第25話 ヤギルの毛刈り - 3

 トスカさんだ。ララさんの宣言に関係あるのだろうか?


<< トスカさん、こんにちは。お元気ですか。>>


<< まあ、連日若い娘さんの相手をするのに、ちょっとお疲れ気味かな。>>


<< それって、子供相手に言うセリフじゃないと思いますけど。>>


<< そうなんだけどね。なぜかイルちゃんと話していると子供って感じがしないんだよね。対等の相手って言うか... 色気は無いけどさ。>>


この野郎! 悪かったな! ララさんがトスカさんに頭を抱えていた気持ちが良く分かる。


<< 色気が無くてすみませんね。それでご用はなんでしょう。>>


<< ララ女王から至急で届け物を頼まれてね。今から瞬間移動でそっちに送るからね。>>


次の瞬間、足元に丸くて平らな物が転がった。直径10センチメートルくらいの銀色のメダルだ。表にアトル先生から習ったハルマン王国のマークがあり、上部に穴が開いていて紐が通せる様になっている。驚いたことに、地面に落ちているメダルを手に取った途端、メダルの色が銀から金に変わった。


<< それはハルマン王国VIPの身分証。このメダルを持つ人物はハルマン王国の最重要人物だという証明書で、これを持っている人物やその家族に何かあればハルマン王国が黙っていないと言う証だって。普段は銀色だけど、本人が持った時だけ金色に変わって、メダルを持っているのが正当な持ち主だと分かる様になっている。裏には「草原の魔導士」と記載してあるはずだよ。大丈夫、持っていてもハルマン王国に対して何か義務が生じるわけじゃない。僕も持ってるよ。トワール王国の奴らになにかされそうになったら使えだってさ。もっとも、ここはハルマン王国から離れているし、トワール王国も大国だから、どれだけの効果があるかは未知数だけどね。>>


<< ありがとうございます。>>


やっぱりララさんの宣言は、私をトワール王国から守ってくれるためだった様だ。ありがとうララさん。


<< それから、その内大金が届くと思うから楽しみにしてるといい。多分ラトスの爺さん当たりが届けてくれるんじゃないかな。>>


<< 大金ですか??? >>


<< そうか、イルちゃんは知らなかったな。目が覚めたと思ったらすぐに帰っちゃったからね。例の地竜の女王の体内から取れた魔晶石を売却したお金さ、4人で山分けすることに成ったんだ。さすがに特大の魔晶石だったから売却するにも時間が掛かるみたいだけどね。>>


<< 私も貰っていいんですか? >>


<< もちろん、今回の地竜退治の一番の功績者だからね。断るとかえってララ女王が困ると思うよ。>>


<< 分かりました。ありがとうございます。>>


<< 礼ならララ女王に言ってね。それじゃ。>>


と言ってトスカさんは念話を切った。以前トスカさんが、又すぐに会うことになるだろうと言ってたのはこの事だったのか。心配して損した。私はメダルを収納魔法で亜空間に仕舞う。こうしておけばいつでも取り出せるからね。いざと言うときには使わせていただこう。


トスカさんとの話が終わり、私は急いで次のヤギルを連れ出して天幕に向かった。


「遅くなってごめんなさい。」


「大丈夫、そろそろ休憩にしようかと話していたところさ。頑張りすぎると後が続かないからな。」


「それじゃ、お茶を煎れてくるね。」


「イルひとりで大丈夫か?」


「大丈夫、まかせて。」


と言って、私は天幕にお茶の葉とお茶を煎れる道具を取りに入る。私達遊牧民のお茶は、お茶の葉をヤギルの乳で煮出したものだ。好みによって蜂蜜を入れて飲む。お茶の葉は結構高価なので滅多に飲まないのだが、アイラ姉さんとソラさんがお土産に持って来てくれたのだ。ソラさんの一族では既にヤギルの毛刈りが終わって、自分達が使う分を残して、残りを町で売却して来たらしい。お茶はその時に買ったものだとか。


 天幕の前に設置してある竈に鍋を置き、ヤギルの乳を入れて竈に火をつける。本当は火を起こすには摩擦熱を利用して点火する専用の道具を使うのだが、私はまだ力が足りず苦手なのでソラさんに隠れて火魔法で点火した。昨日の夕食を作る時にも火魔法で点火したのだが、姉さんが「便利よね...」と心底羨ましがっていた。燃料はラクダルの糞を乾燥したものだ。乳が煮立つと表面に出来る薄い膜を取り除き、茶葉を一掴み入れる。これで後は待つだけだ。待っている間に、ヤラン兄さんが以前取って来てくれた蜂蜜の入った壺と、お茶請け用にナンとチーズを用意して準備完了だ。


 私が最後に連れて来たヤギルの毛刈りが終わるのを待って、休憩と成った。自分で入れたお茶に蜂蜜をたっぷり入れて飲む。うん、美味しい! 我ながらうまく煎れることが出来た。皆にも好評の様だ。

 お茶を飲みながら話を聞くと、兄さんも毛刈りが終わったら町にヤギルの毛を売りに行くつもりらしい。ここから一番近い町までは100キロメートルくらいの距離がある。馬で飛ばせば1 〜 2日で行ける距離だが、ラクダルにヤギルの毛を詰めた袋を積んでの旅となると往復だけで7日は見て置く必要がある。もちろん、ひとりではなく同じ目的で町に行く一族の者達と一緒に行くことになるだろうが、ちょっと心配だ。身体が大きく力も強いとはいえ、まだ13歳なのだ。私も付いて行きたいが絶対に母さんの許しが出ないだろうな...。


「イルは何か町で買ってきて欲しい者はあるか?」


と兄さんが尋ねてくれる。欲しい物はもちろん本だが、それは言えない。おねだりするには高価過ぎるし、悲しいことに、姉さんのコルプ義兄にいさんへの評価でも分かる様に、読書家というのは遊牧民の間では変人扱いなのだ。


「別に無いよ、気を付けて行ってきてね。」


「なんだ欲がないな。女の子って、えーと、なんだ、髪飾りとか、装飾品とか、化粧品とか欲しがるもんだと聞いたんだが。」


おー、兄さんが女の子の話をしている。良かった女性に興味が無いわけじゃなかったんだ。


「あのね。私はまだ6歳よ。まだまだ、そういう物は早いわよ。」


「そうなのか? まあ、俺には女のことは良く分からんが。」


「ヤランはもう少し女性に興味を持った方が良いと思うぞ。」


とソラさんが言う。そうだそうだ、もっと言ってくれ。ヤラン兄さんに女性に興味を持たせるんだ。


「そうかもな。でもなんか面倒臭いんだよな...。」


女の子が面倒臭い? これは重症だ! 妹として何とかしなければ...。でもどうしたら...。


「呆れた。そんなことじゃ誰もお嫁さんに来てくれないわよ。家長なんだからしっかりしなさい。」


というアイラ姉さんの言葉でこの話は終わったが、困った。このままではヤラン兄さんの結婚は相当先だ。もしくは結婚しないかもしれない。そうなると私とアマルの結婚がやりにくくなる。もちろんソラさんの例が示す様に、年上の兄が未婚だからと言って、弟や妹が結婚できない訳ではないが、年の順に結婚するのが一般的ではある。後で母さんと姉さんに相談して対策を考えなければと痛感した。

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