第9話 王国の魔導士 - 1

 こうしてお見合いが無事終わり、私はアトル先生の授業を再開した。半年ほど経つと、私が自信を持って書くことのできる単語の数も増えて行った。一方で読む方はかなり出来る。もともと生まれてこの方話している言葉だから、正しい発音で読むことができれば意味は取れる。


「イルちゃんは頑張り屋だね。」


とアトル先生にも褒めてもらい、私は上機嫌である。ますます勉強に身が入るというものだ。それから更に数か月経つと読み書きの勉強は終わりと宣言された。免許皆伝ということらしい。


「次は何の勉強にする? 」


とアトル先生が聞いてくる。私は間を置かず「地理」と答える。


「算数の方が役に立たない?」


とアトル先生が提案してくれるが、「大丈夫」と答えた。実際、計算については前世の記憶があるので、読み書きの授業で教えてもらった数字の書き方さえ分かれば楽勝だったのだ。


 アトル先生が試しにと出して来た計算問題をすべて正解すると、ぐうの音も出ないという顔になる。足し算、引き算だけでなく、掛け算、割り算もすべて正解したからね。


「誰に教えてもらったの?」


と聞かれたので 「ないしょ」と答えると。


「そうか、イルちゃんの魔法のことは内緒だものね。」


とひとりで納得してくれた。どうやら私に魔法を教えた人物が算数についても教えてくれたと勘違いしている様だ。


 せっかくなので勘違いはそのままにして、地理の勉強をお願いする。まずはアトル先生の故郷トワール王国だ。トワール王国は国の名前のとおり王政の国である。大陸の東端に位置する、この辺りでは最大の国だ。その歴史は古く500年以上続いているのは確実らしい。王の権力が強いが、上級貴族はそれぞれの領地を持ち自治を行っている。国の主要な産業は農業であり、主食は東部は米、西部は麦である。領土が広いので地域によって異なるらしい。他の国とは現在私達が住んでいる大陸中央の大草原で隔てられているが、草原を貫く街道を通っての交易は盛んであるらしい。住民は人間族が一番多いが、獣人族も多く住んでおり、種族間の差別の様なものは無い。

 せっかくなので王国の魔導士についても尋ねてみる。魔導士と呼ばれる人物はあらゆる魔法に精通し、王の参謀の職についていたらしい。内戦時には魔導士が軍が参戦しない様に押さえてくれ、軍が中立を保ったため、戦いはそれぞれの王子を後押しする貴族の私兵同士の争いの範囲に収まり、大きな被害は出なかった。ただ魔導士は大変な高齢であり、現在もその職にあるかは不明。いつ引退してもおかしくないと思われていたとの事。案外、新王の誕生を契機に引退した可能性がある。なお、トワール国には魔導士以外にも魔法が使える人は居るが、ひとつかふたつの魔法を使えるだけで魔導士との差は大きいとのこと。

 これはまずい状況だね。もしその魔導士さんが引退していたら、新しい王様は、魔導士の後任者を是が非でも見つけ出そうとするだろう。見つからない様に気を付けないと。なにせ、魔法は国を治めるのに重宝するのだ。私も王様には色々と頼まれて苦労したっけ...。あれ? ひょっとしたら私も前世では魔導士的な立場だったのだろうか? ははっ、まさかね。


 今日はトワール王国の概要だけで終了時間となった。明日からは、地方ごとの特色について教えてくれるらしい。アトル先生にお礼を言ってお別れする。天幕に入ると、アイラ姉さんが一生懸命に花嫁衣裳に刺繍をしている。アイラ姉さんは15歳になった。最近ますます綺麗になった気がする。 遊牧の民では花嫁衣裳は花嫁自身が縫い上げ飾りの刺繍もしなければならない。見事な衣装を作ることで、相手の家族に自分の裁縫の技量を示すのだそうだ。だが、人にはひとつくらいは苦手なことがあるのだ。裁縫の苦手なアイラ姉さんは母さんに教えてもらいながら泣きそうな顔である。もう結婚式まで何日も無いのだ。私も刺繍の練習をしなければ将来困ることになる。アマルとの結婚が控えているのだ。子供の約束だからどうなるか分からないけど、アマルとだったら私はOKだ。だから刺繍の腕を上げておかないといけない。姉さんの結婚式が終わったら母さんに教えてもらおうと決意する。


 その時、


<< もしもし、お嬢さん。>>


と頭の中に声が響いた。念話だ!!! 思わず、


<< だれ? >>


と返してしまう。しまった無視すれば良かったのだ!


<< ほう、念話も使えるか。大したものじゃわい。儂か? 儂はただの年寄じゃよ。>>


<< ただのお年寄りは念話を使いません。>>


<< 嘘じゃないぞ、今はただの年寄じゃ。以前は王国の魔導士をやっておったがの。>>


ぎゃあ~~~。一番まずい相手だよ。


<< あの~、私のことは王国に黙っておいてもらえないですか? >>


<< 心配せんでも良い。もう儂はトワール王国とは縁が切れた身じゃからな。念話を送ったのは、同じ魔法使いとして挨拶をしたいと思っただけじゃ。一度会えぬかの。>>


どうしようと考えたが、完全に相手に弱みを握られている。ここで相手の要求を無視したら王国に私の存在を連絡されるかもしれないのだ。そうなったらアマルと結婚できなくなるかも!


<< 分かりました。何処に行けば良いですか? >>


<< いや、若い娘さんにご足労願うのは気が引けるので、よければ儂がお伺いするが。>>


<< 大丈夫です。ここには家族が居ますので、できれば私がそちらに向かいます。>>


<< じゃが、そこからは少し遠いぞ。>>


<< 大丈夫です。>>


魔導士のおじいさんの居場所は探査魔法ですぐ分かった。その場所に瞬間移動する。私達の居住地から10キロメートル位離れた場所だ。そこではひとりの老人が小さな天幕の前に座っていた。老人は私を見ると口をあんぐり開けた。

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