観察眼について

 小説を書くためには観察眼が大切です。いくら魅力的な人物を思い描いても、描かれた世界のイメージが曖昧模糊としていては魅力的な小説にはなりません。普段から物事を丁寧に観察して頭の中で文章で再構築していくことが大切です。目にしたものを頭に描いて、それを文章に置き換える作業、更に置き換える言葉・表現を適切に選択することにより、あなたが描きたい小説の世界が鮮やかに立ち上がるって来るのです。


 「観察」することについて、かの有名なコナン・ドイル著『ボヘミアの醜聞』を引用します。

「君は見ているが観察していない。その差は明白だ。例えば、君は玄関からこの部屋に続く階段を頻繁に見ているはずだ」

「頻繁に見ているな」

「どれくらい」

「そうだな、何百回となく」

「では何段ある?」

「何段?分からない」

「そういう事だ!君は観察していない。それでも見てはいる。僕の指摘したいのはその点だ。いいか、僕は階段が17段あることを知っている。なぜなら僕は見て観察しているからだ。(以下略)」


 さて、如何がでしょうか。あなたは「観察」していますか? それとも「見」ているだけですか? あなたは普段目にしているものをどれぐらい言葉で表せますか? 毎日見ている通学や通勤の道すがらの街並みを頭に浮かべることができますか?


 少し実験してみましょう。今あなたがいる場所をぐるりと見回して見てください。そしてこの文章を見てから目を閉じて、20秒間で詳細に文章で描写してみてください。どうでしょうか。上手く描写できましたか? ついさっきまで見た光景も言葉で描写するとなると案外難しいものですよね。いきなり上手く出来なくても大丈夫です。毎日このような訓練を続けると観察する癖がつき、更に観察した内容を文章にするのがスムーズになります。

 

 もう一つ訓練方法を教えますね。自分の日常の動きを思い出し、描写する訓練です。

 あなたは家のドアの前にいます。そこから自分の部屋に入るまでをイメージして文章にしてみてください。私に家の中の様子を説明するつもりで。

 家のドアには鍵がかかっています。あなたは普段使っている鍵を差し込み、鍵を開けます。目に映るのは何ですか? 廊下でしょうか。靴を脱ぎ下駄箱にしまいますか? それとも脱ぎっぱなしでしょうか。

 廊下を通ってあなたの部屋の前に来ました。ドアは引き戸でしょうか、開き戸でしょうか。開き戸なら入る時に引きますか? 押しますか?

 さて部屋に入りました。何がありますか? テーブルが目に入るのでしょうか。 あるいはベッドが目に入るのでしょうか。

 壁の色は何色ですか?窓はありますか?東向き?南向き?


 如何がでしょうか。毎日自分の目で見ているのに意外と思い描くのが難しいかも知れませんが、一回でできなくてても何回もトライして描写を精緻にしていくようにしてください。そしてそれを私に説明するつもりで文章にしてみると良いでしょう。実際に書かずとも頭に文章を思い浮かべるだけでも十分です。その後、実際に同じ動きをしてみて、自分が思い浮かべたイメージとの差分を確認してどこが違うかも検証すると良いでしょう。慣れてくると曖昧だった描写が具体的になり、読者が実際にそこにあるように思い浮かべることができるようになります。そうそう、私もあなたに説明してもらって具体的にイメージできましたよ。

 そうやって、「観察」して頭に残ったイメージを文章にしていく訓練というのが小説を書くには大切です。

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