第二話 移動中


 休憩の度に、リーゼが俺の側に来る。


「ヤス?」


「なんでもない」


 リーゼの頭を撫でてやると嬉しそうな表情を浮かべる。


「ねぇヤス」


「ん?」


「モンキーは、後ろに人を乗せられる?」


「ん?」


「ほら、ヤスが使っていたCBR?あれは後ろに乗れるよね?」


 前に、リーゼがコーナを上手く曲がれないというので、CBR250Rの後ろに乗せて走った。


「うーん。リーゼのモンキーなら大丈夫だ」


「わかった!」


「誰を乗せたい?ヘルメットは?」


「オリビアが乗ってみたいって言っていて、騎士?は反対していたけど、いいよね?ヘルメットは予備があるよね?」


 オリビア?

 まだ、神殿についていないのに、段々と”地”が出始めているのか?

 普段の言動を聞いていると、俺には遠慮をしている感じはしているが、徐々に遠慮が無くなってきている。リーゼは当然だとしても、ルーサやカイルやイチカとの会話から何かを感じているのだろう。


 枷が外れた状態に思える。

 騎士たちの目は厳しい。厳しいから、どんどんオリビアがリーゼたちと一緒に居る時間が増える。神殿の民に溶け込むためという自己弁護・・・。言い訳を手に入れて、オリビアは休憩中には、メルリダとルカリダだけを連れて、リーゼの側に居る事が多い。


 リーゼが、ハイエルフのハーフで、神樹に巡り合った話を聞いてから、二人の従者の態度も変わった。リーゼが、エルフを統べる者だと思っているようだ。最初に誤解を解かなかった俺にも問題はあるが、従者はリーゼを”エルフの姫”だと思っている。理由があって、神殿に身を寄せていると考えている。ルーサがその勘違いを加速させてしまった。騎士たちが、ルーサに勝負を挑んだ。俺の見立て通りに、ルーサは1対3で騎士たちを叩きのめした。そのルーサが、リーゼに気を使っている状況が勘違いを加速させた。


 それでも、ヒルダを筆頭にした騎士たちは、距離を保っている。

 何が気に入らないのか解らない。全部が気に入らない可能性もある。オリビアからの注意が入って、注意されてすぐは態度や言葉はなおすが・・・。すぐに、態度で不満を前面に押し出してくる。言葉では文句を言わなくなった。

 態度が悪いのは変わらない。


「大将!」


「どうした?」


「あぁ神殿には、どこから入る?」


 馬車は、ユーラットに置いていく。

 オリビアには承諾を得ている。


 神殿の門を越えられるのか?

 オリビアとメルリダとルカリダは大丈夫だろう。しかし、騎士たちは、微妙な所だ。最近は、緩くしているが、微妙だな。でも、西から入っても同じだよな?


「正面からでいいだろう」


「わかった。ユーラット経由だな」


「頼む」


 道が決まれば後はルーサに任せる。


 まずは、荷物を運ぶドライバーを呼び寄せて説明を始める。ユーラットまでなら問題はないだろう。

 次は、カイルとイチカだ。先行して、アシュリに知らせに行く。その時に、アシュリで待機を言い渡している。アシュリから、ユーラットには別の者が向かう。


 アシュリは”ほぼ”通過に決まった。

 ルーサが、帝国の騎士たちに、アシュリの実情を見せるのを嫌ったからだ。俺も、見せる必要はないと思えたので、ルーサの意見に賛同した。


 俺とルーサが話している最中に、イチカだけが会話に参加している。

 カイルとリーゼは、モンキーを拭いている。リーゼは、自分のモンキーだけだが、カイルは自分のモンキーの前に、イチカのモンキーを拭いている。


「リーゼ!カイル!駆動系にゴミが詰まっていないか?軸が汚れていないか?ブレーキのワイヤーは適切か?」


 ルーサと会話をしながら、リーゼとカイルの様子を見ていると気になってしまった。

 口に出してから失敗だったと気が付いた。


 リーゼの表情からそれを悟った。


「はぁ・・・。わかった。ルーサ。イチカ。詳細は任せる。正門から、神殿に向かう。ユーラットでの休憩も必要ない。説明は、リーゼからオリビアに伝えてもらう」


「ヤス。ごめん」


「いいよ。俺も言い過ぎた。神殿に戻ってきたら、メンテナンスの方法を教えてやる」


「うん!」


 これで、リーゼの機嫌テンションが戻ってくれたら安いものだ。

 今まで簡単なメンテナンスは教えてあったが、神殿から離れた場合のメンテナンスは教えていなかった。朝から走り続けた時に、どこが摩耗して、どこを見ればいいのか程度にしか教えていない。


 リーゼが納得したので、休憩を終わらせた。


 リーゼは、オリビアを後ろに乗せて、走り出した。ヘルメットは、予備で持っていた物を渡したが、騎士たちの目線を見ると、オリビア専用にした方がよさそうだ。リーゼの性格を考えると、神殿に戻ればカート場にも連れて行くだろう。徐々に判明してきたオリビアの性格を考えると、カートを知って”乗らない”という選択肢は存在しないだろう。


 また面倒なことになりそうだ。

 今、考えても無駄だ。未来の俺に期待しよう。


『大将。アシュリは素通りでいいよな?』


 ルーサから無線での連絡が入る。

 リーゼがオリビアを後ろに載せているから、アシュリで休憩が必要になると考えたようだ。リーゼからも問題はないと連絡が入っている。


『大丈夫だ』


 アシュリは、素通りを想定して作られている。


 アシュリを抜ければ、後はほぼ直線だ。休憩も必要ない。


 神殿の領域に入った事で、ディアナがマルスと接続を行って、情報が流れ始める。

 収支報告は、帰ってから見ると伝えているので、収支に関係がない情報なのだろう。


 人が増えている?

 子供が産まれた?


 人が増えているのは、帝国からの亡命?者が多くなっている。

 特に、トーアヴェルデは一度に100名の亡命の希望者が殺到したことがある。帝国軍を退けていることが、帝国内部にも広がっているのだろう。


 いずれ、オリビアに聞かないとダメな案件だけど、今は気にしないほうがいいだろう。

 トーアヴェルデだけでは対処が難しくなって、ウェッジヴァイクでの受け入れも開始した。建前は、ウェッジヴァイクは帝国領にある。帝国の街だが、独立宣言を行っている。帝国の領軍との戦闘は既に10回を越えている。全てを、撃退していることで、領軍も物流を止める方法で、干上がるのを待っている。しかし、ウェッジヴァイクは、神殿と繋がっているので、物資は神殿から供給されている。

 時間をかければ、弱体化すると思っている領軍だが、ウェッジヴァイクから見ると時間を稼いでもらったほうが、守りを強固にできる。時間を味方につけている状況だ。


『大将。俺は、そのまま上がっていいか?』


 ユーラットに近づいて、今後の事を決めなければならない。


『いや、裏で止めてくれ、そこからバスで向かう。マルス。一台。バスを向かわせてくれ、貸し切りで頼む』


『了』


『俺の役割は、ユーラットまでか?』


 ルーサの少しだけ安堵の声に笑ってしまいそうになるがダメだ。逃がすわけがない。


『ダメだ』


『え?』


『荷物があるだろう?馬車から、ルーサのバスに載せないとダメだろう?』


『あっ・・・。大将?』


『諦めろ』


『わかった。イチカ!カイル!手伝え!』


『『えぇぇぇ!!』』


『ヤス。僕は?』


『リーゼは、そのままモンキーで移動してもいい。FITに乗るか?』


『うーん。イチカとカイルが居ないのなら・・・。ヤスの隣に座る』


『わかった』


 リーゼの後ろには、オリビアが乗っている。リーゼが話始めて不思議に思ったのだろう。いろいろ、リーゼに聞いている声が聞こえる。別に教えても大丈夫だと伝えた。個人認証が行われている物だから盗み出しても、仕組みは解らないだろう。

 そもそも、イワンたちに見せた時に、はっきりと”無理”だと言われている。

 ICチップが何をしているのか理解ができない。らしい。俺も、説明ができない。こういう物だと説明するしかない。ICチップだけを仕入れて、イワンに渡しても基盤がないから再現は不可能だ。同じような、仕組みを組み込んでみても、劣化した物にしかならなかった。


 だから、別に知られても困らない。

 便利な物は使わなければ意味がない。俺と同じように、地球から来た物が居たとしても、神殿の力やマルスが居なければ、再現は難しいだろう。


 マルスが検証した結果だ。

 俺たちが使っている地球由来の電子機器は、再現は不可能。これが、結論だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る