵になるらしい。

 しかも、俺の持っている青色のカードは、一般的な魔術師が使うようなカードとは、格が違う様だ。

 脅しが効いて対話が成立すれば良いと思って居たが、これならば話の主導権を握る事も出来そうだ。


「さてと、レイモンドさん。俺と少し話をしようか」


 探偵タロットを向けたまま、レイモンドに言葉を促す。

 レイモンドは苦い表情で唇を噛んだが、立場上守られて居る訳にもいかず、衛兵を押しのけて俺の前に現れた。


「お前は何が望みなんだ!」

「だから、話をしようと言っている」

「本当にそれだけか!? それだけで、こんな反逆染みた行為を……!」

「良いから黙って質問に答えろよ」


 睨みを効かせてレイモンドを黙らせる。

 そんな俺達のやり取りを見て、群衆も完全に黙り込んでしまった。


(うん、良い状態だ)


 会話というものは、周囲の状況によって、言葉の重みが上下する。

 この状態であれば、出自不明である俺のような人間でも、言葉に力を持たせる事が出来るだろう。


(そう言う訳で……)


 小さく息を吐き、改めて覚悟を決める。

 ここからは、俺がレイモンドを追い詰めるか、それとも真相を誤って捕まるか。

 さあ、勝負の始まりだ。


「最初に、アンタに一つ質問がある」

「な、何だ?」

「何でアンタは、そこのメイドが妻を殺した犯人だと分かるんだ?」


 探偵なら誰しもが言いそうな、在り来たりな質問。

 レイモンドは待っていましたと言わんばかりに落ち着きを取り戻し、余裕の表情で口を開いた。


「簡単だ。メイドの傍らにナイフが落ちてるだろう。それが凶器だからだ」


 レイモンドの言う通り、メイドの傍らには片刃のナイフが落ちている。


「何でこれが凶器だと分かるんだ?」

「見て分からんのか? ナイフの刃には血が付いていて、妻の胸には刺し傷がある。これが凶器に決まっているだろう」


 自信満々に答えるレイモンド。

 しかし、彼の言った言葉だけでは、このナイフが凶器だと断定は出来ない。


(それに、このナイフが凶器だったとしても、メイドが犯人だとも言えない)


 少し考えれば、誰でも分かる事。

 それでも、俺はその事を追求せずに、黙って頷いて見せる。


(とりあえず、言質1だ)


 後の真実に繋げる為の、証拠の言葉。

 これを繰り返して、レイモンドの言葉の信用を無くして追い詰める。


(さて、次だ)


 一度息を吐き、呼吸を整える。


「次の質問だ。妻の服装は見た所寝間着なんだが、どうしてこの場所で殺されたのに、寝間着を着てるんだ?」

「ふん。大口を叩いた割に、お前は何も考えて居ないのだな」


 レイモンドが鼻で笑って見せる。


「我が妻はここでは無く、寝室で殺されたのだ。それならば、その服装も納得出来る」

「それじゃあ、何でその妻はここに居るんだ?」

「死体が見つからんように、移動させようとしたのだろう?」


 レイモンドがニヤリと笑う。


「まあ、モタモタして居たせいで、衛兵に見付かってしまったようだがな!」


 そして遂に、レイモンドは下品な声を出して笑い始めた。

 俺とレイモンドが対峙して、おおよそ十分程が経過した所だろうか。

 流石に民衆も今の状態に慣れてしまい、小声で会話を始めて居る。


「何と言う事だ……」

「ああ、クリスティーヌさま……」


 悲しみの感情。

 余程の賢女だったのだろう。誰一人彼女の事を悪く言わず、哀れみの言葉だけを口にして居る。

 そんな群衆を横目に見て、俺は不思議に思い首を傾げる。


(何で誰も怒って居ないんだ?)


 今までにレイモンドが放った言葉。

 確かに真実も含まれてはいるが、メイドの行動が想像の域を達して居ないので、証拠としては乏しい。

 それなのに、群衆がレイモンドの言葉を疑って居る様子が見えない。

 しかも……


(アイツは妻の亡骸の前で笑ったんだぞ?)


 これが一番おかしい。

 例えどんな状況だろうと、妻の亡骸を前に下品に笑った奴を、どうして群衆は罵倒しないんだ?


(これが、階級制度って奴なのか)


 上の者が言った言葉は、絶対。

 そうであるならば、この世界のシステムは根本的に間違っている。


(でもまあ……良いか)


 沸き上がった怒りを押し殺す。

 この世界がそう言う世界で在るのならば、そこの住人はそれに従えば良い。


 だけど、俺はこの世界の人間では無い。


 さて、次が最後の質問だ。

 この返答次第で、妻を殺した犯人が誰なのか、ハッキリと分かるだろう。

 この活劇の終わりは、もう見えている。


「最後の質問だ」


 余裕の表情を見せるレイモンド。


「アンタは、その凶器に触ったのか?」


 少しの沈黙。

 そして、レイモンドが放った言葉は。


「触る訳が無いだろう?」


 完全に予想通り。


「その短刀は妻方の家の宝剣だ。妻が常に腰に備えていた。例え夫であっても、それに触れるなどあり得ない」


 勝った。

 レイモンドはそう思ったはずだ。



 だけど、それこそが一番の悪手だ。



 準備は全て整った。

 この事件の犯人は、間違いなく目の前に居る男だろう。

 今からこの面前で、この男の化けの皮を剥がしてやろうじゃないか。

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