第26話 母さんとの恋バナとヤギルの出産

 その夜、いつもの様に母さんの寝床に潜り込んだ私は、兄さんに女性に興味を持たせるにはどうすれば良いかを相談した。


「心配しなくても大丈夫よ。父さんもそうだったもの。私と付き合う前は女の子の知り合いすらいなかったのよ。きっとヤランは父さん似なのね。」


へー、父さんも女性嫌いだったのか、意外だ。


「そうなの。じゃあ、母さんはどうやって父さんと結婚したの。」


「さあ、どうやったのかしらね。」


母さんはそう言いながら、昔を思い出したのか楽しそうにニマニマしている。何か面白いきっかけでもあったのだろうか。


「ねー、教えてよ。」


「だーめ、母さんと父さんだけの秘密だからね。」


と言う母さんはとても楽しそうだ。まるで恋する乙女の様にキラキラした目をしていた。 胸の奥にしまっておきたい甘酸っぱい想い出というやつかもしれない。聞き出すのは諦めよう。


「それより、イルはどうなの? アマルが好きなんでしょう?」


ゲッ、ブーメランが帰って来た。どうして知ってるの!? 誰にも言ったこと無いのに。


「あら! 図星だった様ね。」


私の驚く顔を見たからか、確信を持った様だ。しまった! 引っかけだったか。


「どうして分かったの?」


「うふふ、そんなのアマルと一緒に居る時のイルの様子を見れば分かるわよ。アマルの方ばかり見てるものね。」


恐れ入りました、バレバレでしたか。さすがは母さん、これからは師匠と呼ぼう。


「で、ふたりの関係は何処まで行ったのかな〜?」


まずい、母さんと父さんの馴れ初めを聞き出すはずが、いつの間にか私とアマルの話になっている。


「ひみつ。」


「あらっ、母さんにも秘密なの? 悲しいなあ〜、泣いちゃうかも。」


「け、結婚の約束をした。でもないしょだよ。」


顔が熱い、きっと真っ赤になっているだろう。母さんはそんな私の頭を優しく撫でてくれる。


「あら、素敵じゃない! おめでとう。じゃあ、素敵なお嫁さんにならないとね。」


「うん。」


と言う訳で、母さんにきっちりとアマルのことを聞き出されてその夜は終わった。可笑しい、兄さんの女性嫌いを治す相談をしに行ったはずなのに...何でこうなった? でも母さんなら信頼できるし、恋愛についての相談相手が出来たと思えば心強いかもしれない。


 翌日からも引き続きヤギルの毛刈り作業を行い、ついに今日で完了出来そうになった。いつも通り、毛を刈り終わったヤギルを囲いに連れて行く。毛刈りの予定は後1匹だけだ。最後の1匹を連れ出そうとして様子がおかしいのに気付く。柵の中を落ち着きなく動き回り、時たま立ち止まっては苦しそうに鳴いている。ひょっとしたら...。このヤギルは妊娠しているのだ。出産はもう少し先のはずなのだが、早産しかけているのか?


あわてて、母さん達を呼びに走る。私の報告を聞いて、皆毛刈りを中断して囲いにやって来た。母さんがヤギルを撫でながら様子を見ている。ここは一番経験のある母さんに任せるのが一番だろう。


「やはり生まれそうだわ。」


と母さんが言う。これは大変だ。予定日より一月近く早い。ヤギルの妊娠期間は8ヶ月ほどだから、この違いは大きいはずだ。無事に生まれてくると良いが...。やり掛けの毛刈りをソラさんと姉さんに任せ、母さんと兄さんはヤギルの出産の準備をする。ヤギルは安産であることが多く、通常は放って置いても大丈夫なのだが、今回は早産なので要注意なのだ。私も含め3人で母ヤギルを見守る。母ヤギルは相変わらず動き回っているが、時たま立ち止まって、ビクン、ビクンと身体を震わせる。陣痛が始まっているのだろうか。弱弱しく鳴き声を上げる母ヤギルに、思わず 「頑張れ」と心の中で叫んでいた。


 しばらくすると、作業を終えた姉さんとソラさんもやって来るが、見守るしかすることが無い。それから更に時間が経過した。母ヤギルは相変わらず、ビクン、ビクンと身体を震わせるが、その間隔がだんだん短くなってきた。母さんが「もうすぐよ」と言う。


 ついに破水が起り、赤ちゃんヤギルの足が出てきた。だがそれを見た母さんが青ざめる。


「逆子だわ。ヤラン手伝って、このままだと母子とも危ない。」


母さんが母ヤギルを押え、兄さんが赤ちゃんヤギルの足を持って引っ張る。


「そうっとよ、そうっと、」


と母さんが兄さんに指示をだす。私はハラハラしながら見守るだけだ。赤ちゃんヤギルは少しずつ、少しずつ母ヤギルから出てくる。もう少しだが、最後に頭がなかなか出てこない。


「ヤラン、少し強く引っ張って、でも強すぎてはダメよ。」


と母さんが難しい指示を出す。兄さんは真剣な表情で指示に従い、少しだけ力を入れる。少しして、スポンと言う感じで赤ちゃんヤギルの頭が外に出た。ホッとしたのも束の間、


「息をしていない。」


と兄さんが言う。まずい、出産に時間が掛かり過ぎた。だが母さんは赤ちゃんヤギルに駆け寄ると、ヤギルの鼻を口で覆い、プーッと息を吹き込む、赤ちゃんヤギルの胸が膨らむと口を離す。すると赤ちゃんヤギルが息を吐き出し胸が萎む。母さんが再び息を吹き込む。それを数回繰り返すと、とつぜん赤ちゃんヤギルが身動きした。目を開け、足を動かして立とうとしている。さすが母さんだ! 赤ちゃんヤギルが生き返った!


兄さんが赤ちゃんヤギルの身体を布で拭いてやる。赤ちゃんヤギルは何度も立とうとしてはよろけて倒れる。そしてついに自分の足で立ち上がり、母ヤギルの傍に行こうとする。だが、母ヤギルは倒れたままだ。出血がひどい。赤ちゃんヤギルが傍に来ても動くことが出来ない。その時、姉さんが私の傍に来て耳元で囁いた。


「イルの魔法なら何とか出来る?」


「うん、でも...。」


そう、魔法を使ったらソラさんに見られてしまう。


「大丈夫、任せて。」


と姉さんは言って、ソラさんに近づくと何か囁いた。途端にソラさんが驚いた顔になる。その後ふたりは天幕の方に歩いて行った。ふたりの姿が見えなくなると私は亜空間から魔法使いの杖を取り出した。


「回復魔法を掛けるね。」


と言ってから、すぐに魔法を発動する。母ヤギルの身体が淡く輝く。次の瞬間、母ヤギルの目が開き、首を持ち上げ赤ちゃんヤギルの方を見ると、その身体を丁寧に舐め始める。


「イル、良くやったわ。」


と母さんが褒めてくれる。その後赤ちゃんヤギルは母ヤギルの乳を飲み始めた。もう大丈夫そうだ。私達3人は目を見合わせる、3人とも笑顔だ。母ヤギルと赤ちゃんヤギルを連れて天幕に戻る。今日は大事を取って天幕の中で寝かせるのだ。

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