第10話 王国の魔導士 - 2

「何だと! 若い娘だと思って楽しみにしておったのに、これは若すぎるのぉ。」


と失礼な言葉が聞こえた。


「私もおじいさんより、若くてかっこいい人が良かったです。」


と言い返す。売り言葉に買い言葉という奴だ。


「冗談じゃよ。まさか念話に探査魔法、それに長距離の瞬間移動を使いこなす魔法使いがこんな小さな子供とは思わず驚いただけじゃ。儂はラトスじゃよろしくな。」


「イルです。よろしく。」


と私は警戒心を解かずに答えた。名前くらいは調べればすぐに分かるだろうから話しても問題ないだろう。


「挨拶は済みましたよ。これで私のことは黙っておいていただけますか。」


「心配するな、さっきも言った通り王国とは縁が切れておる。お前さんに声を掛けたのはの、儂の人生で最初で最後の弟子を取ろうとしたからじゃよ。儂が一生を掛けて研究した魔法の技が儂の死とともに失われるのがもったいなくなってな。」


「申し訳ありませんが、私は両親の元を離れるつもりはありません。」


「弟子の話は無しじゃ。お前さんでは教えることが無いかもしれんからのう。魔力も儂より大きい様じゃしな。」


と言われ、あわてて魔力遮断結界を身体の周りに張る。迂闊だった、魔力を感じられる者なら私の居場所なんて簡単に見つけられたはずだ。魔力遮断結界とは結界の一種で魔力の流れを遮断する。これを身体に纏えば、魂が発する魔力を感知できなくなる。


「魔力遮断結界も使えるか。まあ、儂相手には遅すぎるが、今後は張っておいた方が良いじゃろうな。」


「弟子を取らないのなら、これからどうされるのですか。」


と話をそらすために聞いてみる。それにしてもさすがは元魔導士、私の使った魔法をことごとく言い当てる。


「問題はそれじゃよ。せっかく、余生を若くて美人の弟子と楽しく過ごそうと計画しておったのに、お前さんのせいで台無しじゃわい。これからどうするか考えねばならん。責任を取って欲しいところじゃ。」


いや、それは絶対私の所為じゃないから、と文句を言いかけたところに 「冗談じゃよ」と先を越されて力が抜ける。完全にからかわれている。


「まあ、しばらくは世界中を旅して回るさ、若い時からの夢じゃったからのう。」


それは面白そうだ。私も歳を取ったらやってみたい。あくまで歳を取ってからだが。今はそれ以外にも色々とやりたいことがあるのだ...主に、結婚とか、結婚とか、結婚とか。


「そうじゃ、これをお主にやろう。どうせ弟子にやるつもりだった物じゃ。」


といってラトスさんは天幕から1冊の本を取り出した。本だ! 読みたくてたまらなかった本が目の前にある!


「これはな、儂の今までの研究成果をまとめたものじゃ、少々それ以外のことも書いてあるがな。お主の知らない魔法もひとつかふたつは書いてあるかもしれんぞ。大切にしてくれよ、何せこれ1冊しかないんじゃから...そういえば字は読めるかの?」


「大丈夫、読めます。」


「ほう、ますます感心したわい。遊牧民の娘が、その年で魔法を使えるだけでなく字まで読めるとは。よほど良い教師が傍に居るんじゃろうな。」


「ええ、そうですね。」


と私はアトル先生を頭に思い浮かべながら肯定する。


「おお、そうじゃ、これもやろう。」


といって魔法使いの杖を一本持ち出してきた。


「魔力遮断結界を張るなら、魔法を使うのに杖が必要じゃろう。1本予備があるから持って行くが良い。」


確かにその通りだ。魔力遮断結界は自分の魔力を隠すことが出来るが、魔力を遮断すると言うことは魔法の発動も出来なくなるということでもある。これには回避法もあって、そのひとつが魔法使いの杖を使う方法だ。魔力遮断結界は魔力を遮断するが物質は透過する。一方で魔法使いの杖は魔力を通しやすい物質で出来ている。だから魔法使いの杖を魔力遮断結界の外側まで突出し、杖を通して魔力を流せば魔法を使うことが出来る。私はお礼をいって、受け取った本を収納魔法で亜空間に仕舞い、杖を手に持つ。


「今度は収納魔法か。まったく、本にお主の知らない魔法が書いてあるか心配になってきたわい。」


「大丈夫です。大切に読みますね、私の初めての本なんです。」


と言って私はラトスさんと別れた。早く帰らないと家族に心配されてしまう。


 天幕に帰ると私の不在は気付かれていなかった。どうやら、アイラ姉さんが花嫁衣裳を結婚式までに仕上げるのは無理と判断した母さんが、仕方なく手伝ってあげることにした為、私にまで注意が回らなかった様だ。「秘密だからね」と姉さんに鋭い目で睨まれながら言われたが、母さんの綺麗な刺繍と姉さんの拙い刺繍では見る人が見ればすぐに分かる。バレるのは時間の問題だと思うが、結婚式さえ乗り切れば後は野と成れ山と成れだ。


 ひとりになると、私は亜空間からラトスさんの本を取り出した。1ページ目を開ける。読める! アトル先生に習ったことは無駄ではなかった! ちゃんと書いてあることが分かる! 私は歓喜に包まれた。ごめん、ラトスさん、書いてある内容はどうでも良い、読めることが嬉しい、と失礼なことを考えてしまった。本の内容はラトスさんの開発した魔法についての解説とエッセイが混在した様な物の様だ。王宮勤めに対する愚痴なんかも書かれていて面白い。これを読むとラトスさんは王宮勤めが好きでなかったことが良く分かる。前の王様に恩があるのでいやいやながら参謀の職についていた感じだ。おまけに、王子たちに対する批評も辛辣だ。ラトスさんから見ればふたりの王子のどちらも王座に相応しくなかったらしい。こんな風に思っていたのなら、恩のある王様がなくなったら退職を考えるのは自然だな。まだほんの一部しか読めていないが、魔法に関する部分はすでに知っている魔法が多いので、エッセイの部分の方がはるかに面白かった。続きを読むのが楽しみである。

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