第十五話 ルーサという男


「旦那様。執務室でお待ち下さい」


「ん?執務室なんて作ったのか?」


「はい。旦那様と面談を希望する者、全員を神殿の工房に連れて行くわけには行きません」


 ツバキがきっぱりと言い切った。マルスもセバスも当然だと考えている。

 そして、常々ヤスが気楽に人に会いすぎると思っているのだ。神殿の中なら、多少は許されるだろうが、ユーラットや領都での行動はマルスとしても、眷属代表としてセバスやツバキが許容できる範囲を越えている。

 しかし、マルスもセバスもツバキもヤスの行動を縛ろうとは思っていない。ヤスが外に出るのをやめないのは解っている。これからも人と会うだろう。それなら、自分たちがしっかりと考えて守っていくしか無いと思っているのだ。


 そのためにも、人と会う場所を作って限定する。そうすれば、守るべき場所がはっきりとしてくると考えたのだ。


「待っていればいいのか?」


「はい。すでに、イレブンがルーサ様に伝えました。何か、お飲み物をお持ちしましょうか?」


「ありがとう。俺には、果実水を頼む。ルーサには、イレブンが聞いて持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 ヤスは、案内された部屋が工房の執務室と違って、調度品にも気を使っているのを感じた。

 工房の執務室は、ヤスが日本に居た時に使っていた部屋を再現した物だ。調度品なんかに気を使っていなくて当たり前だ。だが、この部屋はセバスやマルスが、ドーリスやサンドラに話を聞いて、貴族を通しても恥ずかしくならない最低限の調度品を揃えている。一部、輸送が間に合っていない物もあるが、今回の”嫌がらせ”作戦で、王都や領都から搬送してくる予定になっているのだ。


 ツバキが退出したがすぐに果実水を持って執務室に戻ってきた。ヤスはソファーに座って、ツバキから渡された書類を見ていた。

 書類には、現状で解っているルーサの事が書かれていた。


「ありがとう」


「旦那様。ルーサ様が来られました」


「問題ない。通してくれ」


 ヤスは、資料をツバキに返した。ツバキは、資料をヤスが使うために置かれている資料入れにしまった。


 ドアがノックされたので、ヤスが許可を出す。ツバキがドアを開けた。

 戸惑いの表情を浮かべたルーサだったが、部屋に入ってきて綺麗な仕草で頭を下げる。とても、スラム街の顔役には見えない。ヤスは、スラム街の顔役だと聞いていたので、カラーギャングのボスのような奴や、マフィアのボスを想像していた。


『マルス。次から、身辺調査を行った時の書類には、顔写真と全身写真を付けてくれ、想像と違いすぎて戸惑ってしまう』


『了』


「初めて御意を得ます。ルーサと言います。神殿の主様。今回は、面会の機会を頂きましてありがとうございます」


「ルーサ殿。神殿の主や”様”付けで呼ばれるのは好きじゃない。ヤスと呼んで欲しい」


 ルーサは、少しだけ驚いた顔をして、姿勢を正して、ヤスに向かって頭を下げる。


「ヤス殿。貴殿は、神殿を攻略された。それだけでも、国王と同じ待遇を受ける資格を持つのです」


「何度も聞いているが、俺はしがない運転手だ。統治なんてしたくない。皆が過ごしやすいように場を整えて、提供するが、それ以上は皆で決めて欲しいと思っている」


「え?」


「それから、ルーサ殿には、一緒に来た者たちと関所の近くにある村を任せたい」


「村?こちらに来る時に、門がありましたが、門の周りには何もありませんでしたよ?」


「あぁすまん。作ったのは先日だからな。ツバキ。バスは動かせるか?」


「問題はありません」


「ルーサ殿。この後の予定はどうなっていますか?」


「予定ですか?神殿に入る事が出来なかった者たちと合流して今後の話し合いをする予定です」


「そうですか、部下の方々の人数は?」


「現在、神殿に辿り着いたのは、50名ほどですが、各地で情報収集している者も入れると、120-30人です」


「各地で散らばっている方々も神殿に来ますか?」


「行商人や冒険者が殆どですので、報告に帰ってきます」


「それなら丁度よかった。ツバキ。イレブンも大丈夫だよな?」


「大丈夫です」


「二台回してくれ、それからドーリスにも連絡をして、トーアフートドルフに付いてきてくれと頼んでくれ、ギルドを作ったほうがカモフラージュにもなるだろう」


「かしこまりました」


 ヤスは、ツバキとイレブンに指示を出すが、当然ルーサには何を言っているのかわからない。

 展開を読んでいたマルスの指示で、ドーリスはすでに神殿の守りテンプルフートに移動してきていた。


「さて、ルーサ殿。一緒に来て頂きたい」


 ヤスが立ち上がる前に、ツバキとイレブンは扉を開けて先に外に向かって移動を開始していた。

 入れ替わりに、メイドと執事が部屋に入ってきた。


「どちらへ?」


「貴殿に任せたい村だ」


「え?」


 ヤスは、それだけ言って立ち上がって部屋を出る。

 ルーサもあっけにとられていたが、立ち上がってヤスの後ろに着いて行く。


 外には、すでにツバキとイレブンがバスを待機させていた。


 ヤスは、ルーサを乗せて神殿の守りテンプルフートを出た所で、ユーラット行きのバスを待っていたルーサの関係者を乗せた。

 ユーラット経由でトーアフートドルフに向かった。


 ルーサは、移動中にヤスには質問を投げかけなかった。じっと前だけをみていた。

 自分たちが歩いてきた道に間違いはない。何かが変わっているのかを観察し続けたのだ。スラム街に住んでいた子供たちも居た。孤児院や集団生活に馴染めない者たちばかりだ。だがルーサの指示に素直に従って、バスに乗り込んで移動している。ルーサは、自分を慕って付いてきた者たちへの責任のとり方を考え始めていた。


 ユーラットからトーアフートドルフまでの道は、アスファルトで舗装がされているわけではないが、かなり整備されている。

 60キロは無理だが、40キロ程度は出せる。馬車での移動では半日以上はかかる距離も、数時間で到達出来てしまう。ルーサが黙っているので、同乗者も窓から眺める風景を見ていた。もう一台のバスではドーリスが皆から質問を受けていたが、答えられる質問が少ないために、いつしかドーリスたちが神殿でどんな生活をしているのかという質問だけになっていた。


 バスの進行方向。自分たちが移動してきた時にはなかった壁や塔が出来ているのを見て、ルーサたちが唖然とし始めた。

 近づけば、住める場所が立ち並んでいる状況を見て、何かに騙されたのではないかと言い出している。


 ツバキとイレブンは、停留所にバスを停めた。

 ヤスに言われて、ルーサたちはバスを降りた。村で一番大きな建物に向けて移動した。全員が入られるわけではなかったので、ルーサが数名を指名して、屋敷に入った。集会場の様な作りになっているが、村長の家だと説明した。ヤスの説明を受けて、ルーサたちはこの村はすでに人が住んでいて、自分たちはここから別の場所に移動するのだと考えたのだ。


「ルーサ殿。あとは、イレブンに聞いてくれ」


「え?」


「ん?」


「ヤス殿。ここが村だというのは、違和感があるが納得しよう。この村の村長は?俺たちはどうしたらいいのだ?」


「違和感?」


「この家が村長の家だというのは、まぁいい。納得できる。だが、なんだ!この綺麗に整理された町並みや建物は?王都にもこんな綺麗な建物は無いぞ!それに、よく見りゃ魔道具まで配置されているよな?人が住んでいる気配もない。なのに、ここを村と呼んでいる。違和感だらけだ!」


 ルーサは、捲し立てるようにヤスに質問をぶつける。


「あっ・・・。すまん。説明が足りていなかったな」


「そうだろう?で、俺たちはどうしたらいい?ここから、関所の村までは歩けるのか?」


「あぁ・・・。ここが関所の村だ。ルーサ殿に任せたい村がここだ。正確には、関所は、ユーラットとレッチュガウレッチュ伯爵領の間に作った”この”関所と、レッチュガウレッチュ伯爵領と帝国をつなぐ場所に作った関所がある」


「は?」


「もうひとつの関所は、神殿の領域を通過していくことになる。イレブンが知っているから、案内させる」


「それで、ここの住民は?俺たちは?」


「ん?この村は誰も住んでいないから、ルーサに任せる。家を割り振ってくれ、数は足りると思うけど、足りなかったらメイドか定期便で来る運転手に伝言してくれ、あと、魔通信機をルーサに渡すから、それで連絡してくれてもいい」


「はぁ・・・。わかりました。ヤス殿。この村を維持管理します。あっヤス殿。俺の事は呼び捨てでお願いします。ヤス殿の部下になるのだから、殿とか付けないでください」


「わかった。それから、村を頼む。村長はルーサでいいのだよな?定期的に神殿で会議をするから出席してくれ」


「会議ですか?」


「そうだ。言っただろう。俺は、統治なんてしたくない。代表が集まって話し合っていろいろ決めるようにしていく。今はまだ、俺がやりたい様にやっているけど、俺が本当にやりたい事じゃないからな」


「代表?俺が?村長?」


「別に、ルーサじゃなくてもいいけど、まとめているのは、スラム街の顔役だったルーサだろう?」


「・・・。わかりました」


「ありがとう。食料や物資は、適当に運んであるから、分けてくれ、あと、ルーサがリップル子爵領でやっていたことも継続してくれると嬉しい」


「それは、ありがとうございます」


「あと、この村にもギルドを作る。ドーリスが今ツバキと建物の選定をしているから、話して決めてくれ」


「はいはい」


 すでに、ルーサはヤスの性格を掴み始めている。

 そして、いろいろ諦めたのだ。生きろと言われた事や、復讐心なんかも萎んでいくのを感じていた。


「それで、ヤス殿。今、やっている事と、この村は関係するのですか?」


「あっそうだ。ルーサ。説明する前に、この村に名前を付けてくれ。ドーリスが来たら伝えてくれればいい。俺たちがしている事は、リップル子爵家と帝国に嫌がらせをしている。詳しく説明すると・・・」


 ヤスは、現在進行中の”いやがらせ”説明する。


 説明を聞き終わると、ルーサは涙を流しながら笑った。そして、ヤスが望んでいる”嫌がらせ”を行うための情報収集を約束したのだ。

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