異世界探偵の助手になりました

桶丸

第1話 プロローグ『長谷川平の選択』

 例えば、目の前に困って居る『他人』が居たとして。

 自分にその問題を解決出来る力があった場合、どうするだろうか?


 正義感が強い人間ならば、直ぐに声を掛けて問題を解決するのだろうが、大抵の人間は、その後に降りかかるリスクを考慮して、その『他人』を無視するだろう。

 そして、俺もその『大抵の人間』の一人だと思って居る。


「おお! 何と言う事だ!!」


 見上げる程の大豪邸。そこに繋がる大きな入り口の扉。

 その扉の前で、貴族風の男が群衆に向けて声を上げて居る。


「我が愛しの妻! どうしてこうなった!」


 空に手を伸ばした後、顔に両手を当てる。

 その姿は、まるで活劇を演じて居る役者のようだ。


「お前が! お前が我が妻を殺したのか!」


 男が女を指差す。

 指を差された女は、メイド服の白いエプロンを真っ赤に染めて、妻と呼ばれて居た老女に膝枕をして居た。


「クリスティーヌ……! クリスティーヌ……!!」


 男は再び群衆の方を向き、大声で悲しみを嘆き続ける。

 そんな男の姿を見ながら、周りに居る群衆が小声で話す。


「クリスティーヌ様が殺されるなんて……」

「信じられない……」

「そんな事より、俺達はどうなるんだ?」


 群衆に紛れて聞き耳を立てる。

 どうやらクリスティーヌは、この街の貴族であるレイモンドの妻で、民に献身的に努めて居た賢女らしい。


「おお! クリスティーヌよ!!」


 レイモンドが再び大声を上げる。


「例えこれが天命であろうとも! 私は妻を殺した者を許さないだろう!!」


 憤怒の表情をあらわにしながら、己の意志を群衆に伝える。

 何と高貴な心持ちだろうか。

 これが、この街を支える貴族という種族なのだろう。



(……なんて、皆が考えて居るとでも思ってるのかね)



 青いカードを左目に当てながら、長谷川平は鼻で笑う。


「私は天命などに屈しない!」


 はい嘘。


「妻を殺した者を許さない!」


 はいはい嘘。


「断罪の炎がお前を襲うであろう!」


 言って居る事全てが嘘。

 どんなに取り繕うが、この探偵タロットに掛かれば、嘘は一目瞭然だ。


(それにしても……)


 青いカードを左目に当てたまま、クリスティーヌを支えて居るメイドを見る。

 レイモンドに罵倒されながらも、俯いたままのメイド。

 自分が犯人では無い事を知って居るはずなのに、何も言い返さずに居る。


(主従関係のせいか? それにしては……)


 凛とした悲しみの視線は、深々とクリスティーヌへと向けられている。

 どうやら彼女は、クリスティーヌの死を真に悲しんで居る様だ。


(……)


 よほど大切な存在だったのだろう。

 レイモンドの罵倒など意にも返さずに、膝元に居る老女を一心に見詰めて居る。

 ……そんな彼女に対して。


「この人殺しが!」


 レイモンド……


「貴様が悲しむ事すらおこがましい!!」


 随分と立派な男だ。

 妻の死を利用して、まだ群衆の心を掴もうとして居る。

 俺の様に探偵タロットを使わずとも、分かる人間にはお前の『立派さ』が伝わって居ると言うのに。


「……」


 さて、茶番はここまでだ。

 既に証拠は揃って居る。

 その気になれば、いつでも彼を追い詰める事が出来る。


(……いや)


 相手はこの街のお偉いさんだ。

 俺が口を出せば、事件は解決しても遺恨が残る。

 最悪の場合、あの男の関係者に殺される可能性も有る。


 俺は『大抵の人間』の一人だ。

 後先の事を考えると、絶対に口を出すべきでは無い。


 それなのに。


「馬鹿者が!」


 レイモンドが口を開く度に。


「我が従者の恥者め!」


 俺の心が。


「私が責任を持って! お前の事を断罪してやる!!」


 静かに燃え上がる。


(……っ!)


 レイモンドを見て唇を噛む。

 地位のある者に楯突いた弱者が、どのような結末を迎えるか。

 そんな事は『前の世界』で散々見て来たでは無いか。


「火炙りだ!」


 だから、逆らうな。


「中央広場に薪を焚き! 貴様を断罪の炎で焼き尽くしてやろう!」


 逆らうな!


「貴様の魂が地獄に落ちるまで! 決して炎が消える事は無い!!」


 逆らうな!!


「貴様が我が妻を殺したのだ……!!」

「いい加減に黙れよ」


 音声拡張。

 口に当てた探偵タロットが、俺の声を周囲に響かせる。


「お前の茶番は、もう見飽きたんだよ」


 タロットを口から外して、俺はゆっくりと歩き出す。

 割れる群衆。

 対峙するレイモンドと俺。

 メイドはまだ、顔を上げない。


「……何だ? 貴様は?」


 地位と言う名の毛皮を被り、俺を見下ろすレイモンド。

 その滑稽な姿を見て、フンと鼻を鳴らす。



 決して正義感などでは無い。

 ただ、妻を餌にして自分を持ち上げようとして居る、この男が気に入らないから。

 俺は『大抵の人間』から外れる事にしよう。

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