第14話 北の砂漠の地竜
ヤラン兄さんが帰って来ると、母さんは大喜びで兄さんの為にご馳走を作った。やはり心配していたのだろう。一気に母さんの表情も和らぎ、天幕の中に笑いが満ちる。ヤラン兄さんは12歳と若いが、身体も大きく力も強い、おまけに優しくて子供達の憧れだ。戦士として送り出されるくらい周りの大人達からも一人前の男と見なされている。父さんが亡くなった後は我家の家長となった。私もヤラン兄さんが居れば我家は大丈夫だと思う。
次の日、私はヤラン兄さんに断って北の草原の様子を見に行くことにした。今までは母さんひとりを残して出かける気には成らなかったが、今はヤラン兄さんがいる。母さんにはヤラン兄さんと一緒にヤギルの見張りをしてくると言ってある。ヤラン兄さんが居ない時には母さんとふたりでしていたのだが、兄さんが自分が母さんの代わりに見張りをすると言ってくれたのだ。ふたりだけになると、兄さんが話しかけてくる。
「やっぱり行くのか?」
「うん、北の草原がどんな状態なのか知っておいた方が良いと思うの。私なら夕飯までには帰って来れるから。」
「まったく、そんなことは大人に任せればいいんだよ。」
「ヤラン兄さんだって子供じゃない。」
「すくなくともイルよりは大人だ。」
といいつつ、私の分の昼食の包みを渡してくれる。それを収納魔法で亜空間に仕舞ってから兄さんに別れを告げた。
「それじゃ言って来るね。」
「ああ、気を付けるんだぞ。」
私は兄に手を振ってから瞬間移動した。私の瞬間移動は1回に100キロメートルくらいが限度だ。最初の転移先はまだ北と南の境界の辺り、周りには見慣れた草原が広がっている。それから更に北に向け瞬間移動するが、そこでもそれほどの違いは感じられない。だが、北に向かって更に瞬間移動を続けると、5回目の瞬間移動から明らかに地面に生える草が少なくなって行き、10回目で完全な砂漠になった。すなわち、一口に北の草原といっても北の端と南の端では状況がかなり異なる。北の部族間で戦いに対しての熱意が違ったのも、戦いに対しての考え方だけでなく、その部族が置かれている状況に差があったからかもしれない。北端に住む部族にとっては完全に死活問題になっているだろう。それらの部族が中心になって他の部族を説得して南に攻め寄せたと考えると納得が行く。あの日私達を襲った人達は北端に住んでいた部族だったのだろうか、あんなに痩せこけていた、きっと碌に食べる物が無かったんだ。
私は今砂漠の真ん中に立っている。元トワール王国の魔導士だったラトスさんの話では、地下には地竜が住んでいて、それが砂漠が広がる原因となっているはずだ。恐る恐る探査魔法を使うと、何これ? と思う生物がヒットした。体長10メートルはある巨大な...蛇? これが地竜なの? こんなの絶対竜じゃないよ。でも魔力は強い。1対1なら勝てるかもしれないけど強敵だ。しかも砂の中にいるから相手が地上に現れないと戦うことすら出来ない。こんなのが沢山いるんじゃ駆除なんてやっぱり無理だ。
次に私は砂漠と草原の境界に転移した。昔父さんの友達の行商人カマルさんに聞いた話では砂漠が10年間で50キロメートル南下したらしい。かなりの速度だ、1日当たりだと13.6メートル。見ていれば分かるはずのスピードだ。毎日同じように広がっていくのか、それともある時にまとめて広がるのかは分からないが、とりあえず観察してみようと思ったのだ。
持ってきた昼食を食べながら1時間くらい砂漠を見ていたが何の変化も無い。最初は強風で砂漠の砂が南に流されるから砂漠が広がるのかとも考えたが、少なくとも今日は無風に近い。それに、さっきから暑い! 水魔法で身体を冷やさないとやっていけない。諦めて移動しようとしたとき、突然地面が揺れた。地震だ! 揺れはどんどん大きくなり立っていられなくなった私は重力魔法で宙に浮かぶ。次の瞬間、先ほどまで私が立っていた場所から地竜が飛び出した。口を大きく開けていることから私を食べようと襲ってきた様だ。危なかった! あのまま地表にいたら飲み込まれて死んでいた。ぞっとしながら、地竜の次の攻撃を避けるために高度を上げる。地表に飛び出た地竜はバタバタと身体をくねらせる。手足はなく、まるで水から出された巨大なウナギの様だ。ただし全身が鱗で覆われている。それに熱い! 身体が真っ赤に発熱していて近づけない。さっきから異常に暑かったのは地竜が近くに居たからだろう。飛び出した地竜は地表で暴れまわっていたが、突然その身体が光ったと思ったら地面の中に潜って消えた。探査魔法で地竜が遠くに去ったことを確認してから先ほど地竜が地面に潜った場所に降りる。固かった地面が今は細かい砂と土に変わっていた。破壊魔法で周りの土や岩を粉砕したのに違いない。
これが砂漠が拡張している原因か! 単に砂漠化で家畜の食べる草が少なくなるだけでなく、家畜や人そのものが地竜に獲物として狙われている訳だ。遊牧民にとってはとんでもない害獣だよ。なんでこんなのが居るんだ? というより、なぜ地竜がいるのにこの草原は今まで無事だったんだ? 砂漠の拡張速度から考えて、昔から地竜がいたなら、私達が住んでいる大草原全体がとっくに砂漠化していたはずだ。それが北の一部だけの被害で収まっていたのはなぜだ?
きっとその理由が分かれば対応策も分かる気がする。いや、もう分かっているのかもしれない。ラトスさんだ。ラトスさんは対応策を考えた上で私に助力を求めたんじゃないだろうか。断ってしまったけど...。いや、今からでも遅くないかもしれない。ラトスさんに謝って協力をお願いしよう。地竜を放って置けば遊牧民に未来は無い。
自分の居住地に帰ると、すぐにヤラン兄さんに砂漠の様子を報告する。兄さんにはラトスさんのことも含め隠し事はしていないので話はスムーズだ。兄さんは一度自分もラトスさんと話をしてみたいと言う。兄さんに断って念話でラトスさんを呼び出す。
<< もしもし、ラトスさん.... もしもし、もしもし...>>
と何度も呼び出すのだが返事が無い。愛想を尽かされて無視されているのか、それとも念話が届かないくらい遠い場所に居るのかどちらかだろう。まさか、お年寄りだったからもう亡くなっているなんてことはないよね...。
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