第11話 襲撃 -1

 そしてとうとうアイラ姉さんの結婚式の日がやって来た。私達遊牧民の結婚式は、違う一族間で嫁ぐ場合、2回行われる。最初に花嫁が育った一族で行い。それから花婿の一族の居住地に移動して2回目が行われる。そして当然ながら、家族はどちらの結婚式にも参加だ。こうして一族間の絆を強めるわけだ。

 まずは、花婿であるソラさんの家族が私達の居住地にやって来た。ソラさんの家族はご両親に兄と妹の5人。結婚式の後は客人様に増設した天幕に泊まってもらう。ソラさんも同じ天幕でアイラ姉さんとは別だ。アイラ姉さんはこちらの天幕で私達家族と最後の夜を過ごす。そして明日は花婿側の一族の居住地にアイラ姉さんはもちろん、私達家族も一緒に向かう。そして向こうでの結婚式のあと、夫婦は初めて同じ天幕で夜を過ごすことになる。きゃっ~~~、自分のことじゃないのに想像しただけで顔が熱くなってきた。

 こちらの居住地では一族をすべて招待しての大騒ぎであるが、その前に夫婦になることを神に報告する。私達遊牧の民の宗教はいわゆるアニミズムだ。太陽や月、大地に水、草、木、すべての物に神が宿っていると信じている。その中でも最も信仰されている太陽の神にヤギルを捧げ夫婦になる報告をして許しを請う。儀式は長老が取り仕切り、おごそかに進む。ただし、この後の披露宴になると飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになる。皆祝い事が大好きなのだ。花嫁衣裳を着たアイラ姉さんは美しかった。昨日まで刺繍に悪戦苦闘して泣きそうな顔をしていたのが嘘の様だ。「姉さん幸せに」と自然に祈りがでる。私とアマルの結婚式もこんなだったらいいなあと思う。そして夜遅くまで続いた披露宴も終わり、翌朝になると、今度は私達が花婿の居住地に向かう。アイラ姉さんは花嫁衣裳のまま馬に乗り、ソラさんとふたりで並んで先頭を駆ける。私達はその後に続く。私は父さんの馬に乗せてもらい、昼ごろにはソラさん達の居住地に到着した。到着すると待ち構えていた人達によってさっそくこちらでの結婚式が始まる。こちらの居住地でも全員参加で祝ってくれる様だ。こちらでも神の許しを得て、ふたりは晴れて夫婦となった。


 結婚式の後は披露宴となり、こちらでも出来る限りのご馳走が出される。そのうち男達が父さんを囲んで飲み始めた。今まで知らなかったが、トルクード族のラナイと言えば、勇敢で強い戦士として周りの一族でも有名らしい。しばらくすると、父さんを含む力自慢の者達が相撲を始めた。たちまち周りは観客で一杯になり、応援合戦が始まる。私も力一杯父さんを応援した。勝っても負けても皆笑顔だ。

 

 宴会の盛り上がりが最高潮に達した時それは起った。突然宴会の席に沢山の矢が降り注いだのだ。約半数の人々が矢に当たって倒れ伏す。楽しかった宴会の席を一瞬にして悲鳴が満たす。何が何だか分からないまま、私は咄嗟とっさに亜空間から杖を取り出し全員の上部に防御結界を張る。矢は後から後から降り注ぐがすべて結界に弾かれる。ホッとして視線を下げると周りは阿鼻叫喚の図と化していた。沢山の人が血に染まって倒れていて、無事だった人々が倒れた人に縋って泣き叫んでいる。そしてその中に父さんの姿もあった。肩から胸に向かって深々と矢が突き刺さり上着が血で真っ赤に染まっている。母さんが父さんに抱き着いて何か必死に叫んでいる。その時私の心の安全装置が弾け飛んだ。全力の回復魔法を使う。人目なんか気にしない、回復魔法で治せるのは生きている人だけ、死んだらおしまいなのだ。人々の身体に刺さった矢が一瞬で消え去り、傷口がふさがって行く。周りから驚きと喜びの声が溢れたが、回復しない身体もある。手遅れだったのだ。そして、その内のひとりが父さんだった。


「父さん...」


と呟いた私の心を狂気が満たす。誰だ? やったのは誰だ? 敵は? 探すまでもなかった。敵は居住地の近くの高台に居た。あそこから居住地に向かって矢を射かけたのだ。ここからでは数十人しか姿が見えないが、探査魔法で探ると高台の向こうには200人、遠くに散らばっている者達を合わせれば約1000人! とんでもない数だ! 私と同じように敵の存在に気付いた男達が、武器を取りに自分達の天幕に向けて走る。「結界の外に出てはダメ!」と叫ぶが誰も耳を貸さない。結界の外に出た男達が再び敵の矢の餌食となって倒れる。それを見た瞬間、私は何も考えず全力で風魔法を発動させていた。

 私の起こした強風は、私達の居る場所を中心とした竜巻となり、防御結界の外に落ちている矢をすべて空中に舞い上げ、空中にあった敵の矢も巻き込んで高く、高く舞い上げた。矢が天高くに消え去ると一瞬の静寂が訪れる。敵も味方も何が起きたのか分からず空を見上げている。だがその静寂も長くは続かない。天に巻き上げられた矢が雨の様に敵に降り注ぎ始めると、敵は一瞬にして混乱に陥った。こちらから見えるだけでも多くの敵が倒れたのが分かる。敵の悲鳴が辺りを満たし、その後再び静寂が訪れた。私は急いで武器を取りに天幕に向かって倒れた人達に回復魔法を掛ける。幸いに今回は亡くなった人はいなかった。

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