お姉ちゃんがかよわい
「む、無衣、これはちょっとはずかしいよ……」
そう言って姉は上目遣いであたしを見上げてくる。
抵抗をしようと必死で身体を動かしているが、しょせんは子供サイズ。
あたしは赤子の手をひねるように楽々と、位置を調節した。
「よい、しょっと……お姉ちゃんじっとしてて」
「うぅ~……」
いま、姉はあたしの太ももの上に乗っかっている。
あたしは椅子に座っていて、その上に姉という形だ。
目の前のテーブルには、つい先ほどあたしが用意した朝ご飯が並んでいる。
普段は姉が作ってくれるのだけどこの状態では厳しいので、久々にあたしが腕を振るってみた。
あんまりおいしくなさそうなのはご愛嬌。
さて、あたしがこれからするのは、姉の食事の世話だ。
というのも、姉の手足は体のサイズに比例して短くなっていた。それにもみじみたいな手じゃ箸も満足に扱えない。
ふふふっ、そこであたしの出番ってワケよ。
「はいお姉ちゃん、口開けて」
一口サイズにカットした焦げ卵焼きを、姉のちっちゃな口元に近づける。
「じ、じぶんでたべられるから……」
「ダメ! ワガママ言わないで! あたしに食べさせられて! ほら、あ~ん」
「ワガママ……なのかな、これ……?」
なんだか納得していない様子だったけど、ようやく口を開けてくれた。
放り込んでやると、もきゅもきゅと咀嚼し出す。
ちょっと頬っぺたが赤く染まっていて、すごく愛らしい。
あたしも合間合間でご飯を食べながら、姉の食事を観察する。
どうやら食事の量は普段の時と変わらないらしい。
姉は一食分をぺろりと平らげた。
「無衣おいしかったよ。ごちそうさま」
「そ、そう? ならよかった」
いつもは姉に感謝をする側なので、なんだか照れ臭い。
ポリポリ頬を掻きながら、口元が緩まないように引き結ぶ。
「それで、そろそろおろしてもらえるかな? わたしのせいで、無衣もつらいでしょ?」
「え? ううん、別に平気だけど……お姉ちゃんがそう言うなら」
あたしは姉を抱え上げるとゆっくり床へと下ろす。実はちょっと足がしびれていたので、姉の気遣いがありがたかった。
気づかれないようにこっそり太ももをさすっていると、てててっと姉が駆け出していく。
「お姉ちゃん、なにしてるの?」
「ちょっとしょくごのうんどうをしようかなって」
さすがは自慢の姉だ。
食っちゃ寝ばかりしているあたしとはワケが違う。
家の中でウォーキングandランニングをこなす姉を見ながら、しみじみと思った。
* * *
「う~ん……」
お昼ご飯を済ませ、ソファーに座りながらぼけーっとテレビを眺めていると、隣で姉がうつらうつらとし始めた。
「あれっ、お姉ちゃん、眠いの?」
「うん……いつもは、こんなこと、ないのに……」
確かに、普段の姉は規則正しい生活を送っている。
朝は六時に起きて、夜は十時には寝ていて。遅寝遅起きのあたしとは違う。
昼間に眠くなるなんてことはめったにないはずなんだけど、やっぱり小さくなった影響なのだろうか?
「毛布持ってこようか? 眠るなら温かくしないと」
「だ、だいじょうぶ……べんきょうしないといけないから」
そう言い切ると姉はソファーから立ち上がろうとして、身体がふらっと前かがみになった。
あたしは咄嗟に手を伸ばして姉の身体をキャッチする。
「ほっ、危なかった……セーフ」
「……あ、ごめんね無衣、でもこんどこそはだいじょうぶ」
「ダメだよ! お姉ちゃんは寝て! 良い子はお昼寝の時間だよ!」
「で、でも……」
なおも渋る様子を見せるので、あたしは強硬手段に打って出ることにした。
姉の身体を抱きかかえると、軽く左右に揺さぶりをかける。
「む、無衣? なにして」
「ねんねんころり~ころころりん~♪」
ちっちゃな子を眠らせるのにはやっぱり子守歌でしょ。
歌詞とか全然知らないので完全オリジナルでお送りしております。
なのでJA〇RACの許可もいらないのだ。
「ころころころろん~寝ない子はいねが~夜更かしいけんぞ~マジで~お肌の大敵~♪」
「……無衣、もうやめてだんだんめがさえてくるから」
おかしい、完璧な子守歌のはずなのに。
あたしが音痴だからいけないのだろうか。
いや別に全国のママさんの中には音痴の人もいるだろうし……。
あれこれと想像を膨らませている隙をついて、姉はするりと腕から脱出した。
あたしの足伝いに床まで辿り着くと、わき目もふらずに走り出す。
「えっ、お姉ちゃん!? どこ行くの!」
「わたし、と、となりのへやでちゃんとねむるから、無衣はついてきちゃダメだからね!」
「ん? ……うん、分かった」
隣の部屋のふすまを開けると、何度も何度も念を押すように姉は言ってくる。
あんまり寝顔を見られたくないのかもしれない。
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