第50話 アトル先生王座を目指す - 6

 私は力一杯叫んでいた。ララさんは驚いた顔をしながらも通信の魔道具と魔晶石を出してくれた。多分どこかへの遠距離通信に使うと思ったのだろう。


「時間が無い。コードは自分で繋ぐんだよ。」


と言って再び軍隊に向き直る。ララさんに説明している時間は無い。私は深呼吸すると目を閉じ精神を集中する。今からしようとしていることは分の悪い賭けだ。それは分かっているが、やるしかない。私は覚悟を決めて魔晶石に両手をついた。


 途端に軍隊が進軍している先の地面が、ドドドという大きな音と共に盛り上がる。盛り上がった地面は高さ10メートルくらいの堅牢な城壁となりアトル先生達の居る場所を中心として半径1キロメートルくらいの円周状を伸びて行く。ドドドドドドドドドドと連続した音が止まらない。もちろん私が土魔法を使って城壁を作っているのだが、魔晶石にチャージされた膨大な魔力を使っている為、細かなコントロールは効かない。とにかく城壁を伸ばすことだけに集中する。10秒も立たない内に半径1キロメートルの円を描き出発点に戻ってくる。とんでもない速度だ。だが止められない、最初から細かなコントロールが無理なのは分かっている。だから私は円ではなく円に近い螺旋を描いた、出発点に戻って来た城壁は出発点の城壁に衝突することなく、その少し外側を通り過ぎ、300メートルくらい進んだところでようやく止まった。流石にこれを見て軍隊も進軍を中止する。


 城壁が出来上がると、私はその場に倒れ込んだ。全身がピリピリと痺れている。魔力中毒でも、魔力枯渇でもない。だが身体が思うように動かせない。


「イル! なんて無茶なことを! しっかりおし。」


とララさんが叫んでいる。その時、城壁の上空が虹色に輝き7柱すべての神が現れた。同時にトスカさんから念話が入る。


<< ララ女王! 神々の声を頼む。イルの魔法を無駄にするな! >>


ララさんが城壁に向き直ると、神々が声を発した。


「「「「「「「 ここに居るのはトワール王国の真の王なり、我らの寵愛を受けた者に危害を成すならば、我らの敵となると心得よ! 」」」」」」」


と神々が宣言すると、馬に乗ったまま全速力で逃げ出す兵達が続出する。指揮官も逃げる兵達を止めようとしない、しばらく茫然と神々を見詰めていたが、すばやく馬を降りて神々に向かって頭を下げ何か言っている。だが、距離があるので何を言っているのかまで分からない。長耳の魔法を使おうとして、魔法が使えないことに気付いた。身体がというより、魂が痺れて動かせない!


その後、指揮官が何か言うと、軍隊は一斉に踵を返して引き上げて行った。軍が居なくなると、ララさんが再び私に向き直る。トスカさんもすぐ傍に転移してきた。いつの間にか城壁の上の神々の姿は消えている。


「イル! 魔晶石に入っている神の魔力を使ったんだね。とんでもないことを! 生きているのが奇蹟だよ。」


 ララさんの言うことはもっともだ。魔晶石にチャージされている魔力は、人のそれとは比べものに成らない。完全に桁が違う。疑いもなく人の身体の魔力許容量を超えている。その魔力を使ったら魔力中毒で確実に死亡する。通常ならばだ。私だって自殺しようとしたわけでは無い。目算は会ったのだ。分の悪い賭けではあったが、生きていると言うことは賭けに勝ったと言うことだろう。


 私が他の魔法使いと違うのは、幼いため身体の魔力許容量が小さいと言うことだ。本当なら魔法を使える歳ではないのだ。だから他の魔法使いが、一旦魔力を魂から身体に蓄えて、その魔力で魔法を使うのに対し、私は魔法を発動するタイミングに合わせて、必要なだけの魔力を魂から身体に供給している。そうすることで、魂から身体に入ってくる魔力と魔法の行使により身体から出て行く魔力をプラスマイナスゼロにして、身体に魔力が溜まらない様にしているのだ。それができる様に魂のコントロールの訓練を何年も行ってきた。


 今回のことも原理的には同じだ。いくら魔晶石から供給される魔力が膨大でも、それと同じ量の魔力が身体から出て行けば、身体に魔力は溜まらず魔力中毒には成らない。但し、いつもは魂をコントロールして、身体に入ってくる魔力を魔法の行使にちょうど必要なだけに調整しているのだが、今回は逆だ。魔晶石から身体に入ってくる魔力量はコントロール不可能だ、だったら身体から出て行く魔力量をそれに合わせるしかない。私は使用する魔力量を城壁を作るスピードで調整した。だからあれほどのスピードで城壁を作る必要があったのだ、もっとも入ってくる魔力があそこまで膨大だとは思わず、危ない所ではあったのだが...。


「どうやら、ラトスのじじいがアトルの傍に到着した様だ。後は任せて私達は退却するとしよう。イルには休養が必要だよ。瞬間移動は出来るかい?」


私が、魔法が使えないことを伝えると、ララさんが瞬間移動で近くの町まで私を運んでくれ、宿を取って寝かせてくれた。ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちた。先ほどから眠くて仕方が無かったのだ。

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