第8話 アイラ姉さんのお見合い
その夜は父さんに散々にお説教された。私の魔法のことは長老の家にいた大人達とコーラルさんの家族、それにアトルくんだけの秘密にしてもらえることに成ったが、ひとつ間違えれば大変な騒ぎになっていたという。魔法を使える者が居るとなれば、どの国も必ず自分達の国に取り込もうとするらしい。それほど魔法というものは貴重で、戦略的にも重要な物だと言う。確かに長耳の魔法だけでも、秘密の会話や会議を聞き放題だ。私のことが広まれば家族と一緒に暮らせなくなる、それでも良いのかと叱られたが、私が、
「父さんも、私達を置いて西の王国まで行こうとしていたじゃない。」
と反論すると、「ぐっ」と言って詰まったのは面白かった。ちなみに私の作ったアトルくんの偽装死体は、目論見どおり翌朝トワール王国の兵士に発見された。数か月後に居住地に行商にきたカマルさんからの情報では、トワール国では弟王子が王に即位し、国を挙げて新王の誕生を祝ったらしい。その際にアトルくんが病死したとの発表もされたとの事。一安心だ。
話は少し戻る。私がアトルくんを獣人族に変化させてから何日かして、アトルくんが私達の天幕にお礼に来た。
「イル殿、今回は本当にお世話になりました。お礼のしようもありません。」
と丁寧な口調でお礼を言って来る。9歳だよ、私は前世の記憶があるから特別としてこの口調は普通考えられないよね。これが王族というものだろうかと感心する。
「年下の子供にそんな丁寧な口調で話さなくても良いですよ。」
「いや、イル殿とヤル殿は私の命の恩人だ。今の私には何もできないがいつか必ずや恩を返す。」
とアトルくん。待ってました、その言葉! とばかりに私はお願いをした。
「それなら、私の家庭教師になってくれませんか? 私、字を習いたいんです。それにこの世界のことももっと知りたいんです。」
アトルくんは少し驚いた様だが、快く承諾してくれた。9歳と言っても王族、小さい時から王族の教養としていろいろと勉強させられてきた様だ。ただここにはテキストが無いので、アトルくんの頭にある範囲でよければとの事だ。もちろんOKである。翌日から毎日1時間程度、まずは文字の読み書きから教えてもらえることになった。これで本が読める!
翌日から、お昼ごはんを食べた後の1時間、アルト先生の授業を受ける。アマルとカライも誘ったのだが、勉強には興味が無いと言う。せっかくの機会なのにもったいないと頑張って説得したのだが駄目であった。そのため生徒は私ひとりだ。
「まずは読み書きから教えますね。」
「はい、アトル先生。よろしくお願いします。」
ちなみに、アトル先生という呼称は「自分は先生じゃない」と嫌がられたが、教えてもらう以上、私の先生ですと言って押し通した。
この世界のアルファベットは全部で30種類、すべて表音文字だ。これならすぐに覚えられるかなと思い安心した。問題はここには紙も筆記用具も無いことだ。アトルくんと知恵を絞ったが名案は出ず、地面に木の棒で字を書いてもらい、それを私が真似るという形で練習することにした。アルファベットが書ける様になると、次は単語の練習に入る。表音文字なので原則的には発音の通りにアルファベットを並べれば良いのだが、中には例外的な単語もあって一筋縄ではいかない。それでも少しずつ書ける単語が増えて行くのは嬉しかった。本当は忘れても後で確認できる様にノートに記載したいのだが、遊牧民には読み書きなど必要ないという考えが根強く、父さんに頼んでも買ってくれそうにない。だから私にとってアトル先生との勉強の時間は貴重なものだ。この時だけは私の書いた単語の間違いを指摘してくれる先生がいるのだから。
そんな感じで、アトル先生の授業を受け始めて数日が経った。今日はアイラ姉さんのお見合いの日だ、さすがに今日はアトル先生の授業もお休みだ。朝から我家は準備に追われる。母と姉は朝から料理だ。ヤギルを1頭潰して、部位ごとに色々な肉料理を作る。私は朝から姉さんの分もヤギルの乳搾りをした後は、余所行きの服に着替えさせられ天幕でじっとして居る様に言われる。いつもの様にアマルとカライと一緒に遊びに行くことも禁止された。せっかくの服が汚れてしまっては大変だからだ。まあ、大好きなアイラ姉さんの為だ我慢しようと思う。
だが肝心のお客様がなかなか到着しない。アイラ姉さんがそわそわし始めたので、探査魔法で居住地の周りを探ってみる。いた! ふたり連れが馬に乗ってこちらに向かっている。たぶんお見合いの相手とそのお父さんだろう。「もうすぐ着くよ。」と教えてあげると安心したように微笑んだ。
予想通り、10分ほどすると馬に乗ったふたりが居住地の入り口に到着し、入り口の見張りをしていたコーラルさんに挨拶をしている。コーラルさんが父さんを呼びに来て、父さんと姉さんが一緒に迎えに行く。ほどなく客人は父さんと姉さんに案内され、私達の天幕までやって来た。家族皆で出迎え挨拶をする。客人達も丁寧に挨拶を返してくれる。これで
その後、ソラさんと、そのお父さんのカマタチさんから、私達に贈り物が手渡された。父さんと兄さんには高級そうなナイフ、母さんにはオレンジ色の綺麗なショール、そして私には綺麗な模様の入った櫛だった。初めての自分の櫛だ! 思わず顔が綻ぶ。乙女心という奴だよ。姉さんには贈り物が無いが、これはお見合いの当事者だからということだろうか。この辺の仕来りはまだ私には分からない。でも、いつかは私も当事者になるかもしれないのだから勉強しておかないとね。
それから母さんと姉さんの心尽くしの料理を皆で頂く。父さんがソラさんに色々と尋ねると、ちょっと悪意が籠っていそうな質問にもソラさんは素直に答えている。合格なんだろうか、父さんの顔がだんだん穏やかに成って来た。
その後、姉さんはソラさんと馬に乗って遠乗りに出かけ、カマタチさんは父さんとお話しである。ひょっとして結婚式の打ち合わせだろうか? 思わず長耳の魔法を使いそうになったが、グッと我慢して私は母さんと昼食後の片付けだ。それから姉さんたちが戻ってくると、ソラさんとカマタチさんは引き返して行った。姉さんが父さんの方を見ながら不安そうにしているが、父さんが姉さんに何か言うと途端にはち切れんばかりの笑顔になった。
「来年の春に結婚式を挙げることになった。」
と父さんから皆にも報告がある。私と兄さんと母さんから「おめでとう」と祝福され、姉さんは真っ赤になって泣き出してしまった。朝から緊張していたものね。良かったね、姉さん。
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