お姉ちゃんがあたたかい


 「あ、もうこんな時間か」


 夕食を食べ終え、後片付けを済ませると、時刻は午後九時になっていた。

 そろそろお風呂に入らないといけないな。

 あたしはソファーの上で難しめの本を読む姉に声をかける。

 

 「ねぇお姉ちゃん、お風呂入ろっか」

 「うん、そうだね。無衣さきにはいっていいよ」

 

 そう言って、姉は再び本に視線を落とす。

 あたしは間髪入れずに、本を奪い取った。


 「あっ! む、無衣なにするの。いまいいところなのに」

 「このっ、分からず屋お姉ちゃん! その姿で一人でお風呂に入るつもりなワケ!?」

 

 あたしの言葉にハッとした表情を見せる姉。

 いまの姉は当然だけど、一人で湯船になんか浸かれない。間違いなく溺れてしまうからだ。

 そのことを理解したようで、服の裾をぎゅっと握りながら俯いてしまう。

 

 「ごめんね……わたし、ひとりでおふろにもはいれなくて」

 「もうっ、気にしなくていいんだってば。言ってるでしょ、ひたすらに世話を焼いてやるからって」

 「うん……うんっ」

 

 あたしが笑って言うと、姉は少しだけ微笑んでくれた。

 姉には辛いかもしれないけど、いつもみたいに笑っててほしい。

 それだけであたしは頑張れるのだ。



 

 「はい、お姉ちゃん両手を上げてね」

 「うんっ」


 脱衣所で、あたしが姉に指示を出すと、バンザイの格好になる。

 するすると脱がせていけば、姉は一糸まとわぬ姿になった。


 「…………」


 こうしてじっくり見てみると、全然体つきが違う。

 普段の姉は、あたしがハンカチを噛みながら血の涙を流すぐらいスタイルがいい。

 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでる。

 でも、いまの姉は絶壁とよぶしかない。何がとは言わないけど。


 「無衣、あんまりじろじろみられるとはずかしいよ……」

 「あっ、ごめんね! あたしもすぐ脱ぐから」


 このままだと姉が風邪を引いてしまうかもしれないので、急いで衣服を取っ払う。

 手を繋いでお風呂場の扉を開けると、もわっとした湯気が顔に当たった。

 シャワーを使って身体を濡らし、姉を座椅子に座らせる。


 「髪、洗っちゃうね。シャンプーハットあった方がいい?」

 「もうっ……わたしこどもじゃないよ」

 「でも、見た目は子供だけどね」

 「む~っ、きょうの無衣はいじわるだよ~」

 「ふふ、ごめんごめん」


 すっかりご機嫌斜めになってしまった姉に軽く頭を下げながら、髪を洗っていく。

 姉の黒髪はつやつやでサラサラだ。

 傷んでしまわないように丁寧にこすっていく。


 「流すから目瞑ってて」

 「ん……」


 シャワーでシャンプーを洗い流し、続いてリンス、ボディソープを使って姉の身体を綺麗にしていく。

 数十分後には、向きたてのゆで卵みたいな肌が出来上がった。

 指で押してみるとぷよぷよだ。

 くすぐったそうに身をよじる姉を抱きかかえて、湯船へと浸かっていく。


 「お姉ちゃん、熱くない?」

 「だいじょうぶ、ちょうどいいおんどだよ」

 

 二人してはぁ~っと声が漏れる。極楽極楽。

 のぼせないように注意しないといけないので、姉と向かい合わせになるようにくるりと向きを入れ替えた。

 これなら顔色で分かるだろう。

 見るものが他にないので姉の顔をじっと注視していると、姉がふいにポツリと呟いた。

 

 「……無衣とのおふろ、ひさしぶりだね」

 「ん~そうだね。あたし達もう大人みたいなものだし」


 あたしが小学生の頃までは仲良く一緒に入っていたけれど、思春期を迎えてなんだか気恥ずかしくなってしまい、それっきりだった。

 それを考えると、この状況はなんだか懐かしさを思い起こさせてくれる。

 感慨にふけっていたあたしは、つい口が滑ってしまった。

 

 「お姉ちゃんと一緒のお風呂もいいな……」

 「無衣……」

 「あっ、ごめんね急に変なこと言って」

 「ううん、へんじゃないよ。もし、わたしがもとにもどれたらさ……たまにはいっしょにはいろうよ」

 「……そうだね」


 なんだか照れくさくて顔を逸らすと、姉がくすりと笑う声が聞こえた。

 身体がぽかぽかするのはきっと、のぼせてしまったせいだろう。



 *  *  *

 

 

 二人そろってお風呂から上がり、パジャマに着替えるとあたしは姉を抱きかかえた。

 向かう先はあたしの部屋だ。

 姉を床に下ろすと、キョトンとした顔でこっちを見上げてくる。


 「無衣、わたしひとりでねむれるよ」

 「そうだろうけど……でもさ、トイレに行きたくなった時、あたしが近くにいる方がいいでしょ。すぐに声かけられるし」


 ポリポリと頬を掻きながら言えば、姉は納得したように頷いてみせた。

 布団を二つ敷いて、あたし的には少し早いけど寝ることにする。


 「お姉ちゃん、ほら布団に入って。電気消すから」

 「ん、わかった」

 

 姉が毛布を被ったのを確認して、電気を消した。

 いつも通りの真っ暗な空間だけど、独りぼっちなワケじゃなくて。

 隣から小さな呼吸音が聞こえてくる。

 

 「……ねぇ、無衣」

 「ん~……?」

 「そっちにいってもいいかな?」


 寂しいのだろうか、いや姉に限ってそんなことはないだろう。

 かけた毛布が薄かったのかもしれない。

 

 「いいよ。場所分かる?」

 「となりなんだからまちがえたりしないよ……ほらっ」

 

 その言葉とともに、あたしの頬に温かなものが触れた。

 このもみじみたいな形は間違えようもない、姉の手のひらだ。

 

 「ふふっ、無衣あったかいね」

 「お姉ちゃんのほうが温かいよ」


 布団の中に入ってきた姉を抱きしめるとぽかぽかした。まるで湯たんぽみたいだ。

 ぎゅっとしているとだんだん瞼が下りてくる。

 意識が飛びかけていく中で、ぼそりと姉の声が耳に届いた。


 「無衣もうねむそう。……きょうわたしのためにいっしょうけんめいがんばってくれたもんね」

 「ううん……」

 「ありがとね、ゆっくりおやすみ」


 姉が頬を撫でてくれた光景を最後に、あたしの意識は途切れた。

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